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映画「シチリアーノ」 裏切った男の心のうち

 マルコ・ベロッキオ監督の映画「シチリアーノ」をみた。原題は「il Traditore」つまり、裏切り者。マフィアを捜査する検事に協力して、組織を裏切り、300人以上の犯罪者を逮捕に導いた実在の人物ブシェッタ(ピエルフランチェスコ・ファビーノ)を描く。

 ブシェッタはマフィアの一員として犯罪に手を染めながら、妻子を愛して暮らしていたが、内部抗争に巻き込まれ命を狙われる。しかも、ブラジルに逃げていたところ、警察に逮捕されてしまう。自殺を図るなどして逃れようとするが、有能なファルコーネ検事の取り調べを受けるうちに考えを変えて、むしろ現在のマフィアこそが本来のコーザ・ノストラ(マフィアを指す言葉だが、字義どおりには「われらが家」を意味する)を裏切っていると考えて、むしろ犯罪者逮捕の急先鋒に立つ。

 女好きで、家族を愛し、歌を好むブシェッタの人間らしい面、その苦悩と怒りを見事に描いている。初めのうち、たくさんの人物が次々と登場して名前と顔の識別に苦労したが、後半はそんなこともなく、心情を理解できた。

 ブシェッタはかつて殺した男を思い出す。その男は、自分が殺されると悟ってから、自分の子どもを常に幼い連れ歩き、殺人者が実行しないように仕向ける。ブシェッタはそれでも狙い続け、子どもが成長して結婚し、親から離れた日の夜、男を殺害する。殺される男の覚悟、その男を殺したころとその後のブシェッタの心情をうまく描くエピソードだと思う。ベロッキオはその場面をカットバックで挿入し、詩的に描く。

 終わりの部分で、当時の首相であったアンドレオッティの裁判でブシェッタが証人として証言する場面がある。そういえば、アンドレオッティとマフィアの関係が当時大きな話題になった。アンドレオッティを擁護する弁護士の手腕によって追い詰めることができなかった様子が描かれる。

 詩情にあふれる映像、心情の伝わる場面を追いかけながら、2時間半ほど、とてもおもしろくみたが、ただこれが「ポケットの中の拳」や「愛の勝利を」や「肉体の悪魔」ほどの傑作かというと、さほどとも思わなかった。

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映画「シリアにて」 ドキュメンタリー・タッチで緊迫のシリアを描く

 岩波ホールで、映画「シリアにて」をみた。監督はフィリップ・ヴァン・レウ。ベルギー出身の監督だ。

 シリア内戦中の首都ダマスカス。砲弾が飛び交う中、避難しないでマンションにとどまる家族の緊迫した一日を描く。夫が戦地に行っているため、妻のオームが義父と子ども3人の家族を守っている。そこに、上の階に住む若夫婦と赤ん坊も身を寄せている。ところが、朝、若夫婦は外国に逃れようとして夫がその算段に外出したとたん銃撃手に撃たれてしまう。家政婦がその瞬間を目撃し、若妻にそれを伝えようとするが、オームは、若妻がすぐに夫のもとに行くと危険があまりに大きいので知らせることを禁止する。オームの判断は正しかったのか、いつまで秘密を守れるか、オームはいつ打ち明けるのか。そうした緊迫した雰囲気の中で物語は進む。

 オームは家族を守るため責任を引き受け、若夫婦を乱暴な兵士の犠牲にする。きれいごとは許されないぎりぎりの中でオームは必死に身を守ろうとする。そうする以外に家族を守るすべがない。そのような状況を、この映画は過度に感情移入せず、ドキュメンタリータッチで描いていく。戦場のリアルが伝わり、残酷になっていく兵士たち、痛みを分かち合いながら生き抜こうとする人たちの様子がよくわかる。誰も信用できない。親しい人以外はみんな敵という状況。確かに戦場はこのような状況になっているのだろう。

 ただ、私の認識不足のせいだと思うが、マンションが正確にはどのような状況にあるのか、よくわからなかった。シリアは政府派と反政府派とISが入り乱れて戦っているということだが、若妻を犯す男たちは政府派なのかISなのか。この家族の宗教は何なのか。イスラム教の祈りの音楽が聞こえるのにこの家族は祈っている様子はないので、もしかするとイスラム教徒ではないのか。では、どのような状況にいるのだろう。そうしたことについて疑問が残った。

 若い夫は銃撃では殺されていなかった。病院に運ばれた。そこに救いはある。だが、安易な解決は示されないまま、映画は終わる。現実も同じように、解決の糸口はつかめないまま、まだしばらくこのような状況が続くのだろう。映画はそのような現実を教えてくれる。

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清水和音・藤江扶紀・岡本侑也のラヴェルを堪能

 2020826日、東京芸術劇場で「芸劇ブランチコンサート 清水和音の名曲ラウンジ 美しきラヴェルを聴く」を聴いた。曲目は、「亡き王女のためのパヴァーヌ」、藤江扶紀のヴァイオリンと岡本侑也のチェロによる「ヴァイオリンとチェロのためのソナタ」、そして全員によってピアノ三重奏曲。

 清水のピアノは、「亡き王女のためのパヴァーヌ」の冒頭の音が鳴ったとたんにラヴェルの世界に引き込むような美しい音。ラヴェル特有の、フランス的な柔らかさを持ちながらも芯が強い。高貴で、ちょっとエロティックな独特の世界を作り出す。

 ヴァイオリンとチェロのためのソナタは、これまで何度か聴いたことがあるが、実はいまだに曲そのものをよく理解できずにいる。もちろん、ラヴェルはあえてこの2台の楽器を用いたのだと思うが、私には納得できない。「ピアノの音が足りない!」と思ってしまう。この曲を聴くたびに、何をやっているのかわからないまま終わる。残念ながら、今回もそうだった。私の修行が足りないということだろう。

 ピアノ三重奏曲はとても良かった。清水さんが「チェロの藤井聡太」と評価する岡本も素晴らしかったが、藤江のきれいな音も見事だった。三者の織り成す音がしっかりと構築され、しかも豊かな色彩を感じさせてくれた。ピアノの音色、指さばきなどは、舌を巻くほど。ほかのふたりともぴったりと息があっているのを感じた。たぶん、音楽を主導しているのは清水さんだと思うが、ちょっとドイツ風ながっしりしたラヴェル。もちろん、そうであることは、ドイツ音楽好きの私にはとてもうれしい。

 朝からこのような音楽を聴けてとても満足だった。

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飯森・東響の「運命」を堪能!

 2020年8月23日、神奈川県立音楽堂で飯森範親指揮、東京交響楽団の演奏を聴いた。曲目はベートーヴェンの交響曲第6番「田園」と、第5番、いわゆる「運命」。

「田園」の最初の音を聴いて、美しい音にうっとりした。充実したオーケストラの音が聴けたと思った。しなやかで精妙な音。ただ、そのあとはしばらく精彩を欠いているのを感じた。音楽がうまく流れないし、歌わない。マエストロ飯森の解釈はかなりオーソドックスだと思う。小細工なしに音楽を歌わせようとする。しかし、オーケストラがそれについていかない気がする。やはり、新型コロナウイルスによるブランクの影響が大きいのだろう。第2楽章にとりわけもたつきを感じた。だが、第3楽章からだんだんと盛り上がった。嵐の部分は音に勢いが出て、徐々に精妙さも増してきた。ただ、やはり、最後まで感動するには至らなかった。

 しかし、休憩後、「運命」が始まったとたんに、私はぐいぐいと音楽に惹かれていった。第1楽章冒頭から緊迫感にあふれ、どんどんと高揚していく。オーケストラはマエストロの指示に即座に呼応して、低弦が勢いづいて音楽が生き生きとしてくるのがよくわかった。これもきわめてオーソドックな解釈だと思う。テンポをいじったり、何かの楽器を際立たせたりするのではなく、真っ向勝負で音を進めていく。それが一つ一つ小気味よく決まっていく。第1楽章は一分の隙もなく構築された音が見事に再現されていくの目の当たりにする気k持ちになった。第2楽章の変奏の変化のニュアンスもとても美しく、オーケストラの音が精妙になっていくのがわかった。第4楽章はいやがうえにも高揚し、まさしく現在の閉塞状況をねじ伏せて勝利に導こうとするかのような音楽になった。私は大いに感動した。

 飯森さんから観客への短いトークの後、アンコールとしてベートーヴェンの「12のコントルダンス」の第7曲(「エロイカ」の第4楽章に出てくるテーマの曲)が伝えられて演奏された。短いながら、しなやかな舞曲の気分があって、とても良かった。

 やはり生の音楽は素晴らしい。やはりオーケストラは素晴らしい。やはりベートーヴェンは別格。

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ブリテンのオペラ映像「ピーター・グライムズ」「ルクレツィアの凌辱」「ビリー・バッド」「グロリアーナ」「ヴェニスに死す」

 もちろん、ブリテンがたくさんのオペラを書いていることは知っていた。「ピーター・グライムズ」と「ねじの回転」は映像でもみたことがあり、なかなかいいオペラだと思っていた。が、もともと私は英米の音楽をあまりおもしろいと思わない。エルガーもディーリアスも退屈で仕方がない。バーンスタインもみんなが言うほどおもしろいとは思えない(演奏についても作品についても)。だから、これまでブリテンにも積極的には触れずにいた。

 しばらく前にDVD7枚組のオペラ作品集購入していたものの、我が家の装置との相性が悪く、どのDVDもなぜか大きな雑音が混じってかけることができなかった。残念だったが、ブリテンだったら、みられなくてもまあいいかと考えていた。先日、装置を買いなおしてやっとみることがでた。そして、あまりのすばらしさに驚嘆。いやあ、すごい作曲家だ。20世紀中期以降にオペラを作曲した最大の作曲家だと確信した。これまで軽んじていたことを恥じる。

 そんなわけで、5本のオペラについて、簡単な感想を記す。

 

「ピーター・グライムズ」 2012年 ミラノ・スカラ座

 まず何よりも若き俊英ロビン・ティチアーティのあまりに切れの良い指揮ぶりに驚嘆する。ドラマティックで鋭く、スピード感にあふれている。人の心の奥底を刺激して、人間の孤独と絶望をえぐるこのオペラを存分に描き切っている。戦慄的な和音、むずむずするような音が腹の底に響く。

 歌手陣も充実している。ピーター・グライムズを歌うのはジョン・グレアム=ホール。否応なく虐待してしまう中年男の孤独と意地を見事に歌う。顔の演技力もなかなか。エレン役のスーザン・グリットンも、地味な色気が漂う誠実な女性をうまく演じている。そのほかの歌手陣はみんながそろっている。ミラノ・スカラ座管弦楽団と合唱団も文句なし。

 演出はリチャード・ジョーンズ。現代の服装をして、色鮮やかな服を着た人々の群集劇として描いている。色鮮やかな群衆を出すことによって、いっそうピーターの孤独が浮き彫りになる。ピーター自身を筆頭に、善良な市民でありながらも底意地の悪い人々が浮き彫りにされる。作品として実に充実している。まさに現代の古典というべき作品。

 

「ルクレツィアの陵辱」 2001年 オールドバラ音楽祭

 実演はもちろん、映像でも、これまでこのオペラをみたことがなかった。これは「ペーター・グライムズ」以上の名作だと思った。「凌辱」などというちょっとぼかした和訳になっているが、英語タイトルは「ザ・レイプ・オブ・ルクレツィア」。まさしくレイプシーンがあり、そのすさまじさには言葉もない。

 男女の語り手が登場し、登場人物と観客の間の心のやり取りを歌う。ギリシャ悲劇のコロスの役割だ。確かに、この二人の語り手によって、古代の凄惨なドラマが現代の普遍的な物語になり、同時にレイプというあまりに直接的な行為が抽象的になる。

 ルクレツィアを歌うサラ・コノリーはきれいで伸びのある声。ターキニアス役のクリストファー・マルトマンは、精悍でたくましく、情欲に駆られて人間の尊厳を踏みにじる男を実に見事に演じている。英国人歌手なのだと思うが、みんな実に演技力がある。二人の語り手も見事。脇役に至るまで声も完璧にコントロールしており、仕草や顔の表情など、神経が行き届いている。

 指揮はポール・ダニエル。私の知らない指揮者だが、腕は確か。イングリッシュ・ナショナル・オペラ管弦楽団もしなやかな音を出す。デイヴィッド・マクヴィカーの演出も、古代の威厳を保ちつつ、人物のキャラクターを明確に示し、悲劇を静かに盛り上げる。

 

「ビリー・バッド」  2010年 グラインドボーン音楽祭

 ブリテンのオペラ作曲家としての力量に圧倒される作品だ。これもまさに名作! 大いに感動した。女性が一切登場しない男だけのオペラ。知を代表する艦長ヴィア、善を代表するビリー・バッド、悪を代表するクラガードの三者の息もつかせないほどの葛藤とせめぎあいがオペラによって展開する。

 上演も素晴らしい。マーク・エルダーの指揮するロンドン・フィルが緊張感にあふれた美しい音で観客の心をつかむ。マイケル・グランデージの演出も圧倒的な推進力で物語を進める。歌手陣も文句の付け所がない。ヴィア艦長のジョン・マーク・エインズリーは、この役にふさわしい知的な歌唱で折り目正しく、実に美しい。ビリー・バッドのジャック・インブライロも善良で生真面目な役をしっかりと歌う。そして、クラガートのフィリップ・エンスは邪な悪の化身を説得力を持って演じている。いずれも音程がよく、しかも容貌も役にふさわしい。理想的な上演だと思う。

 これまで「ピーター・グライムズ」や「ねじの回転」のオペラ映像をみて、ブリテンというのはなかなかいいオペラ作曲家だという認識があったが、これをみて、そんなレベルではない、とてつもない大作曲家であることを強く認識した。

 

「グロリアーナ」 2013年 ロイヤルオペラ(コヴェント・ガーデン)

 英国史に疎い私は今回初めて知ったが、グロリアーナ(栄光ある女性)とはエリザベス1世を指すらしい。ロッシーニやドニゼッティに多い英国王族ものだが、さすが本場のものだけあってリアルでしっかりした台本に基づいており、音楽も構成的でくっきりしている。これまでみたブリテンのいくつかのオペラと同様、登場人物たちが抜き差しならぬ状況に陥り、それを音楽が鋭利に描く。ただ、これまでみたものと少し違って、女王が主人公であって、劇中劇やダンスなどの本筋とは関係のない場面が多く、緊迫感は薄い。とはいえ、演奏や演出のせいかもしれないが、音楽も、すべての役も、輪郭がはっきりしており、もやもやした部分がない。

 エリザベス1世を歌うのはスーザン・ブロック。何度か実演を聴いたことのある歌手だが、さすがの歌声。しかも、老いてなお若い男性に執着し、強い自尊心を持った複雑なキャラクターを見事に演じている。エセックス伯のトビー・スペンスも、傲慢でわがままな貴族を見事に歌って小気味いい。エセックス伯夫人のパトリシア・バードンもマウントジョイ卿のマーク・ストーンもまさに適役。すべての人物が、容姿を含めてまるで台本から飛び出してきたかのよう。

 ポール・ダニエルの指揮について、私は何やら言う資格を持たないが、楽しんで聞くことができた。リチャード・ジョーンズの演出についても、キャラクターがわかりやすく、豪華絢爛な色彩にあふれ、それぞれの人物の人間的な弱点と苦悩が伝わってくる。

 とてもいいオペラだと思ったが、「ピーター・グライムズ」「ルクレツィアの凌辱」「ビリー・バッド」に比べると、私にとっては少し魅力に欠けた。

 

「ヴェニスに死す」 2013年 イングリッシュ・ナショナル・オペラ

 ルキノ・ヴィスコンティの映画「ヴェニスに死す」は封切りされたばかりのころから何度もみた。大好きな映画だ。私は当時から大のマーラー嫌いだったが、最も我慢できないのはマーラーの金管楽器の音なので、この映画で使われるアダージェット(弦楽合奏!)は気にならずにみることができた。ブリテンが映画に触発されてオペラを作ったことは知っていたが、特に関心を持たずにいた。だが、作品集に含まれるのでみてみた。いやはや、これは凄い。名作中の名作ではないか!

 執筆活動に行き詰ってヴェニスに逗留する作家アッシェンバッハは、家族とともに同じホテルに暮らすポーランド少年の美しさに惹かれ、その虜になっていく。ところが、ヴェニスでコレラが流行し、足止めを食らってしまう。アッシェンバッハは少年の気を引こうと、化粧をし、若作りをして、海辺で少年をながめながら死んでゆく。

 ブリテンらしい抜き差しならぬ状況が緊迫感あふれる音楽で作り出される。ちょっとヤナーチェクを思わせる音が時々聞こえる。神経質な作家(マーラーをモデルにしているといわれる)が少年の虜になり、初めての少年への愛に戸惑う様子がリアルに、しかも音楽によって抽象的に描かれる。そして、コレラ禍という極限状況の中で愛を全うしようとする感情も観客と共有できるように作られている。観客をぐいぐいと作品世界に引き込んでいく。私は同性愛ものをあまり好まない人間なのだが、これほど見事に描かれるとまったく違和感を覚えない。

 演奏も演出も見事。まずアッシェンバッハを歌ってほとんど出ずっぱりのジョン・グラハム=ハールにただただ驚嘆。伸びのある声、声の演技、そして動きによる演技。これ以上の歌唱は考えられない。アッシェンバッハ以外のほとんどの端役を一人でこなすアンドリュー・ショアも、その器用さに驚いてしまう。黙役の少年タジオを踊るサム・ツァルドヴァーも、ヴィスコンティの映画でタジオを演じた少年より私にはこちらの方が説得力がある。

 デボラ・ワーナーの演出も美しい。シルエットになって背景に海が映し出され、人々が動くが、少年たちのダンスを含めて、スタイリッシュで色彩豊かで、しかも清潔感にあふれている。エドワード・ガードナーの指揮も精緻で美しい。私には何の文句もない。ただただ引き込まれ、感動して最後までみた。

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辻彩奈のヴァイオリン 本格派の演奏に感動

 35℃を超す日が続いている。本来なら、オリンピックが行われていた時期。これほどの暑さの中でオリンピックが行われなかったことを不幸中の幸いと考えるべきだろう。

 そんななか、2020818日、東京芸術劇場で、「芸劇ブランチコンサート 名曲リサイタル・サロン」を聴いた。演奏は辻彩奈(ヴァイオリン)と阪田知樹(ピアノ)。曲目は、初めにバッハのG線上のアリア、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第34番、ブラームスのF.A.Eソナタよりスケルツォ、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第3番。ナビゲーターは加羽沢美濃さん。前もって購入していた席ではなく、入場時に、一席おきに改めた座席に変更されて渡された。やむを得ない措置だと思う。

 辻のヴァイオリンは、音程がよく、切れがあって生き生きとしている。小細工をするのでなく、誇張するのでもなく、確信をもって演奏しているのがよくわかる。私の席(前から2列目の左寄り)からは、残念ながらピアノの粒立ちがあまりよく聞こえなかったが、全体的にはピアノも見事にヴァイオリンと支えあって音楽を作っている。繊細で構築的なピアノ演奏。

 モーツァルトはまさに生き生きとして躍動的。第三楽章のアレグロは特にリズム感が良くて素晴らしかった。ブラームスになると、一層深みが増し、情熱が増してきた。素晴らしい演奏。スケルツォも躍動感にあふれていた。そして、私はとりわけソナタにぐいぐいと引き込まれていった。まったく小細工もなく、テンポを動かすこともなく、何も特別なことはしていないように見えて見事に高揚していく。ブラームスの熱い思いが伝わる。しかも、構築性があり、音楽の形がびくともしない。本格派の演奏だと思う。

 アンコールはタイスの瞑想曲。アッと驚くほどに、色気のない演奏。この曲は色気たっぷりの演奏が多い。そうでなくても、フランス系のヴァイオリニストが引くと濃厚な味がつく。ところが、辻と阪田の演奏は清潔ですがすがしい。これほど色気なく演奏しながら、ワクワクさせることができるというのは驚くべき手腕だと思った。

 コロナ禍の中、コンサートが再開され、私もいくつかのコンサートを聴いたが、とてもいい演奏だと思いながら、心から感動することがなかった。が、今日は心から感動。

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オペラ映像「ミニョン」「天国と地獄」「ロンジュモーの御者」

 35℃前後になる暑い日が続いている。お盆中だが、基本的に自宅を離れず、エアコンのきいた室内で過ごしている。オペラ(オペレッタ)映像を数本みたので、感想を書く。

 

アンブロワーズ・トマ 「ミニョン」 パリ コンピエーニュ・インペリアル劇場 1992

 60年ほど前、私が親にねだって初めて買ってもらったレコード(17センチ盤)は「ウィリアム・テル序曲」だったが、そのB面に「ミニョン」序曲入っていた。A面は夢中になってレコードが擦り切れるまで聴いたが、B面はつまらなかったので、めったに聴かなかった。だが、ずっと記憶に残っていた。

 その少しあと、何かの懸賞に当たって、オペラ・アリアのソノシートをもらったが、そのA面は「ある晴れた日に」、B面は「ミニョン」の「君よ知るや南の国」だった。いずれも日本人歌手(名前は記憶していない。名唱といえるような演奏ではなかった)による日本語歌唱だった。1950年の黒澤明監督の映画「醜聞(スキャンダル)」の山口淑子演じるオペラ歌手が劇中で歌うのが、「君よ知るや南の国」。つまり、1950年代、60年代にはこの演目は、代表的なオペラとして知られており、「君よ知るや、南の国」は「ある晴れた日に」と並ぶポピュラーなアリアだったらしい。

 そんなわけでずっと映像をみたいと思っていたが、やっとDVDを入手。みてみた。もちろん、これはゲーテの「ウィルヘルム・マイスターの修業時代」に基づくオペラだ。

 あまりレベルの高い上演ではない。90年代の録画なので、音質も画質もよくないが、それ以上に、オーケストラが貧弱な音を出す。指揮はジャン・フルネだが、十分に実力を発揮できているとは思えない。歌手陣も世界一流とはいいがたい。ミニョンを歌うルシール・ヴィニヨンも声の魅力が不足するし、ウィルヘルム・マイスターのアラン・ガブリエルも音程がふらつく。フィリーヌのアニック・マッシスはきれいな声だが躍動感がない。演出はピエール・ジュールダン。懐かしい名前だ。今となってはごく当たり前の、わかりやすい演出といえるだろう。

 で、オペラそのものとしては、この上演を見る限りでは、名作とはいいがたい気がする。きれいな旋律は散見されるが、劇的盛り上がりに欠ける。かなり凡庸な音楽が並列的に流れていく感じだ。才能ある演出家や演奏家が本気で取り組めば、これが名作に変貌するのだろうか。もし、それが可能だとしたら、誰かが何とかして、そのうち、立派なオペラとしてよみがえらせてほしいものだ。

 

オッフェンバック オペレッタ「天国と地獄(地獄のオルフェ)」2019年 ザルツブルク音楽祭

 NHK/BSで放送されたもの。ちょっと下品な演出(家族と一緒にみることはためらわれる)だが、さすがザルツブルク音楽祭のオッフェンバックとあって、通常上演されるオペレッタとは段違いにレベルが高い。

 何しろ、まず「世論」を歌うのが、アンネ・ソフィー・フォン・オッター。まさに知性と気品にあふれ、お堅い女性を見事に演じている。久しぶりのフォン・オッターだが、今もとても魅力的。キャスリーン・リーウェックは頑健で元気いっぱいのウリディスを歌う。オルフェのホエル・プリエトは少し線が細いが、しっかりとうたっている。そのほか、登場する歌手たちすべてがあまりに芸達者。

 何より特筆するべきは、ジョン・ステュクス役のマックス・ホップがすべての役のセリフを受け持っていることだろう。歌唱はすべてフランス語でなされるが、セリフ部分は、ホップがすべての役を声色を使ってドイツ語で行う。様々な国の出身の歌手たちにフランス語のセリフを語らせることに無理があるための窮余の策も兼ねていると思うが、ホップが実に巧みに、様々な擬音も含めてドラマを再現するのには驚く。ただ、最初から最後まで同じパターンで続けられると、後半、少々飽きてしまう。

 そのほか、ジュピテルのマルティン・ヴィンクラーがなんとも好色でだらしのない役を面白おかしく演じている。プリュトンのマルセル・ビークマン、キュピドンのナディーネ・ヴァイスマンなど、どの役も実に見事。バリー・コスキーの演出も下ネタ満載ながらユーモアがあり、何よりオットー・ピヒラーの振り付けによる踊りの仕草が楽しい。

 エンリケ・マッツォーラの指揮によるウィーン・フィルはあまりに豪華。ただ、叫び声を入れたり、例のカンカン踊りを入れたりして下品な風を装っているが、根っこのところの「一流」はどうしても隠すことができず、将軍が町民に身をやつした雰囲気がある。最終的には、むしろ、オッフェンバックのオペレッタをこんなに立派に演奏してよいのだろうかという疑問を抱きたくなった。

 

アダン オペレッタ「ロンジュモーの御者」2019年 パリ、オペラ=コミック座

 アダンという作曲家は「ジゼル」でしか知らない。その「ジゼル」も、昔々FM放送で一、二度聴いて、あまりおもしろくなかったのでCDも持っていない(もしかしたら、セット物の中に混じっているかもしれないが)。が、フランスもののオペレッタの映像とあれば、ともあれみてみたい。そんなわけで購入してみた。

 ロンジュモーで暮らす御者のシャプルーは、マドレーヌと結婚した当日、その歌声をコルシ侯爵に認められ、オペラ座の歌手に誘われる。シャプルーはマドレーヌを捨ててそのままパリに赴き、大成功。しばらくして、マダム・ドゥ・ラ・トゥールと恋に落ち、結婚しようとする。が、実は、マダム・ドゥ・ラ・トゥールは叔母の遺産を継いで大金持ちになったマドレーヌその人だった・・・。というストーリー。とても愉快。音楽も楽しい。

 上演も見事。シャプルー役のマイケル・スパイアーズは高音も美しく、声に張りがあり、音程もいい。とてもいい歌手だと思う。コミカルな雰囲気も出している。マドレーヌを歌うフローリー・バリケットもきれいな声で、とてもチャーミング。マドレーヌとして歌うちょっと蓮っ葉な部分もマダム・ドゥ・ラ・トゥールとして歌う高貴な部分もとてもいい。コルシ侯爵のフランク・ルゲリネルも文句なく楽しい。ビジューのローラン・キュブラも、まるで漫画に出てくるような理想的な男性体形で、声も見事。

 セバスチャン・ルランの指揮するルーアン・ノルマンディ歌劇場管弦楽団も、輪郭のはっきりした健康的な音作りがとても魅力的だ。ミシェル・フォーの演出も実に楽しい。シャプルーらが重婚してしまったと慌てる場面など笑いを誘う。とてもおもしろいオペレッタだと思う。

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YAMATO String Quartetのベートーヴェン 温和なベートーヴェンだった!

 2020812日、神奈川県立音楽堂でYAMATO String Quartetによるベートーヴェンの中後期弦楽四重奏曲連続演奏の第2回(昼の部)を聴いた。演奏者は第1ヴァイオリン・石田泰尚、第2ヴァイオリン・執行恒宏、ヴィオラ・榎戸崇浩、チェロ阪田宏彰。残念ながら、私の好みの演奏ではなかった。いや、もっとはっきり言えば、私の最も苦手なタイプの演奏だった。

 初回(88日)と同じタイプの演奏。穏やかで微温的。私には、単に合わせているだけに聞こえる。石田さんのヴァイオリンはとても魅力的な音だと思う。第10番ハープの第2楽章など、とても美しい。が、それにしても、あまりに穏やか。

 第11番「セリオーソ」になったら、もっと激しくなるのかと思ったら、雰囲気は変わらず。後期作品である第12番になると、もっと強烈になるかと思ったら、これまた変わらず。

「セリオーソ」は本来、激しく強烈な第1楽章に始まり、内省的になり、最後、ロッシーニ風になる曲だと思う。その起伏が魅力だと思うのだが、私には今日の演奏は牙を抜かれた音楽に聞こえる。第12番も、後期のベートーヴェンに特有の最後に到達した激しくも静謐な研ぎ澄まされた音が聞こえてこない。きっと、演奏家たちは、穏やかさを表現しようとしているのだろう。それがベートーヴェンの境地と考えているのだろう。

 私がベートーヴェンの弦楽四重奏曲に求めている音は最後まで聞こえてこなかった。

 日本の団体のベートーヴェンの弦楽四重奏曲のコンサートに出かけると、しばしばこのようなタイプの演奏に遭遇する。そのたびに私は不満に思う。日本人の演奏家の手にかかると、ベートーヴェンまでもが和の音楽になってしまうのを感じる。私はベートーヴェンの弦楽四重奏曲は典型的な衝突の音楽だと思う。晩年の四重奏曲も、様々な衝突を起こした後に突然訪れた静謐の瞬間の音楽だと思う。

 そんなわけで、今日は残念だった。

 出かけたときには、36℃の炎天下だったが、コンサートが終わって自宅の最寄り駅に降りたら、雷雨の後だったらしく、地面は濡れ、気温は28℃に下がって、いくらか過ごしやすくなっていた。

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「17歳のウィーン」 時代に翻弄された人々

17歳のウィーン フロイト教授人生のレッスン」をみた。

 ローベルト・ゼーターラーのベストセラー小説「キオスク」をニコラウス・ライトナーが監督した作品。フロイトは一時期、かなり熱心に読んだ。フロイトが主人公として登場するのなら、見ないわけにはいかないと思ったのだった。とてもおもしろかった。

 17歳のフランツ(ジーモン・モルツェ)は、シングルマザーの母が土地の男たちの世話を受けて、湖のある山間部で育てられてきたが、生活が成り立たなくなり、母の知人であるオットー(多分、かつて母の面倒を見た男性)を頼ってウィーンのタバコ屋(正確には、Tabak Trafik)で働き始める。フランツはうぶで誠実で一本気。ボヘミア出身の少女と知り合い、恋に落ちる。常連の一人が精神分析学者のフロイト(ブルーノ・ガンツ)だったことから、フランツはフロイトの好む葉巻をプレゼントする代わりに恋愛相談に乗ってもらうようになる。

 時代はナチス侵攻期。ヒトラーはドイツで政権を握りオーストリアを併合する。ウィーンにもカギ十字が氾濫するようになり、ユダヤ人に好意的なオットーは嫌がらせを受け、ついには逮捕され、ゲシュタポ本部で殺される。ユダヤ人であるフロイトはだんだんと暮らしにくくなり、最後にはロンドンに亡命する。アネシュカはフランツの母と同じように、生活のためにやむなくナチス将校の愛人になる。そうした息苦しさ、ナチズムの浸透、生きるための必死の努力など、まさにナチスが勢力を拡大した時期、つまりはフロイトがウィーンで暮らした晩年の様子がリアルに描かれる。

 フランツはフロイトの「夢判断」に出てきそうな夢をたびたび見る。映画の中で夢の謎解きが行われるのかと思っていたら、そんなことはなかった。母が生活を愛人たちから得ていたことにわだかまりを持ち、性的な欲求に何らかのコンプレックスを持っていることがこれらの夢からうかがい知れるだけだった。

 フロイト理論が映画とどう関係するのかなど、疑問に思うところは多々あったが、ともあれ、時代に翻弄されながら自分らしく生きた青年と老精神分析学者、そして、男の性的な満足に身をゆだねるしか生きるすべがなかった二人の女性の生きざまを描く映画として、とてもおもしろかった。

 

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「愛情物語in Paris」(「アンドレア・シェニエ」の物語)を楽しんだ

 202088日、川崎市の小黒恵子童謡記念館で、ANCORA+特別企画 愛情物語in Paris「アンドレア・シェニエ」より をみた。

 脚色・台本・演出は三浦安浩。「アンドレア・シェニエ」から抜粋し、フランス革命の時代と現代をつなぐ語り手役を配し、日本語による台本をつけ足して、奇跡的に日本人にもわかりやすくおもしろい物語に作り直している! 歌のほとんどは原語で歌われるので、よくわからないところはたくさんあるが、音楽の魅力もあって、特に気にならずに物語に入り込めるようにできている。

 歌手陣は充実している。私はとりわけ、シャルル・ジェラールを歌う清水良一とシャルルの父親などのいくつかの役を歌う大塚博章に感銘を受けた。清水は複雑な役を見事な声で歌った。大塚も、シャルルの父親の役では少々不自然な演技だった(年齢的に、かなりこの役は現在の大塚さんには苦しい!)が、それ以外の役を演じると、堂に入っている。声の豊かさは圧倒的。

 マグダレーヌの斉藤紀子も芯の強いしっかりした声。ほかの歌手陣もそろっており、しっかりと音楽を盛り上げた。ただ、題名役の小野弘晴について、私には声のコントロールが不足するように聞こえた。声は出ているが、私に言わせれば、むしろ声が出すぎている。こんな小さな会場でこんなに声を張り上げる必要はないだろうと思う。声を張り上げようとするあまり、コントロールが甘くなっているように思えた。

 小さな劇場でオペラを見るとき、常に思うのだが、歌手の方たちは声の威力を発揮しようとしすぎるのではないか。ささやくような声があり、しんみりとした静かな声があってこそ、フォルテの声の威力が出る。いや、そもそもささやくような声にこそ、迫力が宿ると思う。完璧な音程で観客の心の中にじっくりと入り込む弱音こそ、私は歌手の醍醐味だと思うのだが、それは私が素人だからだろうか。

 ピアノは村上尊志。私の席のせいか、初めのうち音のバランスが悪く思えたが、徐々に良くなった。

 三浦安浩流の味付けの「アンドレア・シェニエ」。イタリア・オペラに疎い私はそれほどこのオペラになじんではいない。実演と映像を合わせて数回みたことがある程度だ。だが、三浦流案内のおかげでフランス革命の時代(学生のころ、フランス革命が大好きで、何冊も関係書を読んでいたのを久しぶりに思い出した!)に戻ることができ、激動の時代、先の見えない時代の愛の激情を目の当たりにできた。三浦さんの群衆の作り方に感服。少人数でありながら、祝祭感を出し、激動の時代であることを予感させている。

 三密を避けた客席の配置(ただ、歌手たちが大声なので、実はちょっと感染が心配になった)がなされ、ソーシャル・ディスタンスという言葉が繰り返し台本でも触れられる。三浦さんが挨拶でも触れていたが、オペラこそ新型コロナの直撃を受けている。負けないでほしいと無責任に言うだけしかできないが、本当に歌手の方々に先の見えない状況に負けないでいただきたいものだ。

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YAMATO String Quartetのラズモフスキー1・2・3番 もっとはっちゃけたベートーヴェンを聴きたかった!

 202085日、神奈川県立音楽堂でYAMATO String Quartetによるベートーヴェンの中後期弦楽四重奏曲連続演奏の初回を聴いた。演奏者は第1ヴァイオリン・石田泰尚、第2ヴァイオリン・執行恒宏、ヴィオラ・榎戸崇浩、チェロ阪田宏彰。初めてこの音楽堂を訪れたが、真昼間、35℃くらいある中、マスクをつけて坂を上った。かなり急な坂だった。客に高齢者の方が多かったので、みんな大変だったのではないか。いや、かくいう私も十分に高齢者。

 曲目は、ラズモフスキー第1・2・3番(すなわち弦楽四重奏曲第7・8・9番)。第1番は、正直言って期待外れだった。音にまとまりがない。第1ヴァイオリンの石田さんの音もぴしりと決まらない。今まで何度か石田さんの演奏を聴いたが、たぶんスロースターターなのだと思う。

 それに、ちょっとベートーヴェンに遠慮しすぎている気がする。まるでおさらいをしているようで、おそるおそる音を鳴らしている感じがある。自分なりの音楽を作るというよりも無難に合わせようとしているように聞こえる。

 私がベルチャ四重奏団やエベーヌ四重奏団のような凄まじすぎる演奏を好んで聴いているせいもあるのだが、あまりに微温的に思えた。

 だが、第2番になってから、私はかなり音楽に乗ることができた。石田さんが意識的にリードするようになったように思った。特に第3楽章の独特の雰囲気を石田さんのヴァイオリンが見事に演奏した。細身の独特の美音でキレがよく、諧謔的でもあり大真面目でもある。

 第3番もそれに続いて、しっかりした演奏になった。

 ただ、アンコール(何の曲か知らない。ミニマルミュージックっぽい現代曲)を聴いて、ベートーヴェンでももう少しこんな味を出してほしかったと思った。これは素晴らしい演奏。音楽を自分のものにし、自在に弾きまくる。楽しいし、躍動的だし、音楽の楽しみがいっぱい。ベートーヴェンでまじめにお勉強の曲を弾いた後、そこから解放されて思いっきり演奏した感じ。でも、ベートーヴェンをもっと思いっきり演奏してほしかった。私はそれを期待して足を運んだのだった。

 この団体独特のベートーヴェンを聴きたいと改めて思った。もっとはっちゃけたベートーヴェンを聴きたかった。

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映画「剣の舞」 ハチャトゥリアンの人生を知ることができたが、特に感銘は受けなかった

 ユスプ・ラジコフ監督の映画「剣の舞 我が心の旋律」をみた。アラム・ハチャトゥリアンが「剣の舞」を作曲するまでの物語。

 ジョージア生まれのアルメニア人であるハチャトゥリアンは、ソ連の作曲家として活躍している。レニングラードの劇場でバレエ音楽「ガイーヌ」を初演準備中。ショスタコーヴィチやオイストラフも友人として駆けつける。ところが、ハチャトゥリアンを苦々しく思っている共産党の指導員が作曲を邪魔し、権力をかさに着て、ひそかに心を通わせているバレリーナを卑劣な手口で横取りしようとする。だが、ハチャトゥリアンは、アルメニアの魂を忘れず、虐げられている人々の心を描くべく、最後に「剣の舞」を仕上げる。

 ハチャトゥリアンは特に好きな作曲家というわけではない。だが、昨年だったか、ジョージアとアルメニアを旅行し、それを機会にハチャトゥリアンのCDも数枚聴いた。日本語ガイドさんとハチャトゥリアンの話もした。

 アルメニア人のトルコ人による虐殺に対する怨念、魂の故郷でありながら、今トルコ領となっているアララト山への思いはよく理解できた。ハチャトゥリアンの同胞への思い、ソ連でも悲哀を感じながら生きるしかないアルメニア人の思いも伝わってくる。

 ただ、ハチャトゥリアンの人生について知ることができたとはいえ、映画としては、共産党員の横暴、若い女性とのふれあいなどに既視感を覚えた。これまで何度も同じような映画をみてきたような気がする。それに、「剣の舞」そのものの作曲については特に描かれることなくすんなりと通り過ぎていった印象がある。機関車の音にインスピレーションを受けて「剣の舞」のリズムが生まれたように描かれていたが、それは実話に基づくのだろうか。もう少し民族的な意識の盛り上がりを描いてほしかった気がする。

 退屈せずに最後までみたが、特に感銘を受けることはなかった。

 

 

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