エルサレム弦楽四重奏団 ベートーヴェン弦楽四重奏曲 2日目
2021年6月7日、サントリーホールブルーローズで、チェンバーミュージック・ガーデン、エルサレム弦楽四重奏団によるベートーヴェン弦楽四重奏曲全曲演奏の2日目を聴いた。曲目は前半に第2番と第8番(ラズモフスキー第2番)、後半に第13番。
毎回、前期と中期と後期の曲が演奏される。はっきりと特徴が異なるとされる三つの時期が、実は連続しており、成長と円熟の過程だというのが、このプルグラムの意図するところなのだろうか。
第2番は素晴らしかった。古典主義的な均整を保ち、初々しくのびやか。若きベートーヴェンの素直な精神がこぼれ出ているのを感じる。とりわけ第4楽章の躍動は心が沸き立つ。弾むような精神とでもいうか。しなやかで繊細で躍動にあふれている。
第8番はさらに素晴らしかった。第1楽章ではベートーヴェンの中期の短調作品に特徴的な宿命的な雰囲気が濃厚ではあるが、それが深刻になりすぎず、何よりも繊細でしなやか。そして、第3楽章のロシア民謡も実に美しく、第4楽章ではしなやかであかるくなって、まさに「苦悩を経て歓喜へ」を歌う。とても感動した。
第13番もとても良かった。ただ、実をいうと、私はこの演奏には多少違和感を覚えた。後期作品も前期や中期と同じようなアプローチで演奏しているようだ。だが、そうなると後期のベートーヴェンの、一切の妥協を排して孤高の境地を刻むような雰囲気がなくなる。もちろん第5楽章のカヴァティーナは素晴らしかった。この上なく切なく、美しく、繊細だった。だが、大フーガは私の求める激しさがなかった。
私は大フーガはそれまでのすべてに対する「否!」をたたきつける音楽だと思っている。すべてに否を言い、すべてを排除して、最後に残ったものを築き上げていくのが大フーガだと思っている。その魂の闘いの記録だと思う。が、エルサレム弦楽四重奏団の大フーガは、「否」ではなく、「諾」のようだ。攻撃的ではなく、剛腕でもない。4つの楽器がたたみつけあい、巨大な世界を作っていく。世界に戦いを挑んで否定を重ねていくのではなく、音を重ねて互いに築き上げ、肯定の世界を作り上げていく。
なるほど、大フーガをそのようにとらえることもできるのだと思った。それはそれですばらしいと思った。だが、ないものねだりだとはわかっているが、私としてはちょっと物足りなかった。
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