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東京二期会「フィデリオ」 期待してみたが、解放感を感じられなかった

 202093日、新国立劇場オペラパレスで、東京二期会オペラ劇場「フィデリオ」をみた。新型コロナウイルスの感染を避けるために、席数も少なく、合唱も密集しないように工夫しての上演。

 冒頭、「フィデリオ」序曲ではなく、「レオノーレ」序曲第3番が始まったのでびっくり。指揮は大植英次、演出は深作健太。「密」を避けて、合唱なども隣の人と距離をとっているせいもあるだろうし、初日だということもあるだろう。完成度にやや欠ける気がした。東フィルはきれいな音を出していたが、歌手とぴたりと合わない箇所を感じた。

 歌手陣はもちろんとても健闘しているのだが、とりわけ第一幕で声が伸びなかったり、声のコントロールが甘かったりする歌手が多かった。レオノーレの土屋優子は声量のある美声なのだが、コントロールが甘くて、音程が不確かになることがあった。また、ドン・ピツァロの大沼徹も、素晴らしい声でありながら、低音で声が伸びないところがあった。徐々に良くなったが、前半、やや苦戦していたのかもしれない。

 そんななか、フロレスタンの福井敬はさすがの歌唱。第二幕冒頭のアリアは、初めのうちこそ声が硬かったが、徐々にこなれてきて、後半すばらしい声の演技力を発揮した。私は感動した。ロッコの妻屋秀和はさすがの貫録。安定度が抜群。ヤッキーノの松原友はとても声が出ていて音程も正確。とてもいい歌手だと思った。マルツェリーネの冨平安希子はきれいな声と容姿だが、いかんせん声量不足を感じざるを得なかった。オーケストラにかき消されて聞こえないことが多かった。

 私が最も問題を感じたのは、深作健太の演出だった。このオペラを戦中から現在までの壁からの解放の歴史として捉え、ナチス時代やスターリン時代の収容所、ベルリンの壁、パレスチナの壁が舞台や映像に現れる。そして、しばしば字幕や文字が現れ、自由をたたえるメッセージや、壁に苦しんだ時代についての説明がなされる。私はそもそも演出というのは、文字を使わないで観客に意図をわからせるものだと思っているので、まずこの文字の多さに閉口した。このオペラが自由・解放をメッセージとして持っていることは、わざわざ文字にしてくれなくてもだれにでもわかるだろう。それなのに、こんなに文字を使って「説明」することにどのような意味があるのだろう。

 そして、そもそもこのオペラを戦後から2020年までの歴史と重ね合わせることにも無理がある。無理があるという以上にあまりに陳腐。私には、ヘアハイムなどのバイロイトの演出を未消化のまままねたとしか思えない。

 しかも、最初にアウシュヴィッツの門にあった有名な標語「働くことによって自由になる」が示され、それがしばしば掲げられるが、それにどのような意味があるのか、私には理解できなかった。ロッコが牢番の仕事をし、フロレスタンが地下牢で「自由Freiheit」と書かれた板をせっせと張り付けているが、それが「働く」ということなのだろうか。

 これまで深作演出に驚き、感心してきたのだったが、今回はあまりに当たり前の言わずもがなのことを文字を使い、あれこれの仕掛けを使って語るだけの演出に思えた。

「フィデリオ」によって、現在の閉塞感から解放された気分になりたいと思っていたのだったが、あれこれ不満を覚えて、そのような意識を持てなかった。新型コロナウイルスの影響できっとリハーサル不足なのだろう。あと数回上演を行うちにもっと精度が上がって、舞台全体の印象も変わるのかもしれない。

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コメント

 全く同感です。深作さんは、今回はつまずいた感じです。
 無声映画のような冗長な文章で、アリアも一時代前のように皆、前を向いての歌唱。
 カーテンコールでは、深作さんの時には、最前列で、両手で❌印していました。ブーイングデキナイノデ。

投稿: 感動人 | 2020年9月 4日 (金) 15時24分

再度恐縮です。私も、ブログに書きました。

https://kandoujin.blog.fc2.com

投稿: 感動人 | 2020年9月 5日 (土) 08時10分

感動人 様
コメント、ありがとうございました。
ブログを読ませていただきました。まったく同感です。
おっしゃる通り、アリアを歌うとき、どの歌手も前を向いて朗々と歌っていましたね。私も気になりました。ブーイングが出るかと思っていたのですが、確かにコロナ禍でブーイングを口で言えない状態ですので、静かにバツ印を手で作った人がたくさんおられたかもしれません。深作さんは才能ある人だと思いますので、次回はぜひ、言葉に頼らない演出をしてほしいものです。

投稿: 樋口裕一 | 2020年9月 7日 (月) 00時39分

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