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映画「金曜日のテレーザ」「子供たちは見ている」「白い酋長」「愛と殺意」

 安売りDVDでイタリア映画をみつづけている。これからもしばらくみつづけるつもりだ。前回は、すでに見たことのあるデ・シーカ監督の映画数本の感想を書いたが、今回は、今回初めて見た数本の感想を書く。

 

「金曜日のテレーザ」 1941年 ヴィットリオ・デ・シーカ監督

 ネオレアリスモ作品をとる前のデ・シーカの作品。ブルジョワ劇といえるだろう。デ・シーカ自ら主演を務めている。

 小児科医(デ・シーカ)が踊り子(アンナ・マニャーニ)に入れあげて借金まみれになって、そのカタに病院を取られそうになっている。そんなとき、孤児院で診察をすることになり、そこで看護師志望の少女テレーザ(アドリアーナ・ベネッティ)と出会う。テレーザは医師に恋をする。医師は愛してもいない女性と婚約する羽目に陥ったり、早合点の召使がかきまわしたりして、あれこれの勘違いがあり、あれこれの行き違いがあるが、最後、万事めでたく終わり、二人は結ばれることになる。

 余裕のあるユーモア、弱いもの、貧しいものへの愛情など、デ・シーカの魅力があふれているが、現在からみると、あまりにありきたりで、さほどおもしろいとは思えなかった。

 

「子供たちは見ている」 1944年 ヴィットリオ・デ・シーカ監督

 プリコは小学生2、3年生くらいの男の子。母親にべったりだが、母は夫以外の男と関係を持っている。母は男と別れようとするが、男は復縁を迫り、母もそれに抗しきれない。父は必死に母をとどめようとするが、母は夫と子供を置いて男のもとに走る。そして、父は少年を寄宿学校に預けた後に自殺する。母の不倫を目の当たりにし、それをとどめようとしながら何もできなかった子供の苦しみと孤独を描いている。

 とてもリアルで真に迫っている。少年の悲しみが伝わってくる。子供の目から見た社会を描くデ・シーカらしい作品だと思う。おもしろかったが、ちょっと見るのがつらかった。

 

「白い酋長」 1952年 フェデリコ・フェリーニ監督

 フェリーニの単独監督デビュー映画だとのこと。初めてみた。この映画の存在も初めて知った。いやはや、フェリーニはまさに別格。すさまじい。

 イタリアの田舎から新婚旅行でローマに出てきた若夫婦。妻はテレビドラマで「白い酋長」を演じる男優の大ファンで、ファンレターを書いて、ちょっとしたやり取りがあったので、これを機会にぜひ会いたいと思っている。ホテルを抜け出し、会いに行くと、混乱にまきこまれてロケ地までついていってしまい、ドラマに出演しかける。が、白い酋長役の男が女たらしであることに気づき、逃げ出そうとするが、道がわからず、夜中になってしまう。翌日になってやっと妻が行方不明になって絶望する夫のもとに帰り、そろって親戚にあってバチカンに挨拶に行く。

 それだけの話なのだが、のちのフェリーニの要素がふんだんに出てくる。サーカス的な乱痴気騒ぎ、ニーノ・ロータの軽やかで賑やかな音楽、わけのわからない動物や人物の軽やかな登場。そして、「やがて悲しき人生」というものをしみじみと感じさせる。「カビリアの夜」「道」「8 1/2」「甘い生活」「アマルコルド」を思い出す。なんだかわけがわからず、フェリーニの魔法にかかって、最後の部分では涙を流しそうになった。

 夫が絶望しているときに、ジュリエッタ・マシーナ演じる夜の女が登場。カビリアと呼ばれている! そうか、これは「カビリアの夜」を準備する作品だったんだ!

 私は決してフェリーニ・ファンではない(私は、イタリア映画では、パゾリーニ、アントニオーニが大好き!)のだが、こういう映画を見せられると、「フェリーニ凄い!」と思ってしまう。

 

「愛と殺意」 1950年 ミケランジェロ・アントニオーニ監督

 アントニオーニ監督の初期の作品。富豪が若い美人妻(ルチア・ボゼー)の過去に嫉妬して、私立探偵に調べさせる。ところが、妻の過去、恋人(マッシモ・ジロッティ)、そして過去に死んだ女性があぶりだされていく。最後には、妻とその恋人が富豪を殺すことを計画するが、富豪は自動車事故で死ぬ。

 すでに後年のアントニオーニ映画の枠組みができている。富豪から見れば、何もしなければよかったのに、私立探偵を雇って調べさせたために、妻はかつての恋人とよりを戻してしまい、自分の死を招いてしまう。妻とその恋人についていえば、明確な殺人ではないエレベーター事故に負い目をもって自由な行動ができず、互いに疑心暗鬼になっている。しかも、同じような殺人を計画するが、結局、それは実行されない。

 ありもしないものがまるであるかのように作用し、事実でないはずのことが実際に起こってしまう。アントニオーニがしばしば描く世界だ。その複合体が展開される。ただ、後年のアントニオーニの映画のような空虚感が希薄なので、アントニオーニ風の気分が漂ってこない。ミステリー映画風にしようとしたために、そのようになったのかもしれない。

 名作だとは言えないが、アントニオーニ・ファンにはとても興味深い映画だった。

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コメント

直接、本文のイタリア映画の感想ではありませんが、小生もご他聞に漏れず、熱心な映画ファンで、以前から、先生のご紹介する作品をできるだけ見て、追体験するように心がけております。最近では、パゾリーニ、アントニオーニ、デ・シ-カ、ベルトリッチなど、オールドファンに懐かしいタイトルを再体験しております。中国映画でも、「胡同の理髪師」や、イーモウ監督の名作を、レンタルビデオや、BS放送で、味わって楽しんでいる次第です。さて、今般の、新型コロナウイルス騒動で、各種公演が軒並み中止又は、延期を余儀なくされる中で、昨夜、オペラシティで、唯一実施された大物公演のアノドラーシュ・シフのリサイタルを聴いて参りました。シフと主催者の梶本音楽事務所の英断と周到な準備の努力に敬意を表したいと思います。プログラムは、ブラームスの晩年のピアノ小品Op.117、118、119を中心に、バッハ、モーツアルト、シューマンの小品を組み合わせ、最後に、ベートーヴェンの「告別」ソナタというよく吟味されたものでした。休憩を挟んで、いつものサービス満載の6曲のアンコールがあり、終わったのは、実に9時45分を過ぎておりました。開演前に舞台に用意された大型プロジェクターで、衛生面の注意や、主催者と演奏者の挨拶など、事前準備のアナウンスが行き届いて、満員の聴衆も、粛然と聴き入り、珠玉の演奏の贈り物に、最後まで、酔いしれておりました。ブラームスの枯淡の味わい、「告別」の圧倒的愉悦感に、文字通り音楽を聴く感動に圧倒されました。シフの音は、芳醇極まりなく、一音一音が、深く意味づけられて、聴衆の心に響きました。アンコールでは、特に、モーツァルトのソナチネの第1楽章と、「早春賦」に心温まりました。因みに、本公演は、先ごろ、亡くなった、名演奏家の、ペーター・シュライヤーとピーター・ゼルキンに捧げられるということでした。目下、開催中の、東京・春の音楽祭も、ほとんどの公演が中止となり、とりわけ楽しみにしていました、
「トリスタンとイゾルデ」、「ミサ・ソレムニス」も見送られました。今後、早急に、事態が改善され、また、安心して、コンサートに通える時の到来を待ち望む次第です。先生の、いつもの精力的で、リアルなコンサートレポートも刮目してお待ちしております。

投稿: おとだま | 2020年3月21日 (土) 00時57分

おとだま 様
コメント、ありがとうございます。映画につきましても、参考にしていただけること、とてもうれしく思っております。
シフの演奏は本当に素晴らしかったことでしょうね。何人もの方が感動を口にされておられるようです。先日のベートーヴェンの協奏曲があまりに素晴らしかったので、ふだんはピアノ独奏を聴かない私も大いに心が動いたのですが、ウイルス騒ぎもあって、心が決まりませんでした。やはり、いけばよかったと、皆様の感動の声を聴きながら思っています。
19日から3日連続のベートーヴェンのピアノ・トリオで私も演奏会通いを再開しました。ただ、おっしゃる通り、「トリスタン」も「ミサ・ソレムニス」も公演中止になり、本当に残念でなりません。ムジカ・エテルナの来日公演ももしかしたら中止になるのでは?と大いに気をもんでいます。
昨日、ベートーヴェンを聴きながら、こんな事態であるからこそ音楽は必要だとつくづく思いました。最大限に気を付けながら、コンサートに行きたいと思っています。

投稿: 樋口裕一 | 2020年3月22日 (日) 09時06分

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