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オペラ映像「セルセ」「ボリス・ゴドゥノフ」「カルメン」

 東京都の緊急事態宣言は予定通り、620日で解除される方向だという。報道されている通り、私も「オリンピックありき」というあり方に強い疑問を抱く。私自身は1回目のワクチン接種は終えて(たまたまそのころに風邪を引いたということなのかもしれないが、接種後、37度の熱が出て喉が痛んだ)、2回目を待っている身なので、たぶんこれから大ごとにはならないだろうが、感染拡大、リバウンド、第五波といったことが起こりはしないか心配ではある。かくなるうえは、政府の目算通りになることを祈るしかない。

 家族の体調のためにコンサートをセーブしていたが、自宅で何本かオペラ映像をみた。簡単な感想を書く。

 

ヘンデル 「セルセ」 2017年 フランクフルト歌劇場

 先日、二期会の若手の歌手たちの公演でこのオペラをみて、大いに不満を抱いた。そのせいというわけではないが、「セルセ」のBDを見つけて購入してみた。

 さすがの上演。すべての歌手が素晴らしい。全員が音程の良い張りのある声でものすごいエネルギーで歌う。それぞれの歌手たちの華麗なテクニックに驚嘆する。

 どの歌手も素晴らしい。まずセルセを歌うガエル・アルケスが魅力的。女性的な顔立ちの美しい女性だが、わがままな男を迫力豊かに歌う。ロミンダを歌うエリザベス・サトフェも芯の強い美声で、起伏のある歌を見事に歌う。アルサメーネ役のカウンターテナーのローレンス・ザッゾ、アタランタのルイーズ・オールダー、アマストレのターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー、アリオダーテのブランドン・セデル、エルヴィーロのトマス・フォークナー。いそれも驚くほどの歌唱力と演技。

 指揮はコンスタンティノス・カリディス。オーケストラはフランクフルト・ムゼウム管弦楽団。エネルギッシュで、躍動感にあふれる演奏。

 演出はティルマン・ケーラー。人物は現代の服を着て縦横に歩き回る。もちろん普遍的なテーマなので、違和感はない。

 ただ、オーケストラも歌手陣も、ずっと一本調子の気がするのは否めない。野球のピッチャーでいえば、最初から最後まで150キロ台の直球を投げている感じがする。ゆるいボールもクセ球も変化球もあってよいと思うのだが、そうなっていない。だから、登場人物たちのキャラクターの違いも明確にならず、ちょっと退屈になってくる。それがなければもっと素晴らしい上演になっただろうと思う。

 

ムソルグスキー 「ボリス・ゴドゥノフ」(1868/9年原典版)2013年 バイエルン国立歌劇場

 原典版だとのことだが、ムソルグスキーのオペラにさほどのなじみのない私は、一般に上演される版とどう異なるのかよくわからない。いや、そもそもこれまでみてきたものとの違いが演出によるのか、原典版であることによるのかもよくわからない。

 演出はカリスト・ビエイト。現代を舞台にしているが、世継ぎを殺して自分がトップになって圧政を行うといったことはかなり普遍的なできごとだろうから、特に違和感はない。ただ、第二幕で、宿屋の女将(演出では、屋台の女?)がグリゴリーに味方して警官を殺し、第四幕では、シュイスキーに与えられたピストルによって子どもたちの一人が「白痴」を撃ち殺す。これらはきっと演出によるものだろう。赤の広場に集まる舞台上の民衆が世界各国の指導者の写真を掲げている(プーチン、ブッシュ、サルコジに交じって、安倍元首相も見られる)ところをみると、指導者の圧政、指導者と民衆の対立を強調しようとしているようだ。

 とはいえ、ロシアの皇帝の服を着ていないと、どうしても非日常感が出ないので、ムソルグスキーの音楽の得体のしれない大きさが感じられない。ケント・ナガノの指揮もあまりスケールが大きいとは言えないので、とても良い演奏ではあるが、卑近な感じはしてしまう。

 歌手陣は充実している。ボリス・ゴドゥノフのアレクサンドル・ツィムバリュクは豊かな声で、しっかりとこの大役を歌う。シャリアピンやボリス・クリストフやニコライ・ギャウロフには劣るのかもしれないが、十分にボリスの大きな苦悩が伝わってくる。シュイスキーのゲルハルト・シーゲル、グリゴーリのセルゲイ・スコトホドフなどの役もとてもいい。あまりたくさんは歌わないが、皇女クセニヤの役で中村恵理が出演し、周囲にまったく引けを取らない歌を聴かせてくれる。さすがというしかない。

 

ビゼー 「カルメン」 2009年 パリ、オペラ=コミック座

 実は「カルメン」は苦手なオペラだ。小学生のころに前奏曲を聴いて、「つまらん」と思って以来、現在に至るまで、このオペラを愛せずにいる。ただ今回、1875年のオリジナル版を初めてみて、これはなかなかおもしろいと思った。

 グランド・オペラ的要素を排して、オペラ・コミックで初演されたオリジナルの形での演奏だ。指揮はエリオット・ガーディナー。オーケストラは、オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティーク。エイドリアン・ノーブルの演出とあいまって、大袈裟でなく、等身大で、実にリアルな「カルメン」が現出する。セヴィリアの片隅の、私たちの日常的な目の前で起こった悲劇を目撃しているように感じることができる。言ってみれば、この上なく下世話な物語が下世話そのものに描かれ、そうであるがゆえに崇高な悲劇になっている。最初に聴いたのがこのような演奏だったら、もしかしたら私の「カルメン」に対する意識はずいぶんと違っていたかもしれない。

 カルメンを演じるのはアンナ・カテリーナ・アントナッチ。決して華やかではなく、我の強い、しかし魅力的なジプシー女を歌う。ドン・ジョゼのアンドルー・リチャーズが素晴らしい。これぞドン・ジョゼだと思う。一本気で愛に耽溺し、繊細さを失わない。声も美しい。最後の幕ではまるでホームレスのような格好でカルメンに愛を嘆願する。真に迫っている。ミカエラのアンヌ=カトリーヌ・ジレもこの役にふさわしい清純な声と演技。ただ私はエスカミーリョのニコラ・カヴァリエについては、もう少し線の太さがほしかった。

 合唱もとても活気があって、いかにも下町の庶民らしい。最後の場面では不覚にも感動した。そして、フランスでの上演なので当然と言えば当然だが、すべての歌手のフランス語がとても美しい。

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コメント

オリンピックは延期を願っていたので残念ではありますが、あとは悪い予測が当たらないように願っています。

あと自分はワクチンはまだですが、二回目を打って十日ほどしてからはじめて抗体が完全になるようです。一回目だと二週間ほどしてもまだまだらしいですので、充分お気を付けください。

投稿: かきのたね | 2021年6月18日 (金) 20時40分

かきのたね 様
ご無沙汰しております。情報、ありがとうございます。
私は、一回目の接種を受けて2週間を超しますので、重症化するリスクからはほぼ逃れられたのではないかと考えています。ただ、おっしゃる通り、まだ十分ではありませんし、家族、同僚の多くが未接種ですので油断はできません。ともあれ、日本全体が落ち着いて、オリンピックもともあれ成功し(私も延期または中止にするべきだと考えておりましたが)、コンサートなどのイベントも早く通常に戻ることを祈っています。

投稿: 樋口裕一 | 2021年6月20日 (日) 10時19分

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