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古いイタリア映画「越境者」「寄席の脚光」「シーラ山の狼」「ナポリのそよ風」「ポー河の水車小屋」

 大阪周辺は「まん延防止措置」がとられ、首都圏も感染拡大が顕著になってきている。そのせいもあって、自宅で過ごすことが多い。先日紹介した10作のイタリア映画のほかに、またDVD10枚の安売りセットを購入して、半分ほどみたので、簡単に感想を記す。

 

「越境者」 1950年 ピエトロ・ジェルミ監督

 ピエトロ・ジェルミらしい緊迫感にあふれた映像で展開し、最後には人類愛を訴える映画。冒頭の鉱山の様子を不安げに見守る人々の配置だけで、この映画の緊迫感が伝わってくる。

 シチリア島の鉱山が閉鎖されて失職した男たちが、フランスに行けば稼げるという詐欺師の口車に乗って、家財道具などを整理して、家族ともども集団で国を越えようとする。だが、詐欺師は途中で逃げ出し、集団は都会の中に置き去りにされてしまう。大都市の中ではぐれたり、故郷に戻ることを決断したりする者もいる中、三人の子どもを持つサロ(ラフ・ヴァローネ)やそのほかの人々は、それでもフランスを超えようとする。パスポートを持たない彼らは苦難の末に雪のアルプスを渡る。

 移動の途中、生活できなくなってやっと仕事にありつけたと思ったら、それはスト破りの労働であり、スト中の労働者に攻撃される。だが、スト破りに起こる人たちも、サロの娘のけがを心配する。そのような苦難の中で人間らしさを失わない人々の姿がとてもリアルに描かれる。とてもいい映画だと思う。

 

「寄席の脚光」 1950年 アルベルト・ラトゥアーダ、フェデリコ・フェリーニ共同監督

 この作品については知らなかった。ラトゥアーダとの共同監督だとはいえ、フェリーニの最初の監督作品だという。のちにフェリーニは自伝的映画「81/2」を作るが、このタイトルの数字はそれまでに作った映画が8本と半分だったことを示していることは有名だ。その2分の1にあたるのがこの作品というわけだ。

 これはまさに名作! まったくもってフェリーニの世界! ケッコ(ペッピノ・デ・フィリッポ)率いるどさまわりの寄席の一座に女優志願の娘リリアーナ(カルラ・デル・ポッジョ)が自ら加入する。美貌と踊りですぐに人気者になる。ケッコは才能を見抜き、異性としても惹かれて、ともに成功しようとして売り込みに必死になる。そのかいあってリリアーナはとんとん拍子にスターになってゆくが、ケッコは踏み台にされるだけになってしまう。

 フェリーニ特有の猥雑で刹那的で、しかも人間味にあふれた世界が展開される。芝居小屋の楽屋や、リリアーナに下心を持つ弁護士の屋敷での食事シーンなど、がさつで下品で卑猥な芸人たちの仕草や声は、それだけでフェリーニの芸術そのものだといえるだろう。寄席のメンバーである名前も示されない芸人たちや踊り子たちの一人一人が生き生きとしており、全体の動きが複雑な踊りのように見事に完成されている。そうした中に、日々を必死に生きる売れない芸人や落ち目の踊り子、順調にキャリアが進みながらも周囲に裏切り者と思われてしまう人間たちの人間模様が描かれる。

 シナリオの見事さ、映像の動きなどにただただ舌を巻くしかない。役者たちも素晴らしい。ケッコの愛人をジュリエッタ・マシーナが演じて、いい味を出している。凄い映画だ! 

 

「シーラ山の狼」 1949年 ドゥイリオ・コレッティ監督

 76分の短い映画だが、速い展開でドラマティックなことが次々と起こる。普通に考えると、それほど盛り込むとリアリティが薄れるのだが、南イタリア山間部の農林業の生活を見せて、とても説得力がある。雰囲気的に「カヴァレリア・ルスティカーナ」を思い出す。とてもおもしろかった。

 かつて、目の前で母と兄(ヴィットリオ・ガスマン)を殺された少女が美しい娘(シルヴァーナ・マンガーノ)となって、悲劇の原因を作ったロッコ(アメディオ・ナザーリ)のもとで働き始める。ロッコとその息子サルヴァトーレ(ジャック・セルナス)の気を引いて悲劇を起こさせようとする。最後には、サルヴァトーレを心から愛すようになって、復讐をやめようとするが、ロッコはその強圧的な態度の犠牲になって生きてきた妹オルソラ(ルイザ・ロッシ)によって殺される。

 家名を何よりも重視して、強圧的に家族や人々を支配する男の悲劇の物語といえるだろう。イタリアの文学や映画などでしばしば扱われるテーマだ。「狼ルーポ」というタイトルは、ロッコの飼う犬の名前であるが、娘を救うと同時に窮地にも追いやる南イタリアの風土を象徴するものでもあるだろう。

 

「ナポリのそよ風」 1937年 マリオ・カメリーニ監督

 新聞売りの青年(ヴィットリオ・デ・シーカ)はヴァカンスに出かけ、上流階級の一団にまぎれこんで貴婦人パオラ(ルービ・ダルマ)に恋をする。そこで自分も上流社会の人間にしばらくなりすまして行動するが、徐々に上級社会の人々の空虚さや身勝手さを感じ始め、心優しいメイドのラウレッタ(アッシア・ノリス)に惹かれていく。

 バレそうになりながら何とかごまかすところにこの映画の面白さがあるが、デ・シーカの軽妙な演技なしにはこの映画はリアリティを持たなかっただろう。その意味で、とても良くできた映画だと思う。

 

「ポー河の水車小屋」 1949年 アルベルト・ラトゥアーダ監督

 脚本の一人がフェリーニ。そのおかげもあるのかもしれない。とても良くできた物語だ。

 19世紀末が舞台のようだ。水車小屋の娘ベルタ(カルラ・デル・ポッジョ)は富農の息子オルビーノ(ジャック・セルナス)と愛し合って結婚しようと思っている。ところが、水車小屋の一家は税逃れの小細工に失敗して小屋を焼失してしまう。結婚は先に延び、ベルタはオルビーノの家で働き始めるが、そこで地主と小作人の間でトラブルが起き、ストが始まる。組合に対立する水車小屋の一家は孤立し、ベルタは嫌がらせに会う。それに怒ったベルタの兄は仕返しにゆき、悪意ある年寄りの言葉を真に受けてオルビーノと争いになり、誤って殺してしまう。

 階級間の戦い、ストライキとスト破り、社会主義者、キリスト教などの社会的テーマが示され、そこで生きる男女の生きざまが示される。もりだくさんなストーリーだが、それぞれの人物像は類型的ながら、俳優たちの演技力やポー河の風景、そこで生きる人々の生活が描かれてリアリティがあり、人々の歴史の一コマが真に迫って見えてくる。なかなかの名作だと思った。

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