« 弱さを知り、助けを求めること | トップページ | METライブビューイング「ポーギーとベス」 人間臭いドラマを堪能した »

「パプーシャの黒い瞳」 白黒の詩的映像で描かれたジプシー女性詩人の生涯

 岩波ホールでポーランド映画「パプーシャの黒い瞳」をみた。監督はヨアンナ・コス=クラウゼとクシシュトフ・クラウゼ監督。

 入場時、チケットの裏に名前と電話番号を書いて係員に渡すというシステムになっていた。新型コロナ関係で何かがあったときの対応ということだろう。1席おきに座れるようになっている。いずれの処置もやむを得ないだろう。

 とてもいい映画だった。モノクロ映画。素晴らしい映像美。

 パプーシャ(人形という意味らしい)というあだ名をつけられた実在のジプシー女性の生涯を描いている。1910年(だったかな?)と1971(だったなか?)の間のいくつもの時代が錯綜して描かれ、だんだんとこの女性の生涯が浮かび上がってくる。

 パプーシャは差別を受けながらジプシーの集団の中で生きている。みずからすすんで読み書きを身に着け、自分の思いを言葉にして書きつけている。いやいやながら年上の叔父と結婚させられ、石女と蔑まれ、暴力を受け、ナチスによる虐殺を逃れ、虐殺を生き延びた赤ん坊を自分の子として育てる。そうした中、罪に問われた外部の青年がジプシー集団にかくまわれて暮らすことになる。パプーシャはこの年下の青年に好意を抱き、自分の書いた文章を見せ、ジプシーの生活の話をする。その後、青年は罪を逃れて都会に戻り、パプーシャの文章が詩として優れていることをうったえ、詩の出版に奔走。自らもジプシーに関する研究書を書く。ところが、そこにジプシーたちが秘密にしたいことが含まれていたことから、パプーシャはジプシー集団からも糾弾され、仲間外れになり、正気を失ってしまう。パプーシャの書いた詩がオーケストラ伴奏で演奏される機会に招かれるが、パプーシャは自分が詩を書いたことを否定する。

 そのような過酷な人生が説明の排除された美しい白黒の映像で淡々と描かれる。白黒にしたのは、カラーにするとあまりに生々しくなるため、生を抽象化して描きたかったためだろう。そのために、しみじみとパプーシャの過酷な人生を見つめることができる。まさにパプーシャの人生が白黒の映像のおかげで「詩」になっている。

 時系列の通りに描くとあまりに淡々としてしまうので、あえて時間軸をバラバラにしたのだと思う。熟慮の上に選択だったと思うし、そのわりに時代の変化をとてもわかりやすく描いているので、成功しているとは思うが、私は少し作為的過ぎると思った。同時に、そうであっても、少々退屈したのも事実だ。

 自然とともに生き、鶏などを盗むことを罪と思わず、自由に生き、哀しみや怒りも陽気な音楽に変えてしまうジプシー。そこでも排除され自己否定せざるを得ないパプーシャ、パプーシャに好意を寄せ、悪気なくパプーシャを傷つけてしまい、必死にかばおうとする外部の青年。いずれの生き方もとても説得力がある。

|

« 弱さを知り、助けを求めること | トップページ | METライブビューイング「ポーギーとベス」 人間臭いドラマを堪能した »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 弱さを知り、助けを求めること | トップページ | METライブビューイング「ポーギーとベス」 人間臭いドラマを堪能した »