« 古いイタリア映画「にがい米」「オリーヴの下に平和はない」「ローマ11時」「無法者の掟」 | トップページ | ロッセリーニの映画「アモーレ」「神の道化師」「ストロンボリ」「殺人カメラ」「ヨーロッパ1951年」 »

イタリア映画「雲の中の散歩」「警官と泥棒」「パンと恋と夢」「われら女性」

 新型コロナウイルスの感染はますます広まり、オリンピックの延期が決定し、東京・春・音楽祭の残りのコンサートのすべての中止、そしてラ・フォル・ジュルネの中止が発表された。

 私は、2005年の初回からアンバサダーとしてラ・フォル・ジュルネの開催に関わった。覚悟していたことではあるが、そんな私には、この中止のニュースはとても残念だ。いったんは途切れるにしても、また来年からの開催を祈りたい。

 昨日と今日、都知事によって「不要不急の外出自粛要請」が出されて、さすがに繁華街に人通りはほとんどなかったという。しかも、今日は朝から雪で、私の暮らす街も10センチほどの積雪に見舞われた。

 私は典型的な屋内型の人間で、自室にこもることにそれほどのストレスは感じない人間なのだが、さすがにこれはつらい。閉塞感を覚えてどうにもならない。が、そうはいっても仕方がないので、イタリア映画を見続けた。

 

「雲の中の散歩」1942年 アレッサンドロ・ブラゼッティ監督

 とてもおもしろい映画だった。ちょっと感動した。

 口うるさい妻に邪険にされながらセールスマンとして必死に働いているパオロ。通勤途中、列車内でマリアに席を譲ったことからトラブルに巻き込まれ、列車を下ろされ、バスで目的地に向かうことになってしまう。ところが、そこでマリアと再会し、マリアが不義の子を妊娠していることを知る。そうこうするうち、マリアに夫のふりをして実家に同行してほしいと頼まれる。パオロはマリアに同情して農家に出向き、歓待される。最後には真実が知られてしまうが、マリアは両親に許される。

 農村地帯の人間模様がおもしろい。バスの運転手に男の子が生まれたばかりだとわかると乗客全員でお祝い騒ぎになる。女性の実家でも、大勢の人が集まって結婚を祝福する。善良であけっぴろげでちょっと偏屈な人たち。愛情にあふれる世界だ。

 最後、マリアと心を通わせかけるが、パオロは都市の自宅に戻り、また自己中心的な妻に冷たくあしらわれる生活に戻る。

 1942年の作品。イタリアはファシスト政権のもと、戦争を開始し勢力を拡張していた。戦争中の都市部の人々はこのような生活をしていたのだろう。そこではかつてのイタリアの農村部の人情が失われていたのだろう。そのような時代感覚を伝える意味でも、とても興味深い映画だった。

 

「警官と泥棒」1951年 マリオ・モニチェリ、ステーノ 監督

 コミカルな、とてもおもしろい映画だと思った。

 警官(アルド・ファブリッツィ)は泥棒(トト)を追いかけるが、取り逃がしてしまう。期限内に捕らえなければ解雇されることになる。警官は必死で泥棒の身元を調べ、個人的に接触しようとする。ところが、その家族と親しくなり、家族ぐるみの付き合いになり、泥棒の苦しい生活森化できるようになって友情めいたものが湧いてくる。最後、二人で警察署に向かうところで映画は終わる。

 警官の家庭と泥棒の家庭のそれぞれの階級、道徳、生活態度の違いをコミカルに描き、人間臭いふたりの感情が共感をもって描かれている。昔のイタリア喜劇でおなじみの二人の芸達者ぶりにも驚く。

 

 

「パンと恋と夢」1953年 ルイジ・コメンチーニ監督

 二組の恋の成就を描く恋愛映画。ほのぼのとしてコミカル。

 山の上の小さな村に赴任してきた警察署長(ヴィットリオ・デ・シーカ)は、二人の女性、じゃじゃ馬と呼ばれるマリア(ジーナ・ロロブリジーダ)と助産婦アンナレッラに惹かれる。マリアが部下の青年を愛していることを知って、二人を結び付け、自身はアンナレッラに言い寄る。祭りの日、二組とも愛を認め合う。

 小さな村なので、みんなが署長に注目し噂しあっている。嫉妬があり、感情の行き違いがあり、おせっかいがあり、誤解がある。そのような小さな村の様子も見事に描く。

 監督としてのデ・シーカももちろん超一流だが、俳優としても素晴らしい。軽みがあり、面白みがあり、おかしみがある。そして、ロロブリジーダの美しさにも改めてため息が出る。私が映画を見始めたときには、ロロブリジーダはすでに過去の大女優だったが、映画を見るたびに胸をときめかしたものだ。

 二組の恋物語もさることながら、村人たちの生き生きとした姿が何よりも魅力的に思えた。

 

「われら女性」 1953年 ロッセリーニ、ヴィスコンティなど

 新人女優や4人の大女優(アリダ・ヴァリ、イングリッド・バーグマン、イザ・ミランダ、アンナ・マニャーニ)が自信を演じてそれぞれの私生活を描くオムニバス映画。とてもおもしろかった。

 第一話(アルフレッド・グワリーニ監督)は二人の女優志望者がオーディションに勝ち抜く様子を描く。第二話(ジャンニ・フランチョリーニ監督)はアリダ・ヴァリがメイキャップ係の女性の結婚パーティに出かけ、庶民的だった自分の過去を思い出し、メイキャップ係の結婚相手に心惹かれながら、その場を後にするエピソード。第三話はロッセリーニが妻であるバーグマンと隣の夫人との近隣トラブルを描く。バーグマンのイライラ、大人げない怒りなどがほほえましく描かれる。第四話(ルイジ・ザンパ監督)では、ミランダが、偶然目撃した子どもの事故をきっかけに、貧しい家庭の親子関係を知り、つい親身になるが、思い返して、子どものいない女優業の自分を振り返る様子を描く。第五話はヴィスコンティが監督しており、マニャーニがタクシーに乗って連れていた子犬のために1リラの特別料金を請求され、それに納得できず、その数十倍のお金をかけて自分の正しさを証明しようとする様子が描かれる。物事を中途半端にしないで強い自己主張をするイタリアの庶民的なマニャーニがとてもおもしろい。

 おそらくここに描かれるのはそれぞれの女優さんの実体験なのだろう。もちろん、脚色が加えられていると思われるが、それぞれの個性がうかがわれ、「女優」という職業の宿命のようなものも描かれる。女優を生きることの意味も見えてくる。私はすべてのエピソードを面白いと思った。

 1953年に作られた映画だが、豊かさが映画の中に現れるようになった。戦後の混乱期を終えて、やっと生活にゆとりができ、華やかな世界が生まれてきた。そんなイタリア社会の様子も見える。これより少し前の時代にこのような女優さんたちの生活を描く映画を発表しても反発を買うだけだっただろう。

|

« 古いイタリア映画「にがい米」「オリーヴの下に平和はない」「ローマ11時」「無法者の掟」 | トップページ | ロッセリーニの映画「アモーレ」「神の道化師」「ストロンボリ」「殺人カメラ」「ヨーロッパ1951年」 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 古いイタリア映画「にがい米」「オリーヴの下に平和はない」「ローマ11時」「無法者の掟」 | トップページ | ロッセリーニの映画「アモーレ」「神の道化師」「ストロンボリ」「殺人カメラ」「ヨーロッパ1951年」 »