« マイアベーアのオペラ映像「ユグノー教徒」「悪魔のロベール」 | トップページ | 中国映画「古井戸」「草原の女」「あの子を探して」「妻への家路」 »

オペラ映像「死の家より」「アフリカの女」「アンジュのマルガリータ」「火刑台上のジャンヌ・ダルク」「ラ・ドンナ・セルペンテ」

 新型コロナウイルス警戒中の戒厳令下ともいえるような状況の中、行く予定だったオペラやコンサートも中止になり、仕事の打ち合わせもキャンセルされて、仕事場に週に2度ほど出かける以外は自宅で仕事をしたり、音楽を聴いたりしている。政府のウイルス対策の甘さに呆れ、突然の休校要請にも驚き、あれこれ言いたいことはあるが、ともあれ、政府の対応が間違いなかったと示してくれることを祈るしかない。

 この間にみたオペラ映像について簡単な感想を記す。

 

ヤナーチェク 「死の家から」2018年 ミュンヘン、バイエルン国立歌劇場

 ヤナーチェクは大好きな作曲家なのだが、この映像については噴飯ものというしかない。私の最も嫌いなタイプの演奏と演出だ。

 指揮はシモーネ・ヤング。穏やかで鋭さのないヤナーチェク。私はヤナーチェクの、心の奥底を抉り出し、人間の宿命を呪いたくなるような生の音が好きなのだが、それがまったくない。気の抜けたヤナーチェク。これでは、ヤナーチェクの良さが少しも感じられない。ドストエフスキー原作の、シベリアに流刑になった囚人たちの絶望と呪いと憎しみと生への執着とはかない憧れがまったくない。ヤングは好きな指揮者なのだが、この柔和さはいただけない。

 演出は悪趣味この上ない。舞台上に撮影隊がいて、登場人物たちを舞台中央に据えられた大画面に大写しにする。そこで登場人物が何やらパントマイムをして本来のオペラとは異なる小芝居がなされる。無声映画のように大げさな動きで口をパクパク言わせ、何かを語り、それが字幕で示される。しかも、その小芝居やせりふはほとんど意味不明。

 そして、少年犯罪者であるはずのアリイエイヤを美形のエフゲニア・ソトニコワが美しい鳥の扮装で登場。このオペラでは、鳥が自由に象徴として登場するが、その鳥の役をアリイエイヤがいわば二役で演じているわけだ。しかし、そんなことをするとこの悲惨な囚人たちの死の家がまったく違ったものになってしまう。

 もとのオペラとはまったく無関係な自己主張を行う演出家の自己満足のおふざけでだただにぎやかなだけ舞台と、腑抜けた音楽によるオペラに仕上がってしまっていた、

 期待していただけに大変残念。

 

マイアベーア 「アフリカの女」1988年 サンフランシスコ歌劇場

 先日に続いて、マイアベーアのオペラ映像を見た。かなり古い映像だが、まさに伝説的名演といってよいだろう。マイアベーアのオペラそのものもなかなかおもしろい。ヴァスコ・ダ・ガマと二人の女性をめぐる物語。マイアベーアがユダヤ人だったせいか、虐げられ、差別されているアフリカ女への共感が音楽にも表れている。

 ヴァスコ・ダ・ガマを歌うのはプラシド・ドミンゴ。さすがというか、輝かしい声が素晴らしい。ただ、ちょっと訛りの強いフランス語といった感じ。だが、そうであるがゆえに、このような輝かしくも強さのある声が出せるのだろう。それ以上に、ヴァスコを愛するアフリカ女セリカを演じるシャーリー・ヴァーレットが素晴らしい。ドミンゴにまったく引けを取らず、芯の強い、しかも魅力的なセリカを歌っている。イネスを歌うルース・アン・スウェンソンも清楚で美しくて可愛らしい。この歌手、これまで注目したことがなかったが、とてもいい歌手だ。ネルスコのフスティーノ・ディアスも怒りを心の奥に秘めた男を見事に演じている。

 マウリツィオ・アレーナの指揮もドラマティックでとてもいい。ルトフィ・マンソーリの演出も、極めて古典的ながら、わかりやすくていい。

 

マイアベーア 「アンジュのマルガリータ」2017年 マルティナ・フランカ、第43回イトリアの谷音楽祭

 まるでロッシーかドニゼッティのオペラのよう。とりわけ、ガウマッティはフィガロのような役割を果たし、アジリータを駆使したアリアもある。マイアベーアがロッシーニの後を継ぐ作曲家だったことを思い出した。

 オーケストラは、イタリア国際管弦楽団。音楽祭のための臨時編成のオーケストラなのだろう。最初のうち、情けない音を出す場面があるが、だんだんとしっかりした音が出るようになる。ファビオ・ルイージの指揮のおかげなのか、引き締まっていながらも色彩的な音楽になっている。

 ばら戦争が舞台だが、アレッサンドロ・タレヴィの演出は現代に移し替えられている。しかし、それほど違和感はない。

 マルガリータを歌うジュリア・デ・ブラシスが自在な演技と歌でとてもいい。あけっぴろげな権力者の未亡人を見事に歌いだしている。夫をマルガリータに奪われたイサウラ役のガイア・ペトローネも見事。男に変装して裏切った夫に近づき、最後には夫の元に戻るという複雑な役を自然に演じている。メゾ・ソプラノの声も歌もしっかりしている。ガマウッテのマルコ・フィリッポ・ロマーノも声が安定し、芸達者。とてもいい歌手だ。ただ、ラヴァレンヌ公を歌うアントン・ロシツキーは、きれいな高音を出すが、声のコントロールが粗い。ちょっと残念。

 とはいえ、全体的に歌手陣は充実しており、とても楽しめた。

 

オネゲル オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」2012年 バルセロナ、サラ・パウ・カザルス

 この曲は何度かCDで聴いたり、映像で見たりしたことがあったが、おもしろいと思ったことがなかった。私はかつてクローデルをフランス語で何冊か読んだ(翻訳もした)が、そのあまりの難解さに頭を抱えたものだ。この台本もわかりにくい。しかも、音楽もとらえどころがない。そう思っていた。

 が、今回聴いてみて、初めて感動した。演奏会形式なので、歌手たちは演技するわけでもなく、それらしい服装をしているわけでもない。もちろん舞台装置もない。だが、ジャンヌを歌うマリオン・コティヤールがとてもいい。清楚で美しい声。完全にジャンヌに見えてくる。コティヤールが何度か涙を流す。まさにそれはジャンヌの涙だ。無理解な周囲に悲しみを抱きつつ、神の世界に入ろうとして火刑になる。生きながら焼かれることで神に近づく。抽象化されたクローデルの台本に、緻密で繊細で知的で、しかも情熱的な音楽が付されていることに初めて気が付いた。

 ドミニク神父を歌うグザヴィエ・ギャレも誠実な歌で見事。そのほかの歌手たちもいいし、いくつかの混声合唱団らしいが、合唱もいい。マルク・スーストロの指揮を初めて聴いたが、真摯で静かに盛り上がる。

 一度だけでなく、これから何度か聴いて、もう少し深く理解したいと思った。

 

カゼッラ 「ラ・ドンナ・セルペンテ」 2016年 トリノ、レッジョ劇場

 カゼッラは1883年に生まれたイタリアの作曲家。このオペラは1932年の作曲だという。もちろん、初めてこのオペラを知った。「ラ・ドンナ・セルペンテ」を日本語に訳すと、「蛇女」。とてもおもしろかった。

 ストーリー的には、ドヴォルザークの「ルサルカ」に似ている。人間世界のアルティドール王に恋をした妖精ミランダが、永遠の愛を条件に人間になろうとするが、王は試練に耐えきれずミランダを呪ってしまう。そのため、罰としてミランダは蛇の姿に変えられるが、最後には愛の力が勝ってミランダは人間になる。そのような物語がコミカルでモダニズム風の音楽によって展開される。音楽的には、プロコフィエフの「三つのオレンジへの恋」を思わせる。抒情性はなく、からりとしてちょっとハチャメチャ。それがなかなかおもしろい。

 ミランダを歌うカルメラ・レミージョがとてもいい。ちょっと色気があって、しかも十分に清楚。アルティドール王のピエロ・プラッティは、外見はこの役にぴったりだが、声は少し不安定。そのほかの歌手たちはかなりレベルが高い。

 アルトゥーロ・チリッロの演出はとても楽しい。道化芝居風の衣装やら妖精たちの衣装など、色とりどり。バレーが多用され、帽子や仮面を身に着けた妖精たちの踊りも楽しい。色鮮やかな舞台の上で様々な登場人物が動きまわって、ファンタジックな世界が繰り広げられる。指揮はジャナンドレア・ノセダ。ダイナミックでリズミカル。とてもいい演奏だ。

 初めて知る作曲家の初めてみるオペラだったが、とても楽しめた。

|

« マイアベーアのオペラ映像「ユグノー教徒」「悪魔のロベール」 | トップページ | 中国映画「古井戸」「草原の女」「あの子を探して」「妻への家路」 »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« マイアベーアのオペラ映像「ユグノー教徒」「悪魔のロベール」 | トップページ | 中国映画「古井戸」「草原の女」「あの子を探して」「妻への家路」 »