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ウェールズ弦楽四重奏団 あまりに内向的なベートーヴェン

 20201114日、第一生命ホールでウェールズ弦楽四重奏団のベートーヴェン・チクルスⅢをきいた。曲目は前半にベートーヴェンの弦楽四重奏曲第4番と第10番「ハープ」、後半に第7番(ラズモフスキー第1番)。残念ながら、私は退屈した。

 第4番が始まったとき、あえて小さく音楽を作り、精妙に、繊細に演奏するやり方にとても興味を持った。そのうち音楽が大きくなるのだろうと思った。だが、そのまま、第10番になっても、後半の第7番になっても同じ。どの楽章も、静かに精妙に繊細に演奏する。3曲を通して、私の感覚ではもっとも大きな音でもせいぜいメゾフォルテ程度。ほとんどの部分がピアニシモかピアノで演奏される。四人が息を合わせ、静かに、繊細に、小さな小さな音を大事にして音楽を進めていく。ベートーヴェンの繊細な心の奥をそって描くかのように。その意味では息が合っているし、技術が高い。

 しかし、これがベートーヴェンの音楽だろうか。こんな、当たり障りのない、こんなか弱い内向的で神経質な音楽がベートーヴェンなのだろうか。私も、このようなあえて小さく作る室内楽が世界でもしばしば演奏されていることは知っている。だが、その場合には、もっと流動があり躍動があるはずだ。小動物が駆け巡り生命を謳歌するような音楽になっているはずだ。だが、今回の音楽は徹底的に繊細でスケールが小さい。躍動はなく、うちに閉じこもる。内向的で、神経質。しかも、3曲すべて同じようなアプローチ。おおらかでスケールの大きい第7番までも同じように演奏される。

 もちろん、演奏者たちはあえてこのような解釈をぶつけているのだろう。だが、私には承服しがたい。これではまるでかのベートーヴェンは、巣の中の閉じこもってびくびくする臆病でか細いウサギにでもなったようではないか。

 とても期待して出かけてコンサートだったが、期待外れだった。

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