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ヴァルダ監督の「ダゲール街の人々」「落穂拾い」 しなやかな知性と豊かな感性

 岩波ホールでアニエス・ヴァルダのドキュメンタリー映画を2本「ダゲール街の人々」と「落穂拾い」をみた。私は、50年以上前に「幸福(しあわせ)」をみて以来、ヴァルダの映画を愛してきた。この2本は見たことがないので、ぜひみたいと思っていた。

 

「ダゲール街の人々」 1975

 ヴァルダが住んでいたダゲール通りという庶民的な小さな通りの人々を描いたドキュメンタリー。老夫婦の営む香水・薬品などを扱ううらぶれた化粧品店や、ある店で行われたマジックショーを中心に、床屋、肉屋、パン屋、自動車教習所などの日常が淡々と描かれる。特にドラマがあるわけではない。はっきりした主張があるわけでもない。

 中年以上の人、とりわけ夫婦が描かれる。華やかなところのない、言ってみれば、少しくたびれた、美男美女でもない、ふだんは映画の画面に出てこない人々。決して清潔ではなく、おしゃれでもない、むしろ不潔で薄汚れたお店で客に接待し、おかしな客が来たり、なじみの客が来たりして対応する。

 今は失われてしまった下町の光景。店で肉を切り分け、客に目の前で肉を切って渡す。口にくわえたナイフでパンに筋目を入れて焼く。スーパーでは見られない光景だ。長年寄り添った男女がヴァルダのインタビューに答えて、そこに住む人たちの出身地や夫婦のなれそめを語る。

 多くの人が地の自分を見せる、ヴァルダはなんらかの思想に基づいて何かを断罪したり支持したりすることなく、すべてに愛情をこめて描く。ヴァルダの好奇心は行きつ戻りつする。好奇心の赴くままにカメラが動く。何という自由な感性、何というしなやかな知性!

 この映画は1975年に撮られたらしい。私が初めてパリを訪れたのは、1977年。私が初めてパリを訪れたころの光景が描かれていた! 私はモンパルナスの安ホテルでひと月以上を過ごし、まさしくこの映画に出てくるようなお店でパンやチーズを買っていた。モンパルナスの場末の店も、ダゲール街と似ていた。ダゲール街と私がうろついていた界隈は距離的にもすぐ近くのようだ。華やかな世界を予想してパリを訪れた私はこのようなパリの姿に驚き、同時に大きな魅力を感じた。それがそのまま描かれている。ああ、当時、こんな服装だった! こんな店構えだった! フランス人はこんな態度だった! そう思いながら懐かしさがこみあげてきた。

 それにしても、登場するのがほとんど白人。そこが現在と異なる。現在、同じ場所を撮影したら、半分近くが有色人種だろう。その面でも時代の変化を感じる。

 映画の最初から何度も登場する化粧品店の老いた女性が、どうやら認知症らしいことが徐々に観客にも見えてくる。初めから顔に表情がなく、挙動がおかしいのに気付いていたが、いよいよ不思議な行動をとる様子が示される。そうした様子をもヴァルダ愛情をこめて描く。失われゆくパリの世界。失われゆく人間の世界。ああ人間。

 懐かしいパリを見ることができ、ヴァルダの初々しい感性に触れることができて、とても感動。

 

「落穂拾い」 2000

 ミレーなどの画家の落穂拾いの様子はしばしば描かれている。そこに着想を得て、現代社会における落穂拾いをする人、ものを拾う人、そして、情景の落穂拾いをするヴァルダ自身(原題はLes Glaneurs et la Glaneuse「落穂拾いをする人々と落穂拾いをする女性」 女性単数形の定冠詞のついた拾う人というのは、もちろんヴァルダを指す)を描く。

 ものを拾う人を肯定的に描く。収穫後、農場に取り残された野菜や果物を貧しい人々がやってきて拾って貴重な食べ物にする。職をなくした人、移民として生活苦の中にいる人、半ば趣味として拾っている人、そこから芸術作品を作っている人、都会の中でホームレスとして生きている人。

 そんな人たちがヴァルダの前では自然な姿を見せる。飽食社会、ものを無駄にする社会、そのために食べるものがなく苦しんでいる社会、そうした社会を人々が語る。ヴァルダ自身は声高に何かを主張するわけではない。それに反対の立場の人がいても素直に耳を傾ける。

 登場する人物が皆とても魅力的だ。パリの市場の近くで捨てられた野菜をその場で食べて生活している男性が、ボランティアで移民にフランス語を教えている。そのような人々の営みが、「拾う」という行為を追いかけるうちに見えてくる。

 素直に見たいものを見て、それを率直に表現し、論理にも縛られず、自由自在に撮影し、自在にそれを編集する。まさに、社会の中で落っこちているものを自由に拾って映画にする。そこにヴァルダの知性と感性が魅力的に現れる。しなやかな知性と豊かな感性があってこそできる映画なのだと思った。

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