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ボルトン+読響の第九 人間の精神の偉大さ

 20191217日、東京芸術劇場で読売日本交響楽団の第九演奏会を聴いた。

 第九の前に福本茉莉というオルガニストによってバッハのコラール「目覚めよ、と呼ぶ声あり」とブルーンスの前奏曲ト長調が演奏された。ブルーンスについてはまったく知らない曲なので、何ともいえないが、バッハについては、どうも峻厳なバッハではなく、もっと楽しく自由なバッハを提示しようとしているように思えた。ただ、私には残念ながら、そのようなバッハはあまり楽しくもなかったし、魅力的にも聞こえなかった。結局、私にはオルガン独奏にどのような意味があるのかわからなかった。

 第九が始まってからは、私はずっと感動していた。素晴らしい演奏だった。

 古楽器的な奏法を指揮のアイヴァー・ボルトンが指示したのだろう。古楽特特有の速めのテンポによる激しくドラマティックな音で音が積み重なっていく。時に第一ヴァイオリンが激しくかき鳴らしたり、ピッコロが強く響いたりする。緊張感にあふれ、大きく盛り上がる。それがまったく恣意的ではなく、理にかなっている。徒に盛り上げようとするのではなく、それがきちんと次の音に引き継がれて爆発力を強める。

 第一楽章では胸を引き裂くような悲劇的な音がする。しかも人間の心の奥底の苦しみが抉り出されるかのよう。第二楽章では悲劇が躍動し、そこに生きるエネルギーが高まってくる。そして第三楽章で、もやもやした中を人間の力によって少しずつ上昇し、雲を突き抜け、新たな境地に達する。そして第四楽章で祝祭が爆発する。

 バリトンのトーマス・オリーマンスはしっかりした声で朗々と歌い、まさに歓喜を告げる。テノールの小堀勇介はイタリア・オペラ風の声だが、それが不自然には聞こえない。ソプラノのシルヴィア・シュヴァルツ、メゾ・ソプラノの池田香織ともに、見事に歌う。三澤洋史の合唱指揮による新国立劇場合唱団もいつものことながら素晴らしい。

 第一楽章から第四楽章まで、一つの流れがあり、それが徐々に高まり、広がり、深まり、そして最後に歓喜の中で躁状態になっていく。

 ボルトンは庶民的なおじさんといった風貌なのだが、聞こえてくる音楽は知的で論理的で、しかも緊張感にあふれ、力感にあふれ、激しく躍動している。本当に素晴らしい。苦しみを昇華する人間の精神の偉大さを天に向かって大声で叫んでいるかのようだ。

 ボルトンをこれまで何度か聞いて、素晴らしい指揮者だとは十分に認識していたが、改めて、これからの時代を担うとてつもない巨匠のひとりだと思った。

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