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オペラ映像「ルクレシアの凌辱「ドン・キショット」「ニシダの天使」

 一昨日から部屋の片づけをしていた。かつての仕事の跡がたくさん出てきた。フランス文学にこだわっていたころの様々な資料、小論文の資料、授業準備のノートなどなど。そしてまた捨てるに忍びなくて残していたオペラや映画のVHSのテープ、大量の本。自分ではかなり怠け者だと思っていたが、思えばずいぶんと仕事をし、ずいぶんと趣味に力を注いできたものだ。ちょっと感慨にふけったが、思い切ってかなりを捨てた。

 そんな中、何本かオペラ映像をみたので簡単な感想を記す。

 

ブリテン 「ルクレシアの陵辱」2015年 グラインドボーン歌劇場

 先日、2001年のオールドバラ音楽祭のこのオペラの映像をみて大いに感激したのだったが、今回みたグラインドボーン音楽祭の映像はそれに勝るとも劣らない。オールドバラ音楽祭を詳細に覚えているわけではないので、違いを細かく指摘することはできないのだが、今回はレオ・フセインの指揮の強烈さにまず驚いた。こけおどしではなく、本質的に恐怖を感じさせる。サスペンスにあふれているというか。不吉なことが起こりそうな予感が最初から濃厚に漂っている。

 歌手陣はみんなが実に素晴らしい。最初に登場するコロスの二人(アラン・クレイトンとケイト・ロイヤル)の存在感が大きい。客観的な語り手としてではなく、ルクレシアに共感する観客の視線で舞台にかかわり、ドラマティックに語る。ルクレシアのクリスティーネ・ライスは色気のある美しい声。タキニアスのダンカン・ロック欲情を抑えきれなくなった乱暴な権力者を見事に歌う。コラティナスのマシュー・ローズもしっかりした声、ジュニアスのマイケル・サムエルも堂々たる歌。

 演出はフィオナ・ショー。男たちも、そしてルクレシアも泥(石炭礫?)に汚れながら舞台上を動く。清純でいられない人間の性とでもいうか。あまりに無残。そして、人間の本質を見せてくれる。

 私の大好きな「サロメ」「エレクトラ」「ヴォツェック」「イェヌーファ」と同じような凄味のあるオペラだと思う。

 

マスネ 「ドン・キショット」2019年 ブレゲンツ、祝祭劇場

 ブレゲンツ音楽祭での公演。演出はマリアム・クレマン。「男たるもの、人の役に立つべきだ」といったメッセージを伝えるテレビCMのような映像が映し出され、客席の一人がそれに大声でクレームをつけて席を離れ、劇に導くという凝ったオープニング。だが、わざわざそのようにする意味が私にはよくわからない。

 ドン・キショットが老人として登場するのは第1幕だけで、ほかは現代の若者として登場。しかも、第2幕、第3幕、第4幕でそれぞれ役柄が異なる。第3幕ではスパイダーマン、第4幕ではスーパーマン=クラーク・ケントの格好で現れる。どうやら、一人の老いた過去のドン・キショットが主人公ではなく、正義のために崇高に戦う何人もの現代人が主人公ということのようだ。別の服装、別の髪形でドン・キショットやサンショやデュルシネが現れるので、観客としては初めのうちはそれが誰なのかわからずに戸惑う。世界の各地で正義のために戦っている人への応援メッセージとしてのオペラになっているということだろう。

 ただそうすると、ドン・キホーテの晩年を描くこのオペラのテーマから大きく離れるし、とりわけ第5幕での老年のドン・キショットの自分の人生を振り返っての感慨が宙に浮いてしまい、このオペラの最も感動的な部分を切り捨ててしまうことになる。このオペラから、老いた老人の物語という点を除いてしまったら、最大の魅力がなくなってしまう。

 歌手陣は充実している。とはいえ、ドン・キショットのガボール・ブレッツは時々声のコントロールがうまくいかず、フランス語の発音もかなり粗い。デュルシネのアンナ・ゴリャチョーワはきれいな声だが、発音が不明瞭なのが気になる。サンショのデイヴィッド・スタウトがもっとも安心して聴けた。ダニエル・コーエンの指揮するウィーン交響楽団に特に文句はないが、心惹かれることもなかった。

 

ドニゼッティ 「ニシダの天使」2019年 ベルガモ、ドニゼッティ劇場(ドニゼッティ・オペラ・フェスティバル2019) 

 ドニゼッティはこの「ニシダの天使」から多くの部分を転用して、「ラ・ファヴォリータ」を作ったという。「フィデリオ」における「レオノーレ」のような意味を持つのが、この「ニシダの天使」らしい。

 残念ながら、私は「ラ・ファヴォリータ」の実演をみたことがないし、映像も一、二度しかみていない。よって、確かに「ニシダの天使」をみて既視感は覚えるのだが、どこがどのように似ていて、どう違うのは全く把握できない。

 レオーヌは愛した女性シルヴィアが王の愛人だったと知り、絶望して修道院に行くが、そこを訪れたシルヴィアと愛を交わすが、すぐにしリヴィアはこと切れる。一言でいえばそのようなストーリーだ。なかなかおもしろいし、ともかくわかりやすいのはありがたい。

 演奏的にはトップレベルというわけではない。王を歌うフロリアン・センペイとレオーヌのコヌ・キム(多分、韓国人、あるいは韓国系の歌手。韓国人歌手の活躍はすさまじい!)とシルヴィアのリディア・フリドマンの3人はこなれた声で見事に歌うが、群を抜くほどではない。ドン・ガスパールのロベルト・ロレンツィと僧侶のフェデリコ・ベネッティは少々苦しい。ジャン=リュック・タンゴー指揮のドニゼッティ歌劇場管弦楽団は少し音が重い。フランチェスコ・ミケーリの演出はほとんど舞台装置や大胴部のない円形の舞台の動きだけで展開される。十分に予算を使えないためかも、知れないが、少々単調。

 最高の舞台というわけではないが、十分に楽しめる。ドニゼッティ・ファン垂涎のソフトといったところだろうが、ドニゼッティでなじんでいるのは「ルチア」と「愛の妙薬」と「ドン・パスクワーレ」くらいの私としては、なかなか楽しめたといったところだ。

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