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映画「インディア・ソング」「ヴェネツィア時代の彼女の名前」「キャラバン」

 2021年のゴールデンウィークが始まった。もちろん遠出の予定はない。家でオペラ映像をみたり映画を見たり本を読んだり、仕事をしたり。時々近場に散歩に行く程度だ。

 映画を数本みたので、簡単な感想を記す。

「インディア・ソング」 1974年 マルグリット・デュラス監督

 マルグリット・デュラスは大好きな作家だ。「モデラート・カンタービレ」は私の人生の中でも特別の本だった。1970年代、デュラスが映画を作っていると知って、なんとか観たいと思ったが、当時、観られたのは「ラ・ミュジカ」だけだった。数年前に、「アガタ」をDVDで購入して観た。そして、今回、「インディア・ソング」が発売されているのを知って購入した。

「アガタ」と同じ雰囲気、同じ手法。基本的に二人の女性の淡々とした対話から成る。映像は声とほとんど対応していない。映し出されるのは、豪華な室内や庭園の静的な光景だ。登場人物は映し出されるが、ほとんどの場合、ただ酒を飲んでいたり、歩いていたりするだけ。登場人物が自分の声で話をすることもない。しかも、舞台はカルカッタのはずなのに、映し出される光景はとうていカルカッタとは思えない。対話では「暑い」と繰り返し語られるが、登場人物のほとんどはきちんと礼服を着こなし、むしろ外の風景は寒々としている。ヨーロッパの豪邸とその周辺の庭園に見える(パリ郊外のロスチャイルド邸で撮影されたという)。

 対話の端々から類推して、ようやくストーリーらしいものがうっすらとわかってくる。どうやら、カルカッタの大使夫人アンナ(デルフィーヌ・セイリグ)は多くの男に体を許しているが、生真面目なラホールの副領事がアンナに恋し、一度だけで断られ、その後錯乱した、ちょうどその時、遠くから来た乞食女が叫び声をあげていた・・・ということのようだ。

 小説「ラホールの副領事」に基づいている。昔、この小説は読んだが、雰囲気にはとても共感するものの、わけがわからんと思った。映画としてみても、やはり「わからん」と思った。だが、このように映画にされると、デュラスのつくりたかった世界がよくわかる。いや、それ以上に、まさにこの映画はデュラスの世界そのものだ。

 生についての悲痛な叫びが心の奥底に隠されているが、それを表に出さず、けだるく、淡々としており、自分の体験についての記憶と現実が重なり合わず、世界は不可解なもの、非論理のものにあふれている。説明のほとんどない映像。目の前の映像と対話の不一致のために、観客はしばしば宙に放り出されるような感覚を味わう。

 考えてみると、アンヌとラホールの副領事と異国の乞食女という構図は、「モデラート・カンタービレ」のアンヌとショーヴァンと居酒屋での殺人という構図とぴたりと一致する。

 わけのわからない映画であり、これで2時間近くというのはかなり長いと思う。だが、やはり魅入られてしまう。しみじみとデュラスの世界に共感する。

 

「ヴェネツィア時代の彼女の名前」 1976年 マルグリット・デュラス監督

 同じデュラスの映画。というか、「インディア・ソング」とまったく同じサウンドトラックを使った映画。つまり、聞こえてくる音声は「インディア・ソング」とすべて同じ。ただ映像はまったく異なる。こちらには人物は出てこない。ただ廃墟のような屋敷が映し出される。

「インディア・ソング」と同じロスチャイルド邸とのこと。廃墟になり、取り壊しが決まった邸を映している。「インディア・ソング」と同じストーリーが語られるが、今回はアンヌも副領事もカルカッタで暮らすフランス人たちも登場しない。「インディア・ソング」を観ていてもよくわからないが、観ていないと、まったくストーリーさえも把握できず、最初から最後まで置いてきぼりを食ってしまいそうな映画だ。

 だが、デュラス・ファンであるせいだろうか、やはり引き込まれる。けだるく、退廃的で絶望的で、悲痛に満ちた世界を静的な昇華させた世界に、私は惹かれる。デュラスの世界を究極的に描いた映画だと思う。

 

「キャラバン」 1999年 エリック・ヴァリ監督

 チベット映画について話をしていたら、この映画の存在を知人が教えてくれた。早速、購入して観てみた。原題は「ヒマラヤ」。制作はあのジャック・ペラン。フランス・ネパール・イギリス・スイス合作映画。要するに、ヨーロッパ人がネパールを舞台に描いた映画だ。

 ヒマラヤ山脈を越えてヤクを連れて塩を運ぶ隊商の長老ティンレは息子に長老の座を譲りたかったのに事故で亡くしてしまったために意固地になり、自分で隊商を組んで、占いで示された吉日に出発しようとする。若い世代のリーダーであるカルマはそれに反対し、合理的に活動しようとする。二つの隊は別々に出発する。だが、ヒマラヤの過酷な自然のもとにともに苦難に出会う。最後には互いの力を認め合うが、ティンレは世を去り、カルマは長老の後を継ぐ。

 宗教や伝統に基づこうとする古い世代と、もう少し合理的に行動しようとする若い世代の対立と和解をヒマラヤの圧倒的な自然を背景に描いている。ネパールの人々の自然の中での暮らしの描写が素晴らしい。ヤクとともに自然のただなかで生きる。しかし、それは生易しいことではない。ティンレを鳥葬にする場面で、ティンレの遺体を斧で打ち砕いている場面がある。西洋文化から見てあまりに異様なものもリアルに描いている。

 ただ、話があまりに都合よく進んでいく点で、私としては少々不満を覚えた。ティンレの息子の嫁はカルマに思いを寄せており、ティンレの孫もカルマを慕っている。最後、すべてがうまくまとまる。まさしく予定調和の世界。これでは、予測できない世界の中で生きる人々の生きる実感からかけ離れているのではないかと思った。

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