ブリテン作曲のオペラ映像「ヴェニスに死す」「ビリー・バッド」「オーウェン・ウィングレイヴ」
アメリカ大統領選挙が行われ、バイデン候補が当選確実になって、私としては、人類の未来のために胸をなでおろしている。その間、ブリテンのオペラ映像を数本みた。まだまだ私はブリテン入門者。よくわからないまま、ただぼんやりみることしかできない。が、これを重ねるうちに、深くみることができるようになるだろう。簡単な感想を書く。
「ヴェニスに死す」2014年 マドリード王立歌劇場
先日、イングリッシュ・ナショナル・オペラの上演映像(ジョン・グラハム=ハールがアッシェンバッハを歌っている)によってこのオペラを初めてみて衝撃を受けたのだったが、それに劣らぬ名演だと思う。ただ、今回は二度目のためか、衝撃を受けるまでには至らなかった。
アッシェンバッハ役のジョン・ダスザック。グラハム=ハールよりも声の威力があり、少しワーグナー的な歌唱になる。実に素晴らしい。ウィリー・デッカーの演出意図によると思うが、ゴンドラの船頭やホテルの支配人、理髪師などを歌うリー・メルローズは見事な演技だが、男色的な不気味さを強調しているのが私には少々やりすぎに思える。主人公が異界に入り込んだことを強調したいのかもしれないが、まるでサーカスの世界のように戯画化する必要はないではないか。アレホ・ペレスの指揮。私にまったく不満はない。
「ヴェニスに死す」1990年(グラインドボーン音楽祭でのプロダクションに基づいて、BBCテレビ放送用に収録された映像ソフト)
30年前の映像なので、画質・音質ともにあまりよくない。英語も含めて字幕は一切ない。しかも、我が家の装置のせいか、私に機械を調整する能力がないせいか、実際よりもみんなが太目に映っているような気がする。だが、アッシェンバッハを歌う往年の名歌手ロバート・ティアーを見られるのはうれしい。さすがの歌唱。声に伸びがある。旅人やホテルの支配人、理髪師を歌うアラン・オピーも見事。ドラマとしての盛り上がりも十分。グレイム・ジェンキンスの指揮によるロンドン・シンフォニエッタも特に不満はない。演出はちょっとちゃちだが、ドラマを味わうのに不足はない。最近みたほかの二つの映像に決して劣らない感動を与えてもらった。
「ビリー・バッド」 2017年 マドリード王立歌劇場
先日、グラインドボーン音楽祭の2010年の公演DVD(マーク・エルダー指揮、マイケル・グランデージ演出)を見たが、それに劣らぬ迫力だった。ビリーを歌うのは、グラインドボーンのものと同じジャック・インブライロ。まさに当たり役といっていいだろう。善良で楽天的な若者を見事に演じている。ヴィア艦長のトビー・スペンスはためらう良心を感じさせてなかなかいい。クラガードのブラインドリー・シェラットは陰険な雰囲気をうまく出している。
指揮はアイヴァー・ボルトン。グラインドボーンのエルダーもよいと思ったが、ボルトンもドラマティックに盛り上げてとてもいい。デボラ・ワーナーの演出も、全員が男の子のオペラの男くささを前面に出して成功している。ただ、グラインドボーンほどには、善と知性と悪という三人の主要人物の構図を明確にしていない。そのため、テーマが少しぼやける気がした。ただ、乗組員たちに扮する合唱団の疲れと怒りと鬱積はとてもよく表れていると思った。
「オーウェン・ウィングレイヴ」 Channel Four Television 2001年
このオペラの存在自体知らなかった。HMVオンラインを検索してDVDを知って入手。テレビ用に作られたオペラ映画。
英国将軍の家に生まれ、軍人になることを運命づけられ、しかも最後の男子として家族全員の期待を担っていたオーウェン・ウィングレイヴが、士官になるための勉強をするうち、戦争は犯罪だという認識を持つにいたり、軍人になることを拒否する。その意思を表明したとたん、オーウェンは家族のみんなから、そして恋人のケートからも排斥され、攻撃される。そして、ついには、オーウェンはこの家にまつわる伝説の部屋で家の掟によって死に追いやられる。まあ、まとめていえばそんなストーリーだ。
ブリテンが反戦思想の持ち主だったことは有名だが、まさにこれは真正面から反戦思想を扱ったオペラだ。1970年に作られたオペラだというが、この時代、ベトナム戦争下のアメリカの状況もあって、やっと反戦を口にできるようになった時代であったが、同時にまだまだそれを口にすると総攻撃を受ける時代でもあったのだろう。ブリテン特有の切羽詰まったリアリティによって人々の激しい非難と理解されないオーウェンの苦悩が描かれる。みる者はオーウェンの苦悩の中に投げ込まれ、オーウェンと一緒になって周囲の無理解に苦しむことになる。なかなかに説得力のあるオペラだ。ただ、「ねじの回転」と同じように幽霊が登場するが、この映像ではその説得力には疑問を持つ。
オーウェンを歌うのはジェラルド・フィンリー。さすがにフィンリーだけあって、美しい声で折り目正しく誠実な人間を好演している。そのほかの歌手たちもいずれも見事な声と演技。英国で演じられたオペラをみると、歌手たちの演技が圧倒的なのを感じる。このオペラ映画も、高圧的な祖父や叔母が見事に演じられて、映画としても見ごたえがある。
ケント・ナガノの指揮によるベルリン・ドイツ交響楽団の演奏もみごと。折り目正しく、悲劇が展開される。映像も美しく、美しい情景の中に登場人物の心理を巧みに描いている。完成度の高い映像だと思う。
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