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エルサレム弦楽四重奏団 ベートーヴェン弦楽四重奏曲 3日日

 20216月8日、サントリーホールブルーローズで、チェンバーミュージック・ガーデン、エルサレム弦楽四重奏団によるベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏の3日目を聴いた。曲目は前半に第4番と第10番「ハープ」、後半に第15番。今回も前期と中期と後期の弦楽四重奏曲を1曲ずつ演奏。

 第4番になると、表現が中期に近づいているのを感じる。初々しさというよりも、深みが増し、ベートーヴェンらしい強い表現が現れるようになる。それをエルサレム弦楽四重奏団は的確に音にしていく。これまでの初期の曲のようなしなやかで初々しい躍動ではなく、魂の奥から突きあがる躍動になっている。不自然に誇張するのでなく、流れるように自然なのだが、第一ヴァイオリンのアレクサンダー・パヴロフスキーの繊細な弓使いによって、深い感情が宿る。本当に美しい。すべての楽章がまったくスキなく構築されているのを感じた。

 第10番も本当に素晴らしい演奏だった。第1楽章の楽器の重なりの美しさに改めて驚嘆。ピチカートの響きにしびれた。第3楽章の「運命のモティーフ」に似た音形も躍動感にあふれ、エネルギッシュに音楽が進んでいく。緊密に構成され、端正で行儀のよい演奏だが、その奥に深い表現があり、魂を躍動させる。感動した。

 第15番は実をいうと、私のちょっと苦手な曲だ。この曲の、特に第一ヴァイオリンの技巧性が妙に鼻につく。まるでヴァイオリン協奏曲のような雰囲気で、この楽器だけが目立っているような気がする。が、今回聴いて、それはさほど気にならなかった。むしろ、これは「遊び」の境地の曲なのだと初めて気づいた。

 後期の弦楽四重奏曲は、形式にとらわれずベートーヴェンが自由に自分の精神を歌った曲だと思うが、とりわけこの第15番は何ものにも束縛されず精神の自由を楽しみ、仏教的な無の境地にも似た「遊びの境地」に達したものなのだろう。エルサレム弦楽四重奏団はそのことを意識しているのではあるまいか。すべての楽器が精神の自由を発揮して高い境地の遊びを行う。とりわけヴァイオリンはまるで翼がついたかのように高らかに遊ぶ。それがこの曲なのだろう。最初のうち、私は戸惑っていたが、後半、私も一緒になって音楽を遊んだ。

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