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オペラ映像「運命の力」「ドン・カルロ」「アイーダ」「オテロ」「ファルスタッフ」

 ヴェルディの全オペラ映像集(トゥット・ヴェルディ)をみおえた。簡単な感想を記す。

「運命の力」 2011年 パルマ・レッジョ劇場

 もちろん、このオペラの映像は何度かみたことがあるが、台本の出来の悪さを痛感する。「トロヴァトーレ」ほど支離滅裂ではないが、ありそうもない偶然が続き、無理やりドラマティックにしようとするあまり、人物の心理にまったく説得力がない。しかも、そのくせ無駄が多く、結局はドラマが空転していく。そうなると、どうしても音楽も空疎に聞こえてしまう。

 とはいえ、レオノーラを歌うディミトラ・テオドッシュウはさすが。この人の歌を聴くと、レオノーラの背負った悲劇がリアリティを持つ。ドン・アルヴァーロのアキレス・マチャドは、この役にふさわしい容貌だが、張りのある美声ながら、コントロールできていないところがある。ドン・カルロのウラディーミル・ストヤノフは安定した歌唱、メリトーネのカルロ・レポーレは味のある歌唱。

 ジャンルイージ・ジェルメッティの指揮するパルマ・レッジョ劇場管弦楽団はかなりもたついて聞こえる。合唱団もぴたりと合わない。

 演出はステーファノ・ポーダ。イタリアオペラには珍しく、あれこれの仕掛けがある。第3幕では、死者の群れが現れ、幕の終わりに、まるでゾンビのように復活する。傾いた十字架を背景にした舞台はとても魅力的だが、細かいところで意図はよくわからなかった。

 

「ドン・カルロ」(1886年モデナ版 5幕) 2012年 モデナ市立劇場

 ヴェルディを聴きこんでいるわけではないので偉そうなことは言えないが、私のもっとも好きなヴェルディのオペラと言えば、「ドン・カルロ」だ。昔から聴いてきた「椿姫」もいいが、「ドン・カルロ」は作品として別格の完成度だと思う。そんなわけで期待してこの映像をみたのだったが、残念ながら、かなり期待外れだった。

 歌手陣はみんなが「イマイチ」という表現にぴったり。ドン・カルロのマリオ・マラニーニはよく通る美声なのだが、時々音程が不確かでコントロールも甘い。エリザベッタのチェリア・コステアはきれいな声だが、それ以上のものを感じない。ロドリーゴのシモーネ・ピアッツォラは声量不足で音程も甘い。エボリ公女のアラ・ポズニアクは歌唱が粗い。ただフィリッポ2世のジャコモ・プレスティアはなかなかの迫力でしっかり歌うが、私は大きな魅力は感じなかった。

 歌手陣よりももっと私が不満に感じたのは、ファブリツィオ・ヴェントゥーラ指揮のエミリア・ロマーニャ州立管弦楽団だった。情けない音が出るし、歌に寄り添っていかない。歌手陣が「イマイチ」だとすると、こちらは「イマサン」か「イマヨン」といったところ。

 そんなわけで、トゥット・ヴェルディのオペラ集の中で最も期待していたのだったが、おそらくはもっとも質の低い上演に私には思えた。おとなしく耳を傾けるのがつらくなった。

 

「アイーダ」 2012年 パルマ・レッジョ劇場

「アイーダ」はあまり好きな作品ではないのだが、この映像はかなり感動してみた。

 アイーダのスザンナ・ブランキーニが素晴らしい。ちょっと声の威力という面では不足がないではないが、音程のいい美声で、声の強さもあり、声のコントロールも見事で、容姿がこの役にぴったり。ラダメスのワルテル・フラッカーロについても同じような印象を持った。軽めの声であまり英雄という感じはしないが、心地よい美声で、声のコントロールが見事。アムネリスのマリアーナ・ペンチェヴァもとてもいい。迫力ある声で思いを歌う。アモナズロのアルベルト・ガザーレも突出しているわけではないが、とてもバランスがいい。この四人が緊密なアンサンブルで盛り上げている。

 アントーニオ・フォリアーニの指揮によるパルマ・レッジョ劇場管弦楽団にも不満はない。大きな盛り上がりを聴かせてくれる。とてもいい指揮者だと思った。ジョゼフ・フランコーニ・リーの演出についても、とても良かったと思うが、特に新しい解釈はなさそうだった。

 

「オテロ」 2008年8月、ザルツブルク音楽祭

 これまでトゥット・ヴェルディの映像をみつづけ、パルマ・レッジョ劇場のオーケストラも決して悪くないと思っていたが、ウィーンフィルによるザルツブルク音楽祭の演奏を聴くと、やはり圧倒的な違いにあきれるしかない。いやはや別格。

 もちろん歌手陣も充実。オテロを歌うアレクサンドルス・アントネンコは強靭な声で堂々たる歌いっぷり。イヤーゴのカルロス・アルバレスもそれにまったく引けを取らない。演技も見事。憎たらしい役を見事に造形し、仕草も実に自然。声も申し分ない。デズデーモナのマリーナ・ポプラフスカヤはオテロとイヤーゴに比べるとやや弱いが、しっかりと歌っている。カッシオのスティーヴン・コステロ、エミーリアのバルバラ・ディ・カストリなどの役も文句なし。

 とはいえ、実は私は「オテロ」は苦手なのだ。こんなに見るからに怪しい人間の言うことを一方的に聞きいれて騙されてしまうなんて、なんて愚かなんだと思ってしまう。オペラを見て、そう思うことがいかに野暮かはよくわかっているのだが、オテロの愚かさが我慢できない。しかも、この大袈裟な音楽もしばしば辟易する。もっと静かな音で、内向的に悩むところがほしい。「ドン・カルロ」のフィリッポ2世のように、「彼女は私を愛していない」と静かに悩んでほしい。ところが、オテロは大音響で悩みを歌い上げる。

 そして、指揮のリッカルド・ムーティがいやがうえにも盛り上げる。実はムーティも嫌いな指揮者の一人なのだ! ウィーンフィルのものすごい音でこれほど切れ味よくダイナミックに大音響で演奏されると、私には一人の男の悩みがにせものじみて聞こえてしまう。

 そんなわけで、好きな人はこんな演奏を好むんだろうなと思いながら、最後まで、あまりのドラマティックな展開についていけなかった。

 

「ファルスタッフ」 2011年 パルマ・レッジョ劇場

 とても良い上演だと思う。全体がそろっていて、心地よい。

 ファルスタッフを歌うのは、この役を得意にするアンブロージョ・マエストリ。まさに適役で、ファルスタッフがこうであろうという外見と態度で見事に歌う。アリーチェのスヴェトラ・ヴァシレヴァも悪くない。ちょっと声に癖があるために、くせ者のアリーチェになっているが、そのようなアリーチェがいてもいいだろう。フォードのルカ・サルシ、クイックリー夫人のロミーナ・トマゾーニ、メグのダニエラ・ピーニ、ナンネッタのバルバラ・バルニェージも特に不満はない。

 指揮はアンドレア・バッティストーニ。メリハリのきいた演奏で、とてもいい。演出はスティーヴン・メドカルフ。コミカルでおしゃれな雰囲気があって、これも楽しい。

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コメント

樋口先生、毎回、記事を楽しく拝読しております。いつも有難うございます。

オテロのパート、全く同感です。私も「なんであんなのに騙されるんだろう」と思います。なので、7/31に東フィル、チョンミンフン指揮の演奏会形式オテロに行きましたが、公演自体がハイレベルなことは頭で理解できたものの、感動には至りませんでした。

オテロが傑作だ、ということはわかりますが、あの破滅する様に全く共感できませんし、私も苦手です。

あと、ヴェルディの作品の中で、私もドン・カルロ(どちらかといえばフランス語5幕版のドン・カルロス)が大好きです。

もう一点ありました、私もムーディ苦手です。

投稿: BRIO | 2023年8月 4日 (金) 16時16分

BRIO 様
コメント、ありがとうございます。
私と同じような感想をお持ちの方がおられること、とても心強く思います。「オテロ」やムーティを皆さんが絶賛しているとき、居心地の悪い思いをするのですが、そんなとき、「いやいや、そう思わないのは自分だけではない」という意識を持つことができます。
フランス語版の5幕の「ドン・カルロス」、素晴らしいですよね。長時間になりますが、この版をもっと上演してほしいものですが。

投稿: 樋口裕一 | 2023年8月 7日 (月) 09時50分

樋口先生、ありがとうございます。

こちらこそ、心強いです。以前も新国立劇場のチェネレントラの周囲の絶賛コメントを読んで悶々としていた時、先生のレビューを読んでスカッとしたことがありました。

あと、先生のディスクのレビューも楽しみにしておりまして、読後によく購入しています。去年はアスミク・グリゴリアンの「イエヌーファ」、ニール・シコフの「ユダヤの女」が大当たり。今年はサビーヌ・ドゥヴィエルをどうしても聴きたくなり、アムレットを購入。今日から見はじめる予定です。

日本で、アスミク・グリゴリアンを激推ししたのは先生が最初じゃないでしょうか。あとローザフェオーラを絶賛したのも先生が最初だったと思います(2014年5月、武蔵野)。

今後共よろしくお願いします。

投稿: BRIO | 2023年8月 8日 (火) 17時16分

BRIO様
コメント、ありがとうございます。
日本で最初だとしましても、映像で主役を張っている歌手ですからね、私の功績など、何もありません。ただ、私がディスクを見つけるための役に立っているとすると、とてもうれしく思います。
ところで、アイーダ・ガリフッリーナはもう聴かれましたでしょうか。リムスキー=コルサコフのオペラでの彼女の歌と演技は、ワーグナーやシュトラウスやヤナーチェクのグリゴリアンに匹敵すると思っています。ウクライナ戦争がなければ、きっと欧米で引っ張りだこになっていたでしょうに、残念です。

投稿: 樋口裕一 | 2023年8月10日 (木) 17時33分

樋口先生、ありがとうございます。

アイーダ・ガリフッリーナは、ロミオとジュリエットで聴きました。素晴らしい歌い手さんだと思います。可憐な少女はハマり役ですね。オペラに興味がない人でさえ惹きつける魅力を持っていて、本人もSNSでの露出などそうした活動に熱心なようなので、新規顧客開拓という観点でも大変貴重な存在だと思います。カラスやパヴァロッティのような業界をまたぐスターが今のオペラ界(=観客の高齢化、既存顧客の縮小)には必要だと思ってます。ウクライナ戦争の影響でmetがキャンセルしたり影響があるようですが、それを乗り越えて息の長い活躍を祈念しています。

(話は変わりますが)一昔前には、評論家の先生10人位の投票で、女性歌手・男性歌手・指揮者・演出家のベスト100のような特集が紙のメディアであって、網羅的に最新トレンドを把握することができましたが、今はないですね。キューレーションするメディアがないと既存のファンに対する求心力も落ちていくと思います。グリゴリアン主演の東フィル・サロメで空席が出るというのは、あまりよろしくない現象だと思います。

そういう意味で、守備範囲の広い、慧眼である先生のブログは貴重な情報源だと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。

投稿: BRIO | 2023年8月11日 (金) 12時33分

BRIO 様

失礼しました。すでにガリッフリーナは聴かれていましたか! これからの活躍を期待したいですね。
ミューザの「サロメ」、空席が目立ちましたね。グリゴリアンのサロメということで大騒ぎになっているかと思って出かけたのですが、まったく静かで驚きました。日本に伝わるのはかなり遅れるのでしょうか。
慧眼ということもなく、決して守備範囲も広くないのですが、ともあれ感動したときにはそのことを記したいとは思っています。

投稿: 樋口裕一 | 2023年8月16日 (水) 22時59分

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