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オペラ映像「アンドレア・シェニエ」「ロベルト・デヴリュー」「愛の妙薬」「ドン・パスクヮーレ」「劇場の都合と不都合」

 イタリア・オペラの映像を数本みた。簡単な感想を書く。

 

ジョルダーノ 「アンドレア・シェニエ」201712月 ミラノ、スカラ座

 特に好きなオペラというわけではないが、マッダレーナを歌うアンナ・ネトレプコ目当てに購入。ただ、実は期待ほどではなかった。

 アンドレア・シェニエはユシフ・エイヴァゾフ。ネトレプコとのデュオを数年前にサントリーホールで聴いた。とてもいいテノールだが、私は高音に音程の不安定を感じる。ネトレプコの夫君であるための大抜擢という気がしてならない。そして、ネトレプコに対しても、私はいつもの凄味を感じることができなかった。これまでネトレプコを聴くごとに凄味を感じて感動してきたのだが、今回は、声域が本来のネトレプコと異なるのか、私の心に響いてこない。最後のデュオになってやっとネトレプコらしい美しく張りのある声が聴けたが、それ以前は不完全燃焼という感じだった。ジェラール役のルカ・サルシはもちろん悪くないのだが、これもあと少しの輝きを感じなかった。

 指揮はリッカルド・シャイー。今回の上演では、私はシャイーの緻密な指揮に最も感銘を受けた。知的な造形で静かにドラマを盛り上げていく。演出はマリオ・マルトーネ。映画のように緻密でリアルな装置だが、背景にゆがんだ鏡を置いて、登場人物たちがゆがんで映し出される。そして最後、この上なく美しい色彩の中で、この上なく残酷なギロチンの場面が進行する。新たな解釈はないと思うが、革命のありさまを的確に描いていると思った。

 

ドニゼッティ 「ロベルト・デヴェリュー」2015年 マドリード王立劇場

「ロベルト・デヴェリュー」という男性名がタイトルになっているが、もちろんイギリス女王エリザベスの物語。そんなわけで、やはりエリザベスを歌うマリエッラ・デヴィーアが図抜けてすばらしい。白塗りの顔によって容貌の醜さを表現しているが、その存在感たるや尋常ではない。最後のアリアの痛々しくも美しい歌は圧巻。

 ロベルト・デヴリュー役のグレゴリー・クンデはしっかりと歌っているが、デヴィーアほどの存在感を感じない。サラを歌うシルヴィア・トロ・サンタフェとノッティンガム公爵のマルコ・カリアはあと少しの魅力に欠ける。そのため、せっかくのデヴィーアの絶唱なのにやや盛り上がらない。

 指揮はブルーノ・カンパネッラ。しっかり歌わせて、特に不満はない。舞台監督はアレッサンドロ・タレヴィ。エリザベスを蜘蛛に見立てての演出。最初に蜘蛛の映像が現れ、エリザベスは雲のような複数の手のついた台座に座る。エリザベス自身情念の蜘蛛にがんじがらめになって動きが取れずにいるのだろう。きれいな舞台だが、ちょっとこの蜘蛛の暗喩は安易な気がする。

 十分に楽しめたが、素晴らしい上演というほどではなかった。

 

ドニゼッティ 「愛の妙薬」20066月 パリ、バスティーユ歌劇場

 ドニゼッティのオペラを集めたDVD3枚組の安売りセットを見つけて購入。

 現代(といっても、現在、50歳以上のオペラの主要な客層がノスタルジーを感じる3040年くらい前だろう)の農村が舞台になっている。納屋があり、麦わらが積まれ、人々が外でくつろいでいた時代。時代設定だけで演出のロラン・ペリの意図がわかる気がする。まさにノスタルジーの世界。村のきれいな娘と、人のいい、ちょっと頭の軽い単純な青年ののどかな恋の物語。そこでペリの演出らしく、軽やかに、楽しく物語が展開する。現代人すべての心の中にあるノスタルジーだ。

 ネモリーノを演じるのはポール・グローヴズ。いかにもネモリーノらしい、Tシャツ姿のちょっと太った青年。突出した声ではないが、見事に歌って雰囲気を盛り上げる。アディーナはハイディ・グラント・マーフィー。この役にふさわしく清純で可憐。澄んだ声が美しい。ベルコーレのロラン・ナウリ、ドゥルカマーラのアンブロージョ・マエストリ(この人がファルスタッフ以外の役を歌っているのを初めて見た!)、ともに実に芸達者で楽しい。

 エドワード・ガードナーの指揮するパリ・オペラ座管弦楽団、合唱団もしなやかで軽やかで文句なし。

 肩の凝らない娯楽オペラとして、私はドニゼッティがかなり好きだ。映画館に行って映画を見るのではなく家庭でテレビドラマを見るような感じで、ドニゼッティのオペラ映像をみる。そのなかでも、「愛の妙薬」はとびっきり楽しめる演目だと思う。

 

ドニゼッティ 「ドン・パスクァーレ」20075月 ジュネーヴ大劇場

 安売りのDVDセットに含まれていたものだが、とても楽しく、音楽的にも演劇的にも最高レベルの上演。

  演出はダニエル・スレイター。舞台は現代にとられている。第一幕は、フランス(たぶんパリ)の街角のカフェで繰り広げられる。黙役の客やボーイたちが登場して芝居に加わるが、みんなに演技力があるためにまったく違和感がなく、むしろとても楽しい。第二幕はドン・パスクワーレの邸宅内だが、ノリーナが家を牛耳るようになってからは斬新なデザインの家具であふれて、実におしゃれ。これまでのこのオペラの、むさくるしい老人が古びた家の中で周囲を困らせる物語ではなく、それなりに常識を持った現代の老人が誰もが落ちりそうな欲望に駆られてしまう物語になっている。

 ドン・パスクワーレはシモーネ・アライモ。この役にしてはあまりに知的で紳士的な風貌だが、そうであるだけに現代的になってとてもいい。現代の知的階層の人間にもこのような人物はいそうだ。ノリーナはパトリツィア・チョーフィ。相変わらずの素晴らしい声。蓮っ葉な演技も笑える。この二人の掛け合いは本当に見事。イタリア・オペラの楽しさとはこのようなところにあるのだと改めて思う。マルツィオ・ジョッシの演じるマラテスタはびしりとネクタイに身を固めた紳士。味があって、歌も見事。エルネストを歌うノーマン・シャンクルはアフリカ系のテノール歌手。ちょっと声が弱いが、この役ならこれで十分だろう。

  エヴェリーノ・ピドの指揮するスイス・ロマンド管弦楽団も細かいところまで神経が行き届いており、鹿間躍動感があって実に楽しい。あっという間の2時間だった。

 

ドニゼッティ 「劇場での都合と不都合」200910月 ミラノ、スカラ座

 これも安売りセットの中の一枚。めったに上演されないオペラだ。私がこのオペラの映像をみるのも初めて。先日、新国立劇場オペラ研修所修了公演でみたチマローザ作曲の「悩める劇場支配人」を思わせるストーリーだ。舞台となっているのはオペラ劇場。

 誰がどの役を歌うかで第一ソプラノ、ダリア(ジェシカ・プラット)と第二ソプラノ、ルイージャ(アウローラ・ティロッタ)の争いになっている。そこにルイージャのステージママであるアガータ(ヴィンチェンツォ・タオルミーナ)が現れて引っ掻き回し、最後には自分が主役を歌ってしまう。そんな話だ。傍若無人で強引でどこまでも自己本位の女性(男性がテノールで歌う)がとても愉快で魅力的。

 ダリアとルイージャとアガータの三人の歌手が素晴らしい。第二幕でロッシーニのオペラなどが歌われ、楽しい歌の共演になっていく。このあたりは、ロッシーニの「ランスへの旅」の雰囲気。

 マルコ・グイダリーニ指揮のスカラ座アッカデミア管弦楽団もしっかりと演奏、アントーニオ・アルバネーゼの演出も、アガータの縦横無尽の活躍を描いて愉快だ。

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