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『週刊現代』の特集のこと、そしてオペラ映像「レオノーレ」「炎の天使」

 大学の授業期間も終わり、ほかの仕事もオンラインで行うことが増え、このところ、ほぼ巣ごもり状態だ。昼過ぎまで原稿を書いて、夕方から少し音楽を聴いたり、本を読んだり、テレビをみたり。

『週刊現代』の23日発売号の巻頭大特集「この世を去る前にあなたがやっておくこと」のインタビューに答えている。まあ要するに、一言でいえば、私も老い先短い高齢者として、自分の思いを語っている。

 オペラ映像を2本みたので、簡単な感想を書く。

 

ベートーヴェン 「レオノーレ」(1805年第1稿)20203月 オペラ・ラファイエット

 様々な事情のために初演が大失敗だったため、何度も書き直してやっと完成した「フィデリオ」の前身にあたる「レオノーレ」。その初校だという。つまり失敗に終わったヴァージョンということになる。

 名前に憶えのある歌手はいないし、指揮者もオペラ・ラファイエットという名称も初めて聞く。収録場所はニューヨーク市立大学ハンター校だという。私にしてみると、正体不明の団体による謎の上演。登場するのは、古楽器のオーケストラ。聴き進むうちに、実に素晴らしい演奏だと気づいた。調べてみたら、バロック・オペラなどを取り上げている団体のようだ。オペラ・ラファイエットという名称も含めて、出演者の多くがフランス系に思える名前なのだが、どんな人たちなのだろう。

 序曲はきっと「レオノーレ」第一番として知られているものだと思う。その後も、未知の重唱やアリアがいくつかある。よく知っているアリアも形が異なる。いや、そもそも「フィデリオ」では第1幕にまとめられているところが2幕になっている…など、様々な違いがある。ほとんど同じように進む部分もオーケストレーションが異なっていたり、カットされていたりもする。だが、大失敗作だったといわれる「レオノーレ」も、「フィデリオ」に劣らぬ傑作だったことがよくわかる。

 歌手陣はこれ以上は考えられないほどの充実ぶりだ。レオノーレのナタリー・ポランは芯の強い深めの声で豊かに歌う。フロレスタンのジャン=ミシェル・リシェル(もしかしたら、リシェと発音するのかも)は、まさにこの役にぴったり。語りかけるような歌唱で繊細な歌いまわし。ピツァロのマシュー・スコーリンは悪役にふさわしい。太い強い声。ロッコのスティーヴン・ヘゲダス、マルツェリーネのパスカル・ボーダン、ヤキーノのケヴェン・ゲデスもそろっている。ただ、ドン・フェルナンドのアレクサンドル・シルヴェストルだけが少し声の出ないところがあるが、さほど気にならない。ザルツブルクに登場する世界最高レベルの歌手たちにまったく引けを取らない人たちだと思う。

 ライアン・ブラウンの指揮も、一歩一歩足元を固めて進んでいくような遅めのテンポの明瞭な演奏だが、いかにも18世紀的な簡素な舞台とあいまって、ベートーヴェンの時代のオペラの雰囲気がよみがえる。はっきりした輪郭の上にドラマを作っていく。私は第3幕の、レオノーレが正体を明かしてフロレスタンを助ける部分では、久しぶりに強い感動を覚えた。

 好奇心を満たす珍しいヴァージョンでのオペラ上演というだけでなく、ベートーヴェンのオペラ上演として、これは最高のものの一つだと思う。

 

プロコフィエフ 「炎の天使」2019年 ローマ歌劇場

 このオペラの映像は以前、ゲルギエフ指揮、マリインスキー劇場のものをみたことがある。素晴らしい上演だったが、今回みたローマ歌劇場の映像もそれに劣らない。

 悪霊憑きの話なので黙役のダンサーが大活躍する。演出はエマ・ダンテ。部屋の中でうごめく悪霊の動きが不気味で、とても説得力がある。記憶によれば、ゲルギエフ指揮のものでは悪霊たちはぬめぬめした感じだったが、こちらはぎくしゃくして多動的。それはそれでとても説得力がある。

 このオペラに詳しいわけではない私には、この演出の解釈まではよくわからない。ただ、レナータにとっての天使とはリビドーのようなものであり、すなわち性的至高性であって、なおかつ聖性を持つものなのだろうと思った。プロコフィエフがそう思って創作したのか、あるいは演出家がそのような方向にしたのか、あるいはまた私が勝手にそう思っただけなのかははっきりしない。いずれにせよ、私には性的な聖なるものを求めるレナータがキリスト教によって断罪されながらも成就して聖なるものに自らなる物語に思えた。

 ルプレヒトを歌うリー・メルローズ、レナータのエヴァ・ヴェシンともに迫真の歌だと思う。ただ、ヴェシンが初めのうち、かなり「おばさん」っぽい恰好で登場するのに違和感を覚えた。きれいな若い女性という設定であり、ヴェシンも十分に美しい女性なのに、初めの部分でそのように見えない。意図的なのだろうか。

 よく知らない曲なので演奏について突っ込んだことは言えないが、アレホ・ペレスの指揮に私は完全に満足する。この複雑な音楽を明確に生き生きと描き出している。鮮烈にして幻想的で蠱惑的で不気味な世界が作られる。あっという間の2時間だった。

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