METライブビューイング「アグリッピーナ」 ディドナート、レイ、リンジーの三人の女性歌手に圧倒された
METライブビューイング「アグリッピーナ」をみた。
ヘンデルのオペラは、ちょっと聴くととてもいいのだが、途中から退屈してしまうことが多い。そんなわけで、「アグリッピーナ」に心惹かれながらも、今回はお休みしようと思っていた。が、「ポーギーとベス」をみたとき、予告として紹介されているディドナートの歌唱を聴いて、これはみないわけにはいかないと思った。2020年2月29日にメトロポリタン劇場で上演されたもの。
で、やはり歌手たちの歌と演技については本当に素晴らしかった。まずディドナートの悪女ぶりがすさまじい。声の技巧ももちろん素晴らしく、まさに悪漢の語り口。エネルギッシュに欲望と嫉妬と色気をぶつけつつも、策略家らしい知性や傲慢さも見事の造形している。
そして、ディドナートに勝るかのような圧倒的な歌を聞かせてくれたのが、ポッペア役のフレンダ・レイだ。たぶん、私は初めてこの歌手を聴いたと思うが、声の美しさ、伸び、音程、技巧、すべてが素晴らしい。アグリッピーナの策略に気づいて、それ以上の策略家になっていく様子を見事に演じる。容姿もいい。素晴らしい歌手だと思う。
そして、ネローネのケイト・リンジーもとてもいい。かなり若く華奢な感じの女性だが、のちの暴君ネロになる、ドロップアウトした精神不安定な青年を実に見事に歌いきっている。片腕で体を支えながらの歌は、ただもう驚くしかない。
クラウディオ役のマシュー・ローズは、見た目よりも若いようで、どうも新人らしいが、皇帝の貫録を見せる。深い声で、的確に歌う。とぼけた雰囲気もとてもいい。オットーネ役のカウンターテナーのイェスティン・デイヴィーズもしっとりした声でとても良かった。
ただ、実をいうと、歌手たちに圧倒されながらも、やはり私は退屈したのだった。せっかちな私は、情報量が少ないわりに同じことを繰り返しながら長々と続くヘンデルのオペラの(というか、この時代のオペラの)歌そのものが私は苦手なのだが、それ以上に、どの歌も同じような雰囲気なのが、私には気になる。
これにはハリー・ビケットの指揮の影響もあるのかもしれない。キレの良い、アグレッシブな古楽的な演奏はとてもいいのだが、このような演奏をすると、すべての歌が同じようになって一本調子になってしまう。第1幕では、最後のオットーネの歌だけが、しっとりと嘆きを歌うもので、それ以外はいずれも怒りや嫉妬や欲望をエネルギッシュに歌うものだった。私は最後のオットーネの歌でやっと少し気が落ち着けたのだった。
私はヘンデルのオペラについても、バロックオペラ全般についても、特に知識があるわけではないが、もう少し緩急自在な演奏であってほしいと思った。
デイヴィッド・マクヴィガーの演出については、物語の普遍性を強調するために現代の服装で上演される。まったく違和感がない。わかりやすい演出だと思う。ただ、司会のデヴォラ・ボイトが盛んに「軽妙な喜劇」と強調しているほどには、おかしみはなかった。演奏がアグレッシブなせいもあるのかもしれないが、深刻で余裕がなくなってしまう。もっと笑いの漏れる演出のほうが楽しかっただろうと思う。
とはいえ、オペラは楽しい。今年の2月29日にはまだこれほど多くの客を集めてオペラ上演がなされていた。今からすると、夢のようだ。
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