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オペラ映像「ナクソス島のアリアドネ」「さまよえるオランダ人」「二人のフォスカリ」「ファルスタッフ」

 緊急事態宣言が全国で解除され、私の仕事もかなり日常に戻りつつある。今日も、午前中は日本語学校、午後は大学で仕事をした。明日以降も、外に出ての仕事になる。感染の第二波が心配だし、それ以上にコロナ禍後の社会のあり方が不安だが、ともあれ、仕事をこなしていくしかない。

 この間に見たオペラ映像についての感想を簡単に記す。

 

リヒャルト・シュトラウス 「ナクソス島のアリアドネ」2014年 ウィーン国立歌劇場

 見覚えがあるので、NHKBSで放映されたものだろうかと思っていたが、どうやら2016年のウィーン国立歌劇場日本公演と同じ演出のようだ。そのとき、あまりに残念なことに、バッカス役のボータが急死して代役が立ったことを思い出した。この映像はボータが歌っている。

 素晴らしい上演。時代を代表するこの役の最高のキャスティングだと思う。序幕の作曲家のソフィー・コッシュはまさに適役。声は伸びているし、初々しいし、姿かたちも作曲家にぴったり。音楽教師のマルクス・アイヒェも見事。

 オペラの部分では、私はアリアドネのソイレ・イソコスキの歌に感動した。完璧にコントロールされた声。表現力も豊か。清澄でしかも奥深い歌を聞かせてくれる。バッカスのヨハン・ボータも、これ以上ないほどの美声と声のコントロール。この二人が視覚的にアリアドネとバッカスに見えないのが残念だが、歌唱の見事さは欠点を補ってあまりある。イソコスキは現代最高のシュトラウス歌いだと思う。

 ツェルビネッタのダニエラ・ファリーも華やかで躍動的でとてもいい。容姿の面でも説得力がある。ただ声の輝きという面では、アリアドネとバッカスの充実には少し劣ると思う。 ニンフたちも道化の面々も見事な歌と演技で申し分ない。

 指揮のティーレマンはさすがに自在な棒さばきというべきか。以前、CDだったかDVDだったかでティーレマンの指揮するこのオペラを聴いたとき、ユーモアのセンスがなく生真面目過ぎるという印象を受けたのを覚えているが、今回はそのようなことはあまり感じない。ユーモモラスな演奏ではないが、繊細で緻密で躍動するので、何かの不足があるとはまったく思わない。しなやかさが増して、音の一つ一つ、響きの一つ一つに力がある。

 スヴェン=エリック・ベヒトルフの演出については、最後に作曲家とツェルビネッタが抱き合うことを除けば、特に新しい解釈はない。人物の動きが音楽にぴたりと合っているので、歌手たちは歌いやすいだろうし、自然に感じるが、ちょっと物足りない。

 

 

ワーグナー 「さまよえるオランダ人」 2019年 フィレンツェ五月音楽祭劇場

 なんといっても、ファビオ・ルイージの指揮が素晴らしい。切っ先鋭く、しかも大きくうねり、ドラマティックで疾風怒濤。このオペラにふさわしい。息つく暇もないほどに緻密に構成され、次々と音が挑みかかってくる。緊張感とドラマに酔う。

 歌手陣もそろっている。オランダ人を歌うトーマス・ガゼリはドスのきいた深い声で、この役にふさわしい。ダーラントを歌うミハイル・ペトレンコも深く歌う。ただ、ゼンタ役の マージョリー・オーウェンズについては、私はヴィブラートが気になった。それに悪く言えば、ちょっと間延びした歌唱に思える。バラードはあまりにゆっくり。これは本人の意思なのかルイージの指示なのか。きれいな声で歌おうとして、ドラマ性が失われているように思えた。合唱もそろっていないように思えた。

 ポール・カランによる演出については、特に新しい解釈はないが、おどろおどろしさを前面に出しており、なかなかの迫力。コンピュータマッピングによって荒れた海や幽霊船を作り出し、おぞましいといえるような薄汚れた空間を作り出している。第二幕は、薄汚れたミシンの並ぶ工場という設定。第三幕の最後でオランダ人は救済されるが、(こう言っては大変失礼だが、)オランダ人もゼンタも美男美女ではなく、うらぶれた感じが漂う。そうであるがゆえに、リアルであり、ハードボイルド的な凄味がある。

 

 

ヴェルディ 「二人のフォスカリ」2019年  パルマ、レッジョ劇場 ヴェルディ音楽祭

 イタリア・オペラにはあまりなじんでおらず、しかもヴェルディの初期作品となると、数えるほどしか聴いたことがないのだが、どういうわけか私は「二人のフォスカリ」がかなり好きだ。「アイーダ」や「オテロ」よりも実はずっと感動する。

 フランチェスコ・フォスカリを歌うウラディーミル・ストヤノフが圧倒的に素晴らしい。最後の歌には胸を打たれる。まさに、息子を失い、地位を失って絶望する老人の呪いと悲しみにあふれている。気品ある容姿もこの役にふさわしい。ヤコポ・フォスカリを歌うステファン・ポップも伸びのある美声。ルクレツィアを歌うマリア・カツァラヴァは、声楽面ではとても見事。張りのあるしっかりした声。

 パオロ・アリヴァベーニという指揮者を私は知らなかった(たぶん、一度も演奏を聴いたことがないと思う)が、切れが良く、しっかりと鳴らして、とてもいい指揮者だと思った。アルトゥーロ・トスカニーニ・フィルハーモニー管弦楽団にも文句はない。レオ・ムスカートの演出については、とりわけ何かが起こるわけではないが、音楽を邪魔しないので、私としては好感を持った。全体的に、しっかりとまとまっており、とても良い上演だと思った。

 

ヴェルディ 「ファルスタッフ」2019年 マドリード王立歌劇場

 ダニエーレ・ルスティオーニの指揮が恐ろしく元気。ドラマティックでメリハリがあり、激しい。まるでヴェルディの「リゴレット」や「運命の力」のよう。しかも、歌手たちも元気いっぱいに激しく、怒りや悲しみを込めて歌う。このような演奏を好む人も多いのかもしれないが、私としては、もう少しこのオペラはおとなしくていいのではないかと思う。もっと、ニンマリして、「こいつ、しょうがねえなあ」と思ってファルスタッフの人間臭さを笑いたい。ところが、この演奏では、ファルスタッフはエネルギーにあふれたかなりの悪漢。

 歌手たちのほとんどを私は知らない。が、とても充実している。ファルスタッフのロベルト・デ・カンディアは、たぶん自前の巨大な腹なのだと思う。見事な声。アリーチェ・フォード夫人のレベッカ・エヴァンス、メグ・ペイジ夫人のマイテ・ボーモンともに、とても魅力的な中年女性で歌もそろっている。フォードのシモーネ・ピアッツォラも芸達者でしっかりした声。クイックリー夫人がやけに大柄だと思ったら、なんとダニエラ・バルチェッローナではないか! さすがの歌唱と演技。今回のキャストの中で唯一のよく知る歌手だった。

 演出はロラン・ペリー。ペリーにしては、コミカルさがあまりない。全員が現代の服装で街の居酒屋めいた場所で始まる。ファルスタッフは街にたむろする少し下層の太った爺さんといったところ。だが、こうすると、妙にリアルになってしまって、騎士のプライドを持って自分がモテると信じているファルスタッフの滑稽さが現れない気がする。私はペリー・ファンなのだが、今回はいつもほどには感心しなかった。

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コメント

それだけ文句を言うくせに10万円は拒否せずにしっかり貰うんですね?
古事記でも金を恵んで貰う時位は感謝しますけどねえw

投稿: | 2020年6月 8日 (月) 07時08分

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