オペラ映像「アニェーゼ」「ボルゴーニャのエンリーコ」「運命の力」
緊急事態宣言が出てから2週間。病院の集団感染が伝えられている。医療崩壊が起こらないのか、そもそも前からわかっていたはずなのに、医療その他の面で準備できていなかったのか。不安が高まる。不安は尽きないが、私としては、自宅で粛々と仕事をし、合間合間に芸術を楽しむしかない。そんな中、オペラ映像をみたので、簡単な感想を記す。
パエール 「アニェーゼ」 2019年 トリノ、レッジョ劇場
パエールは1771年、つまりベートーヴェンの翌年に生まれたイタリアの作曲家。「モーツァルトとロッシーニの間をつなぐオペラ作曲家」だという。私は、作曲家の名前も、この「アネェーゼ」というオペラも初めて知った。
確かに、モーツァルトやロッシーニと雰囲気が似ている。第一幕を見ているうちには、「モーツァルトとロッシーニを足して3で割って、そこから天才性を取り除いたような音楽だ」と思っていた。快活で耳当たりの良い音楽が続く。ただ、あまり魅力的な音楽ではないと感じていた。
が、第二幕になってがぜんおもしろくなった。モーツァルトともロッシーニとも異なる、この作曲家特有の生き生きとした音楽が聞こえてきた。確かに二人の大天才には劣るかもしれないが、とても楽しいオペラ。まったく退屈せずに、最後まで楽しんだ。
最愛の娘アニェーゼが恋人エルネストと駆け落ちしてしまったため、父親ウベルトは狂気に陥り、「娘は死んでしまった」と思い込んでいる。アニェーゼは娘を産んだもののエルエネストに捨てられ、実家に戻るが、娘が死んだと思い込んでいる父はアニェーゼを娘と気づかない。周囲の人たちの努力によってやっと父は正気を取り戻し、恋人エルベストも後悔してアニェーゼに元に戻って、めでたしめでたしでオペラは終わる。
演奏も素晴らしい。すべての役がしっかりした声で、演技もうまいし、まさに堂に入っている。とりわけウベルト伯爵のマルクス・ウェルバ、アニェーゼのマリア・レイ=ジョリー、エルネストのエドガルド・ロチャが素晴らしい。ディエゴ・ファソリスの指揮によるトリノ・レッジョ劇場管弦楽団も生き生きしていて文句なし。レオ・ムスカートの演出も、色彩的で楽しくて、わかりやすく躍動的。
ドニゼッティ 「ボルゴーニャのエンリーコ」(アンダース・ヴィクルントによる比較校訂版) 2018年 ベルガモ、ソシアーレ劇場(ライヴ)
ドニゼッティ21歳の作だという。先輩であるロッシーニの若い時期の作品に、やはりよく似ている。音楽はメリハリがあり生き生きとして楽しい。
ストーリー的には、かなり無理がある。エンリーコ(メゾ・ソプラノで歌われる)は王の息子だが、王が殺害されたため、身分を偽って育てられている。一方、王を殺害したグイードはその後、暴虐の限りを尽くし、エンリーコと愛を交わしているエリーザと婚礼を挙げようとしている。エンリーコは立ち上がり、エリーザを奪い返し、民衆の助けによってグイードを追い払う。
エンリーコ役のアンナ・ボニタティブスが素晴らしい。途中、ちょっと音程が不安定に感じるところもあるが、最後の独唱は言葉をなくす凄さ。声の勢いもアジリータの技巧も圧倒的。エリーザのソニア・ガナッシ、ジルベルトのルカ・ティットートはさすがの円熟。声は伸びているし芸達者。グイードのレヴィ・セクガパーネ(アフリカ系のテノール)は美しい高音を出すが、発声が不安定。あと少しの鍛錬が必要だと思う。
アレッサンドロ・デ・マルキの指揮だが、オーケストラの精度が高くないので、生き生きとしたリズムなのだが、少しもたついて聞こえる。
演出はシルヴィア・パオリ。舞台の中に、もう一つ舞台が作られ、劇中劇という形になっている。ストーリーがあまりに他愛がなくプリミティブなので、あえてこのような方法をとったのだろう。もしみんなが大真面目にこのストーリーを演じたら、確かにリアリティをなくして観客は白けてしまうだろう。劇中劇にしたために、面白く、舞台から距離を置いてみることができる。とてもセンスのいい演出だと思った。
全体的に、とても楽しめた。ドニゼッティは、イタリアで人気のわりに日本では軽んじられている。私も大作曲家だと思っているわけではないが、愛すべきオペラ作曲家だと思う
「運命の力」 2019年 英国ロイヤルオペラ
NHK/BSで放送されたものをみた。目くるめくような大スターたちの饗宴。何しろ、レオノーラがアンナ・ネトレプコ、ドン・アルヴァーロがヨナス・カウフマン。その二人だけでもアッと驚くのに、ドン・カルロがリュドヴィク・テジエ、プレチオシッラがヴェロニカ・シメオーニ、グァルディアーノ神父がフェルッチョ・フルラネット、そして、なんとカラトラーヴァ侯爵がロバート・ロイド、フラ・メリトーネがアレッサンドロ・コルベッリ、そしてクーラがロベルタ・アレクサンダー。昔の大スターまでが勢ぞろい。しかも、みんなが圧倒的な声を聞かせてくれている。
ただでも話がドラマティックなので、もうそれ以上音楽でドラマティックにしなくてもいいと思うのだが、パッパーノの指揮がいやがうえにもドラマを盛り上げる。クリストフ・ロイの演出も、リアリティを重視したもので、説得力があった。ともかく、これ以上は考えられない上演だと思った。
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コメント
自分も最近は映画やCDを今まで以上によく観たり聴いたりしていますが、その逆にテレビはほとんどみなくなりました。おそらく気持ちをとにかくリラックスさせたいと自然にそう感覚的になっているのだと思います。
テレビもコロナばかりやって不安を必要以上に煽るだけではなく、家から人が出たくなくなるほど楽しくなるくらいの往年の名画やオペラや音楽の映像などを、この機会に一気に放送してほしいです。
「家にいましょう」と掛け声ばかりかけても、その呼びかけをしている放送局がその努力を怠ったらダメだと自分は思います。
投稿: かきのたね | 2020年4月23日 (木) 21時40分
かきのたね 様
コメント、ありがとうございます。
おっしゃる通り、テレビを見ていると、不安になり、暗い気持ちになってしまいますね。せめてBSなどで過去の映画の特集などをやってほしいですね。フランスでいえば、たとえばアラン・ドロンとかカトリーヌ・ドヌーヴとかの出演作を特集してくれたりすると、多くの人が楽しめると思うのですが。もちろん、ハリウッド俳優でも日本の俳優でもいいですね。
投稿: 樋口裕一 | 2020年4月27日 (月) 09時47分
樋口裕一さん、こんばんは。
最近は、「新型コロナウイルス感染症」の影響で甘いあまり外出しない生活をしています。
音楽も聴かず、ドラマも映画も見ず、ニュースと競馬ばかり見ています。
相変わらず変わった馬名や凝った馬名を僕は探しているが、昨日は<母ディーバ>の仔ベルリオーズ、今日は<母ペルレストラーダ>の仔ヴィルトゥオーゾを見つけられた。
メインレースの天皇賞(春)には昨年の覇者フィエールマン<勇敢に>が出走、僕は無知にも知らなかったが、スティッフェリオとはヴェルディのオペラのタイトル。もしかすると音楽ファンは馬券を獲れたかもしれません。
近年、馬名は「何とかの何とか」という名前が減り、例えばベルカント、ワグネリアン、カンタービレ、アマデウスと言った名前の馬が増えました。
ディープインパクトの仔のワグネリアンとフィエールマンが代表格でしょうか? 僕はワーグナーのオペラもヴェルディのオペラも観ないのでまるで無知ですが、それでも種牡馬ローエングリンは知っていました。
樋口さんは僕と違って映画にもオペラにもたいへん詳しいのですね。
僕は今季はコンサートが中止なので、家で少しは交響曲を聴くことにします。
投稿: kum | 2020年5月 4日 (月) 00時05分
kum 様
コメント、ありがとうございます。
競馬に触れたことは、これまで一度もありませんが、確か、ブリュンヒルデという名前の馬のいたのではないでしょうか。
私は、大学では演劇科映画専攻で、一時、映画監督を目指し、その後、小さな賞ですが、映画評論新人賞というのももらったことがあります。実は、かつては映画が専門だったのです。そして、中学生の時に「ばらの騎士」にであってからのオペラファンです。
投稿: 樋口裕一 | 2020年5月 5日 (火) 23時45分
樋口裕一さん、こんばんは。
ブリュンヒルデとい
投稿: kum | 2020年5月10日 (日) 01時03分
樋口裕一さん、こんばんは。
ブリュンヒルデという牝馬は1,988年頃に活躍したサラブレッドで、僕は残念ながら覚えていませんが、父ハードツービート
投稿: kum | 2020年5月10日 (日) 01時08分
樋口裕一さん、こんばんは。
ブリュンヒルデという牝馬は1,988年頃に活躍したサラブレッドで、僕は残念ながら覚えていませんが、同じ父ハードツービートの産駒には大橋巨泉さんの馬もいました。
でも、樋口裕一さんがオペラと映画に何故こんなに詳しいのか理由が聞けて良かったです。
大学の小論文の先生と聞いていましたから。
僕は残念ながら、オペラの知識がなく「スティッフェリオ」といわれてもなんのことか分かりませんでしたが、ジュゼッペ・ヴェルディのファンはすぐに分かるんだろう、と思って書き込みました。
投稿: kum | 2020年5月10日 (日) 01時17分