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グラインドボーン音楽祭のボックス「カルメン」「ジャンニ・スキッキ」「けちな騎士」「愛の妙薬」「ファルスタッフ」

 私の住む地域でも高齢者である私にワクチン接種券が届いた。近々、ネットと電話による予約争奪戦に参戦することになる。これまで数々のチケット争奪戦に敗北してきた記憶があるので、今回も早く引き当てる自信がない。

 そんな中、先日購入したグラインドボーン音楽祭の5作のオペラのDVDボックスを見始めた。2002年から2009年までの上演を記録したものだが、なんと1590円だった。1作あたり318円ではないか。ドイツ系のオペラばかりに接してきた私にしてみると、あまり好きなオペラは含まれていないが、これほどの安売りをみつけると心が動いてしまって買わずにはいられない。簡単な感想を記す。

 

ビゼー 「カルメン」2002817

 初めてこの映像をみたが、とてもレベルの高い上演だと思う。カルメンをアンネ・ゾフィー・フォン・オッターが歌っている。私の考えるカルメン像とはかなり違って、知的で繊細だが、さすがにフォン・オッターだけあって、演技で我の強い性悪女を作り出している。それはそれでカルメンらしいし、もちろん歌唱は素晴らしい。

 ドン・ジョゼはマーカス・ハドック。ドミンゴやカウフマンのドン・ジョゼが有名だが、それらのあまりに立派すぎるドン・ジョゼと違って、こちらのほうはもっとずっと情けないドン・ジョゼ。ドン・ジョゼはこの方がリアリティがある。エスカミーリョのロラン・ナウリは堂々たる闘牛士を歌いながらも、どこか陰がありそうで魅力的だ。リザ・ミルンの清純でありながら芯の強いミカエラもなかなかいい。全体的にレベルがそろっている。

 ロンドン・フィルを指揮するのはフィリップ・ジョルダン。20年前の若々しいフィリップ! 力感あふれる演奏だが、十分にフランス的なニュアンスもあって、とても良い。

 演出はデイヴィッド・マクヴィカー。この人らしく映画のようにリアルで緻密な演出で、ドラマを高める。特に目立った解釈はないと思うが、まさにカルメンが生きた時代の世界を再現しているかのようだ。

 

プッチーニ 「ジャンニ・スキッキ」 2004711

 プッチーニ嫌いの私が唯一、不快を感じないオペラがこの「ジャンニ・スキッキ」だ。プッチーニ特有の甘ったるい情緒的なオーケストラが聞こえてくると拒絶反応が身体を走るのだが、集団喜劇であるせいか、幸い、このオペラにはそのようなところがない。

 演出はアナベル・アーデン。歌手全員に演技力があり、動きもしなやかで、顔の表情もおもしろく、集団の動きも躍動的。映画のようにリアルな舞台で、老人の臨終の場を作り出し、遺産を巡る老若男女の動きを面白く描き出す。プッチーニの時代の庶民を描いている。

 歌手陣は充実している。大スターとは言えないまでも、世界で活躍した名歌手たちだ。その中でもジャンニ役のアレッサンドロ・コルベッリがやはりうまい。ジャンニはきっとこんな人物なのだろうと思わせるだけの説得力がある。ラウレッタのサリー・マシューズもいかにもラウレッタでアリアを歌う声も美しい。マッシモ・ジョルダーノも若い恋人を歌って見事。そのほか、フェリシティ・パーマー、マリー・マクローリンもさすが。

 ヴラディーミル・ユロフスキの指揮にも不満はない。躍動して、もとてもいい。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団も美しい。プッチーニ嫌いの私でも十分に楽しめた。

 

ラフマニノフ 「けちな騎士」 2004711

「ジャンニ・スキッキ」と2本立ての公演。こちらは文句なくすばらしい。

 とりわけ男爵役のセルゲイ・レイフェルクスの存在感が圧倒的。第二幕の狂気じみた独白の場面はその凄味に鳥肌が立ってくるほどだ。単に、途方もなくケチな貴族の話なのだが、その不思議な情念が見事に描かれる。この歌手と演出によって吝嗇の話が哲学的な深みを帯びる。アルベルトのリチャード・バークリー=スティールも不気味さを持っていてとてもいい。

 演出は、これもアナベル・アーデンだが、黙役の女性ダンサーが心に住み着く魔物のように男爵の部屋で不気味な動きをする。とても説得力がある。映画のようにリアルな舞台だが、このダンサーによってラフマニノフの不思議な世界になる。

 ヴラディーミル・ユロフスキの指揮も鋭くて、しかも不気味で、鋭利で得体のしれない雰囲気を作り出していて、実に素晴らしい。この短いオペラが実は大変な傑作であることをこの上演は教えてくれる。今回購入した5作のオペラの中で、私はこれに最も感動した。

 

ドニゼッティ 「愛の妙薬」2009

 声楽的には、ネモリーノのピーター・オーティとバルコーレのアルフレード・ダーザは物足りないかもしれない。もちろんけっして悪くはないのだが、拍手喝采したくなるような名唱というほどではない。だが、外見も含めて考えれば、演劇としてとてもいい。オーティは純真でお人よしのネモリーノにぴったり。ダーザもちょっと意地悪で根は悪人ではないこの役をうまく演じている。

 アディーナのエカテリーナ・シウリーナは、ヴィブラートの少ない澄んだ声が素晴らしい。外見的にも美しい村娘に見える。ドゥルカマーレのルチアーノ・ディ・パスクァーレは声が伸び、芸達者を存分に発揮している。この二人は声楽的にも私は満足。

 演出はアナベル・アーデン。20世紀初めのころの服装や生活を再現しているようだ。ネモリーノは電柱の修理を担当する作業員という設定に見える。演出によっては、第一、二幕でアディーナがネモリーノをどう思っていることが伝わらないことがあるが、今回の演出は、憎からず思っていながらもあえて邪険にしている様子をうまく描いている。

 マウリツィオ・ベニーニの指揮によるロンドン・フィルハーモニー管弦楽団も生き生きとした音楽を作り出していて、とても満足。全体的に、オーケストラ、声楽ともにアンサンブルが素晴らしく、突出した歌手はいないものの総合的には最高レベルのオペラに仕上がっていると思う。

 

ヴェルディ 「ファルスタッフ」20096

 さすがグラインドボーンというべきか、とても楽しくて充実した舞台。声楽的には世界最高とは言い難いかもしれないが、演劇としても音楽として両面でみた場合、最高度の充実している。

 演出はリチャード・ジョーンズ。第二次大戦前後(?)の服装のようだ。クイックリー夫人は軍服を着ている! 私は刑事ドラマが好きでBSNHKで放送されていた「刑事フォイル」を欠かさず見ていた(シナリオ担当だったホロヴィッツの小説「カササギ殺人事件」や「メインテーマは殺人」は大傑作!)が、オペラの登場人物たちの服装や髪形は、この大戦中から大戦後の英国の犯罪を描いたドラマの時代のものにとても良く似ている。確かに、シェークスピアの時代を舞台にすると、現代性がなくなる。だからと言って、21世紀の現代にしてしまうと違和感を覚えるだろう。だが、20世紀中葉に設定すると、現代の世相をみるのと同じような気持ちでファルスタッフの行動を見ることができる。絶妙の時代設定と言えそうだ。

 ファルスタッフのクリストファー・パーヴィズは憎たらしくも愛嬌のある老人を好演。アリーチェのディナ・クズネツォワはチャーミングな女性、フォード氏のタシス・クリストヤニスもユーモラス。このオペラを見るとき、最終幕の仮装が日本人の私にはあまりに不自然に思えるのだが、この上演は、さすがこのオペラの原作者シェークスピアの国のものだけあって、違和感なく受け取ることができる。

 ロンドン・フィルを指揮するのはヴラディーミル・ユロフスキ。なんだか神経質そうで妙に力んでいるような気がするのは、この指揮者の風貌による私の先入観だろうか。あっけらかんとした雰囲気にならないのを感じた。

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