« オペラ映像「レニャーノの戦い」「ルイザ・ミラー」「スティッフェリオ」「ファルスタッフ」 | トップページ | 新国立劇場オペラ研修所修了公演「悩める劇場支配人」を楽しんだ »

チベット映画「羊飼いと風船」 空に舞い上がる赤い風船

「羊飼いと風船」をみた。ペマ・ツェテン監督のチベット映画。評判通り、とてもいい映画だと思った。

 1980年代。中国の人口抑制策に基づいて、チベット地区でも各家庭にコンドームが無料配布されている。ところが、羊飼いタルギェの家では、幼い子どもたちが風船だと勘違いしてふくらませて遊んだために、コンドームが不足し、妻のドルカルは妊娠してしまう。すでに三人の子どものいるこの家庭でこれ以上子どもを作ると罰金を取られ、生活も苦しくなるので、ドリカルは堕ろそうとする。ところが、死んだばかりの父の生まれ変わりがこの家に生まれるという高僧によるお告げを信じるタルギェや尼になっているドリカルの妹シャンチュはドリカルが子どもを産むことを願う。

 そのようなストーリーを大枠にして、ゆったりとしたテンポで、チベット族の日常の生活、自然の中での人間の生と死、羊たちの性のありようを描いていく。そこから浮かび上がってくるのは、国家推進の合理的で強圧的な精神とチベット族の自然に基づいた土俗の信仰。それらが日常の中に入り混じり、対立し、混乱と愛憎を生み出している。シャンチュは男との恋に破れて尼になることを選んだようだが、そこにも二つの考え方の理解不足があっただろうことがほのめかされる。

 どちらの側に立つのか、監督は立場を明確にしない。一方的にチベット族の生きざまをたたえるわけではない。矛盾の中で生きるチベットの人間たちをそのまま描く。

 最後、堕胎ののち、ドリカルは夫と離れて暮らすようになったようだ。タルギェは妻なしの厳しい生活を営むが、街に出かけたときに、子どもたちに本物の風船をねだられていたことをふと思い出して、赤い風船を買う。大草原の中を赤い二つの風船を揺らしながらバイクで走る場面は実に美しい。

 二つの風船のうちの一つは、子どもたちに渡したとたんにすぐに割れ、もう一つは子供の手を離れて天高く舞い上がる。主要登場人物のみんながその風船が舞い上がっていくのを見上げる。いつの日か、分裂し、引き裂かれる民族の心が一つになって上昇するのを希求するかのように。風船は私にはそのようなチベットの人々の願いに思えた。

 チベットには一度は行ってみたいと思いながら、高山病が怖くて計画段階で常に断念してきた。このような映画をみると、無性にチベットを見たくなる。

|

« オペラ映像「レニャーノの戦い」「ルイザ・ミラー」「スティッフェリオ」「ファルスタッフ」 | トップページ | 新国立劇場オペラ研修所修了公演「悩める劇場支配人」を楽しんだ »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« オペラ映像「レニャーノの戦い」「ルイザ・ミラー」「スティッフェリオ」「ファルスタッフ」 | トップページ | 新国立劇場オペラ研修所修了公演「悩める劇場支配人」を楽しんだ »