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オペラ映像「ヴィオランタ」「ファウスト」「ピエトロ大帝」「シモン・ボッカネグラ」「ばらの騎士」

 これは第四波というしかないだろう。大阪で感染者は急拡大。東京も変異株を含めてどんどんと感染者が増えている。高齢者のワクチン接種が全国で始まったというが、もちろん私が接種できるのはいつのことかまったくわからない。オリンピックどころではないと思うのだが。

 嘆いてもあせっても仕方がないので、黙って仕事をし、黙って自宅でオペラ映像や映画をみている。数本のオペラ映像を見終えたので、簡単に感想を記す。

 

コルンゴルト 「ヴィオランタ」2020年 トリノ、レッジョ劇場

 コロンゴルトが10代のころに作曲したオペラ。CDは所有しており、何度か聴いたことがあるが、映像をみるのは初めて。まさかこれが10代の作品とは思えない。後期ロマン派の香りの漂う爛熟の美学。これまで私が親しんできたオペラでいえば、やはりコルンゴルトの「死の都」やシュトラウスの「影のない女」に雰囲気が似ている。90分に満たない一幕ものオペラだが、官能の世界を堪能できる。

 ヴィオランタを歌うのはアンネマリー・クレーマー。容貌からも猛烈な色気が発散されて、大変よろしい(ただ、この方はいわゆる熟女なので、むんむんたる色気を感じるのは、もしかしたら中高年の人間に限られるかもしれない)。歌唱も、理性で抑えられずに男の誘惑に負けてしまう女性の性を歌って素晴らしい。アルフォンソのノーマン・ラインハルトはそれに比べると少々魅力に乏しく、なぜそれほどヴィオランタが惹かれるのかわからないが、不満を感じるほどではない。シモーネのミヒャエル・クプファー=ラデツキーは、妻に裏切られる男の嘆きを見事に歌う。

 指揮はピンカス・スタインバーグ(いわずと知れた、あの往年の名指揮者スタインバーグの息子さん)。よく知らない曲なので、批評めいたことは言えないが、とろけるような流麗な音楽はしっかりと伝わる。演出はピエール・ルイージ・ピッツィ。暗めの赤を基調にした簡素な舞台だが、ヴィオランタの精神世界を表しているようで、とても魅力的に感じた。

 

グノー 「ファウスト」 2019年 ロンドン、ロイヤル・オペラ・ハウス

 図抜けた歌手はいないが、とてもまとまりがよく、きわめて高水準な上演だと思う。とても楽しめた。

 ファウストを歌うのはマイケル・ファビアーノ。とてもきれいに歌う。メフィストフェレスを歌うのはアーウィン・シュロット。なかなかの存在感で、いやらしい悪魔らしさを見事に演じる。マルグリットはイリーナ・ルング。きれいな声で、容姿も素晴らしい。ただ、この3人、とてもいいのだが、ほんの少しずつ物足りないところがないでもなかった。ファビアーノはやや存在感に欠けるし、シュロットは時々音程が不安定になる。ルングは演技力が不十分なのか、マルグリットの喜びと狂気が真に迫ってこない。

 ヴァランタンのステファーヌ・デグーはとても見事な歌なのだが、マルグリットの兄にしては少々老けて見えてしまう。シエベルのマルタ・フォンタナルス=シモンズもしっかりした歌だが、もう少ししなやかさがほしい。というように、どの歌手たちもとても良いのだが、心の底から満足するにはちょっとずつ瑕を感じる。

 指揮はダン・エッティンガー。私はこのオペラにあまりなじんでいるわけではないので、何とも言えないが、もう少し悪魔的な盛り上がりがあってもよいのではないかと思った。もしかしたら、オペラ自体の弱さ、グノーという作曲家の弱さなのかもしれないが、美しい旋律が続き、ドラマティックにも構成されているのだが、ワーグナーやヴェルディのような激しい盛り上がりがない。

 演出はデイヴィッド・マクヴィカー。この演出家らしい、映画的でもあり絵画的でもあり、緻密にして明快。舞台になっているのは、19世紀のフランスのおそらくはパリ。つまりはグノーの生きた時代、生きた都市。映画のようにその時代の街角が緻密に描かれる。バレエの場面も集団の動きが見事。

 全体としてはとても楽しめる見事な上演だった。

 

オッフェンバック 「青ひげ」(ドイツ語)1973年、DEFA

 1973年、演出家ヴァルター・フェルゼンシュタインによるベルリン・コーミッシェ・オーパーの演目の映画ヴァージョン。かつて私はLD(だったと思う)を所有して、何度かみたのを覚えている。ブルーレイディスクで復刻されたとあれば、オッフェンバックのオペレッタ好きの私としてはみないわけにはいかない。

 音楽の演奏に関しては、名演とは言えないだろう。カール=フリッツ・フォイクトマンという指揮も知らないし、ハンス・ノッカー(青ひげ)、イングリット・チェルニー(エルミア王女)、アニー・シュレム(ブロット)、ヴェルナー・エンダース(ボベーシュ王)といった主役たちも名前に憶えがない。コーミッシェ・オーパーのオペレッタなどを中心に歌っていた歌手たちだろう。素晴らしい歌唱を聴かせてくれるわけではない。しかし、オペレッタにはこれで十分。

 やはり何よりも、演技がとてもおもしろい。これほど大袈裟に戯画化しながら、それが少しも嫌味ではなく、笑いを誘い、音楽的にもワクワクするというのは、まさにフェルゼンシュタインの魔法というべきか。作曲当時としては政治風刺だったのかもしれないが、今からみると、常軌を逸した残酷で漫画のような登場人物たちがでてきてありそうもないことが連続し、結局ハッピーエンドになる。それを不気味に、しかも面白おかしく描いていく。現代でも十分に魅力が伝わるように描いている。堪能した。

 

ドニゼッティ 「ピエトロ大帝」2019年(ドニゼッティ音楽祭)テアトロ・ソチャーレ・ベルガモ

 ドニゼッティ22歳の作品。ロッシーニ初期の作品と同じような雰囲気。この上演も本当に素晴らしい。とても楽しくおもしろい。ドニゼッティは天才だ!と改めて思う。

 ストーリー的には、まるで水戸黄門だ。イタリアの田舎町で愛し合うカルロとアンネッタ。ところが、悪徳判事のためにカルロは濡れ衣を着せられてひどい目にあわされている。カルロの身を案じる旅籠の女将らが助けようとするが、らちが明かない。そこに、身を偽ってイタリアの街にやってきたロシア皇帝ピエトロとお妃がやってくる。やがて、カルロが、幼いころに生き別れになったお妃の弟であり、アンネッタが皇帝の仇敵マゼッパの娘だとわかる。ピエトロは結局は二人の愛を認め、悪徳判事を懲らしめて、めでたしめでたしで終わる。

 演出は斬新。私がオンラインで購入したHMVHPには「ローマの実験的演劇集団オンダドゥルト・テアトロを舞台演出に招聘し、20世紀初頭のロシア・アヴァンギャルド美術を援用した万華鏡を見るかのようなユニークな舞台を創造」という解説があるが、まさにその通り。舞台装置も登場人物も絵本のページのよう。彩鮮やかで人物の顔にもペインティングがなされ、まるで絵本の世界が展開されている。

 すべての歌手が見事。ピエトロ大帝のロベルト・デ・カンディアと愛嬌のある悪徳判事のマルコ・フィリッポ・ロマーノのやり取りはまさに傑作。二人の声の技術も演技も実に面白い。お妃のロリアーナ・カステラーノ、旅籠の女将のパオラ・ガルディーナも実にしっかりとした声で楽しい。アンネッタのニナ・ソロドヴニコーヴァの声も美しく、姿かたちもチャーミング。カルロのフランシスコ・ブリートも後半、少し声が疲れた感があるが、これまた見事。

 オーケストラはリナルド・アレッサンドリーニが指揮をする19世紀のオリジナル楽器によるオーケストラ・リ・オリジナーリ。これまた実に溌溂として楽しい。

 観終わった後、「ああ、楽しかった!」と心から満足した。

 

ヴェルディ 「シモン・ボッカネグラ」202012月 チューリヒ歌劇場 (NHKBS放送)

 コロナ禍の中、感染を避けるためにオーケストラと舞台が別の場所でオンラインでつなぎながら演奏したもの。初めにその説明がなされて、舞台が始まる。私程度の耳では、まったく違和感はない。何も知らされずに聴いたら、疑問など持たずに一般の舞台と同じだと考えるだろう。

 とても明晰な演奏だと思う。ファビオ・ルイージの指揮は、まさにドラマティックにして明晰でしかも繊細。

 歌手陣もきわめて充実。シモン・ボッカネグラを歌うクリスティアン・ゲルハーヘルも繊細でしなやかな声。ただ、ゲルハーヘルが歌うとどうしても知的で紳士的になってしまう。そのような演出なのだろうが、独裁的なシモン像からはかなり離れる。フィエスコのクリストフ・フィシェッサーも穏やかで知的な歌唱。アメリアのジェニファー・ラウリーもきれいな声でしっかりと歌う。アドルノのオタール・ジョルジキア、パオロのニコラス・ブラウンリーもとてもいい。

 演出はホモキ。現代の服を着て、まさに現代の家庭劇として展開される。娘を愛するフィエスコ、同じように娘を愛するシモン。その対立と和解が中心になっているようだ。それはそれで説得力がある。歌手陣の穏やかで知的な歌いまわし、ルイージの知的な指揮はそれにぴったり。

 私はこのオペラはかなり好きだ。だが、今回の公演は私の好きな「シモン・ボッカネグラ」ではなかった。私は、シモンとフィエスコとパオロの三人の男性低音のどす黒い欲望と愛憎、そして、それに対比されるアメリアの清純な愛が好きなのだ。今回の上演では、男たちのどす黒いものが薄れている。舞台も明るめ、現代の服装、とりわけシモン演じるゲルハーヘルの穏やかで知的な歌いまわし。フィエスコも慈愛にあふれている。これでは、私にとっては魅力半減。しかも、このような演出にすると、ストーリーの無理やりな展開がどうしても気になってしまう。

 そんなわけで、とても良い上演だと思いながら、私好みではなかった点でちょっと残念。

 

リヒャルト・シュトラウス 「ばらの騎士」 2020年 ベルリン国立歌劇場 (NHKBS

「ばらの騎士」は中学生のころからレコード(もちろん、カラヤン指揮、フィルハーモニア管弦楽団、シュヴァルツコップが元帥夫人を歌う録音)でなじんできた最も好きなオペラの一つだ。NHKで放映されるというので楽しみにしてみた。期待以上に素晴らしい上演だった。

 まず、あまりのゆっくりしたテンポにびっくり。メータの指揮だが、一つ一つの音をいつくしむかのようにじっくりと、一つ一つの音を大事にしながら音楽が進んでいく。味わいが深い。これほど濃厚で美しい音楽を久しぶりにきいた気がする。

 演出はアンドレ・ヘラー。これまでみてきたこのオペラの舞台と違って、シックな雰囲気はなく、色鮮やかな原色が使われて、かなりポップな雰囲気。まるでロッシーニのオペラ・ブッファのような色遣い。様々な工夫があって楽しい。前にも誰かの演出でみた記憶があるが、雑用役のマホメットは青年で元帥夫人に心を寄せているという設定だ。第一幕ですでに元帥夫人はオクタヴィアンとの別れを予感し、半ばあきらめているらしいことが読み取れる。第三幕ではオックスを驚かす様々な仕掛けがみられる。

 歌手陣は最高度に充実している。私は何よりも元帥夫人のカミッラ・ニールントに惹かれる。たぶん20年ほど前になるだろう。彼女は武蔵野市民文化会館でリサイタルを開いたことがある。私はその時以来のファンだ。そのころから素晴らしい美声としっかりとした歌いまわしが素晴らしかったが、近年、風格が出てきて、押しも押されもしないワーグナー歌手になり、シュトラウス歌手になった。日本の新国立劇場でも元帥夫人を歌ったことがあるが、今回はまた別格。無理のない声で、演技過剰になることなく、しかもしっとりと歌い上げる。

 ギュンター・グロイスベックも今やオックス男爵を持ち役にしている。エネルギーにあふれた屈強で精力絶倫のオックスはこの人以外にはできない。見事な声と歌唱は言うまでもない。オクタヴィアンのミシェル・ロジエはちょっと線が細いが、清潔でしなやかでとてもいい。ただ、小柄な女性にしか見えないのが、ちょっと残念。ゾフィーのナディーン・シエラもちょっとおきゃんで現代的な娘を演じて魅力的だ。声もとても美しい。ファニナルはなんとローマン・トレーケル。かつての声の輝きは失われているのが気になるが、丁寧な歌いまわしでファニナルにぴったり。

 女性たちの声質が似ていると言えそうだ。そのために見事に声が溶けあう。第三幕の三重唱と二重唱はまさにとろけるような美しさ。深い愛情と愛の諦めが入り組む。テレビを見ながら不覚にも涙を流した。

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