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オペラ映像「こびと」「チェネレントラ」「セヴィリアの理髪師」「影のない女」

 新型コロナウイルス感染者の東京の感染者が数日間、200名を超し、今は少し減ったが、それでも100名を超す。9月に地方に行く仕事が入ったので、その地の友人にLINEで連絡したら、すぐに電話がかかってきた。どうも、「今は来るな」ということらしい。さて、どうしたものか。

 何本かオペラ映像をみた。簡単な感想を記す。

 

ツェムリンスキー「こびと」 2019年 ベルリン・ドイツ・オペラ

 演奏会形式で聴いたことはあったが、オペラ上演の映像をみたのは初めてだ。とてもおもしろかった。

 演出はトビアス・クラッツァー。序曲の部分で、ツェムリンスキーと思しき男性がアルマ(のちのマーラー夫人)らしき女性に邪険にされながらも執着する様子が黙劇で演じられる。ツェムリンスキーがアルマとの関係を意識して、この「こびと」を作曲したというのは有名な話なので、きわめて納得のゆく演出。あのクラッツァーにしてはむしろありきたりに感じるほど。

 こびとをプレゼントとして与えられた王女は、鏡を見たことがなく、自分の醜さを知らないこびとに真実を知らせ絶望させる。こびとを実際の小人症の人が演じ、横で歌手が歌う。音楽的にも演劇的にも極めて充実している。王女役のエレーナ・ツァラゴワは明晰な美声で残酷な美しい王女を見事に歌い、演じる。こびとを歌うデイヴィッド・バット・フィリップも高貴な声、演じる男性も見事。侍女のギータを歌うエミリー・マギーもこびとに同情的でありながらも侍女としてふるまう役をうまく演じている。真実を知る場面などツェムリンスキーの音楽が悲劇的に響いて、とても感動的だった。

 指揮はドナルド・ラニクルズ。なるほど、この先鋭的でありながらも抒情的な音楽がツェムリンスキーなのだろうと納得できた。

 

ロッシーニ 「チェネレントラ」  1995年、ヒューストン・グランド・オペラ

 チェチーリア・バルトリ ロッシーニ・エディション(15CD+DVD)を購入。その中から、これまでみたことのないDVDをみた。その一つが「チェネレントラ」。

 なんといっても、アンジェリーナ役のバルトリが図抜けている。いかにもバルトリらしい躍動的で生き生きとして重みのある声。可愛らしい声ではないが、圧倒的な力感がある。

 ドン・ラミロ役のラウル・ヒメネスも高貴な声で声もしっかり出ている。ドン・マニフィコのエンツォ・ダーラとダンディーニのアレッサンドロ・コルベッリはともにベテランの味を出して、歌も見事で、しかも芸達者。ただ、アリドーロのミケーレ・ペルトゥージの歌がかなり硬い。

 ブルーノ・カンパネッラの指揮は現在のロッシーニ演奏からするとかなりおとなしいが、当時としてはこんなものだったのだろう。

 

ロッシーニ 「セヴィリャの理髪師」 1988年、シュヴェツィンゲン音楽祭

 1988年というから、30年以上前の上演。私の世代の人間が「セヴィリアの理髪師」として思い浮かべる通りの扮装、仕草での上演。懐かしい。とても楽しい。

 歌手陣は最高度に充実している。往年の名歌手たちだ。フィガロはジーノ・キリコ、アルマヴィーヴァ伯爵はデイヴィッド・キューブラー、バルトロはカルロス・フェラー、ドン・バジーリオはロバート・ロイド。そして、もちろんロジーナはチェチーリア・バルトリ。みんなすばらしいが、私はバルトリとロイドに驚嘆した。バルトリは一筋縄ではいかない強いロジーナを演じている。ロイドは滑稽で不気味で、しかも実に声量豊かな深い声。

 ガブリエーレ・フェッロ指揮によるシュトゥットガルト放送交響楽団。いかにも1980年代の演奏だが、歌手たちは個性的で、オーケストラの音もふくよかで、演出もわかりやすく、それはそれでとても楽しい。

 

シュトラウス 「影のない女」 ウィーン国立歌劇場 2019年 (NHK/BS放送)

 2011年のザルツブルク音楽祭でティーレマン指揮の「影のない女」をみて、驚嘆した記憶がある。ただこの時は、クリストフ・ロイの意味不明の演出だった(新人歌手がレコーディングをするという設定だった。何のことやら?)が、今回は同じティーレマンの指揮ながら、演出はヴァンサン・ユゲで、かなり原作に則している。

 圧倒的名演だと思う。三人の女性歌手、皇后のカミッラ・ニールント、乳母のエヴェリン・ヘルリツィウス、バラクの妻のニナ・シュテンメが最高の力演。私は武蔵野市民文化会館でまだ無名のころのリサイタルを聴いて以来のニールントの大ファン(一度、数人で飲食をご一緒したことがある!)。美しい声で強靭に歌い、しかも威厳ある美しい容姿に改めて圧倒された。皇后にぴったり。ヘルリツィウスはザルツブルクではバラクの妻を歌ったが、乳母もまた素晴らしい。ドスのきいた声で裏のある性格を見事に描いている。シュテンメもイゾルデ並みの声で複雑な女ごころを歌う。皇帝のステファン・グールド、バラクのヴァルフガング・コッホも女性陣に劣らず、心をえぐる歌だった。

 このオペラは超名曲だと思うが神秘的寓話であるため、観客はキツネにつままれた気持ちになる。そうなると歌も一本調子に聞こえてくることがある。だが、この五人の名歌手たちはニュアンスを歌いわけ、張りのある、しかも余裕のある声で表現する。凄い!

 ティーレマンの指揮についても、まさに縦横無尽、快刀乱麻、しかもニュアンス豊か。ザルツブルク音楽祭でかなり良い席で実演を聴いた時ほどの切れ味は感じなかったが、それはテレビ放送の録画を自宅の装置(低級ではないが、高級でもない)で聴いたせいだろう。演出については、皇后がバラクに恋愛感情を抱くふうを見せるのを除けば、私の理解できる限りではそれほど大胆な解釈はないようだ。わかりやすくこのオペラの荘厳で神秘的で不可思議でエロティックな雰囲気を作り出す。久しぶりにこれほどの高レベルの「影のない女」をみて実に満足。

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