久しぶりにここに文章を書く。その間にオリンピックが終わった。私はオリンピック開催には反対だったが、もちろん開催されるとなったからには十分に競技を楽しむ。ただ、それにしても開会式と閉会式の演出にはかなり失望した。オリンピックを主導してきた人たち、そして政権の中枢にいる人たちの教養の低下を感じざるを得なかった。
オリンピック開催中から、我が家にもいろいろなことが起こって、一時期はあまり精神的な余裕が持てなかった。今はのんびりした気持ちになれたので、時間を見つけてみていたオペラ映像についての感想を書く。
オッフェンバック 喜歌劇「青ひげ」2019年 リヨン歌劇場
ロラン・ペリー演出(ただし、クリスティアン・レートとの共同制作とのこと)だけあって、実に楽しい。現代の田舎の権力者や巨大企業の権力者を揶揄したストーリーになっている。
フルレット(ジェニファー・クルシエ)はそのあたりによくいるちょっと可愛らしいお嬢さん、サフィール王子(カール・ガザロシアン)は恋に夢中な、これまたよく見かけるタイプの青年、ブロット(エロイーズ・マス)は、これもあちこちにいる肉体自慢の恋に積極的な女性、青ひげ(ヤン・ブロン)は時々新聞をにぎわす猟奇的な中年男、ボベーシュ王(クリストフ・モルターニュ)は短気で横暴な権力者。現代にもよくいる典型として見事に描いてくれる。
どの歌手も声楽的には圧倒的というわけではないが、むしろそうであるからこそ、いっそう身近でリアルに感じられる。全員の漫画的な演技が見事で、とても楽しい。最後には、猟奇的な殺人をもくろんだ青ひげも王も許される形になるが、それはそれで十分に楽しめる気持ちになるオッフェンバックの力量たるやすさまじいと思う。
ミケーレ・スポッティの指揮によるリヨン歌劇場管弦楽団もまったく文句なし。躍動感があってとてもいい。
プロコフィエフ 「戦争と平和」 1991年 マリインスキー歌劇場
久しぶりにこのオペラの映像をみた。4時間近い大作だが、やはりトルストイの原作の駆け足のダイジェスト版になってしまうのがつらい。実演ならまだしも、映像では、ストーリーの上っ面をかすめるだけで各人物の心の奥に入り込めない。それにプロコフィエフのオペラの中でも、「三つのオレンジへの恋」や「炎の天使」「賭博者」のほうがオペラとしての出来が良いような気がする。
私は昔々読んだ原作小説や、その後見たボンダルチュク監督のロシア映画を思い出しながらこの映像をみたのだった。1991年の映像であるせいか、グラハム・ヴィックの演出はあまりに当たり前で、見慣れてきたままの舞台が続く。
アンドレイのアレクサンダー・ゲルガロフとナターシャのエレーナ・プロキナ、ピエールのゲガム・グレゴリア、そして、エレンのオルガ・ボロディナはさすがの歌唱。とりわけ、ボロディナは虚飾の美女をほれぼれするほど見事に演じる。
ただ私はゲルギエフの指揮に、いつものような魔術的な響きを感じなかった。以前、このオペラの実演やほかの映像をみたときには、もう少しこのオペラを傑作だと感じたような気がしたのだが、今回はあまり魅力を感じなかった。
リムスキー=コルサコフ 「サトコ」 1994年 マリインスキー劇場
3年ほど前からリムスキー=コルサコフのオペラに惹かれるようになった。かつてみたオペラ映像のいくつかももう一度みたくなった。
音楽はとてもおもしろい。サトコはいわばロシアの浦島太郎のような存在らしい。海王の娘に招かれて海底の国に行って歓待を受けるが、妻の待つ現世に戻る。そのような愉快で魅力にあふれたサトコの冒険をダイナミックに夢幻的に描く。サトコの帰りを待つ妻の悲しみの歌もあって、オペラとしてとても良くできている。ストーリーの展開は単純だが、踊りやら様々の合唱やらがあって、ある意味で無駄が多いが、それはそれで楽しめる。
ゲルギエフの指揮は、夢幻的な音楽がとても魅力的。前にこの映像をみたときにもブログに書いた記憶があるが、サトコを歌うヴラディミール・ガルーシンの音程が不安定なのが残念。
リムスキー=コルサコフ 「皇帝サルタンの物語」2013年 マリインスキー歌劇場
この映像も久しぶりにみた。魔女のたくらみによって王に捨てられたお妃と王子が、王子の助けた白鳥の恩返しによって王と再会するおとぎ話。論理的に無駄なく構成された台本と、これまたスキのない音楽が見事。「熊蜂は飛ぶ」のオーケストレーションのうまさにも舌を巻く。ありそうもない話なのだが、台本と音楽の展開によってまったく不自然さを感じさせない。
歌手陣はみんなとてもいい。ワレリー・ゲルギエフの色彩的な指揮も素晴らしい。ただ、外見的には王子と妃の容姿はそれらしく見えないが、声楽的には文句なし。とても楽しめた。
リムスキー=コルサコフ 「皇帝の花嫁」 2013年 ベルリン、シラー劇場
改めてこの映像をみたが、これは正真正銘の大傑作オペラの見事な上演だと思った。
まずオペラそのものが素晴らしい。台本もとても論理的に構成され、それぞれの人物のやむにやまれぬ欲望が悲劇へと収束するさまが見事に描かれる。美しくも宿命的な音楽もふんだんにあり、イワン雷帝の妃になることを強制されたマルファの悲しみと苦しみがひしひしと伝わる。世界各地でたびたび上演されるべきオペラだと思う。
この上演ではやはりマルファを歌うオリガ・ペレチャトコが圧倒的だ。可憐な容姿と美しい声。この役にぴったり。ソバーキンのアナトリー・コチェルガも十分に感情移入できる悪役を演じて見事。リュバーシャを歌うアニータ・ラフヴェリシヴィリも恋を失って苦しむ敵役を見事に歌う。ダニエル・バレンボイムの指揮するベルリン国立歌劇場管弦楽団もさすがというか、ドラマティックで美しい音楽を作り出している。
ドミートリー・チェルニャコフの演出は、イワン雷帝のいる宮殿を現代の放送局に置き換えたもの。皇帝の花嫁選びがテレビでの大イベントになっている。単に愛する者から引き離されて雷帝の妃になった悲劇だけでなく、自分であることを否定され、偶像として生きなくてはならなくなった現代人の苦悩も描かれる。緑にあふれ、清潔でセンスの良いマルファの家の室内も描かれて、マルファの可憐さを引き立て、宿命の過酷さを際立てる。同時に、大ロシアの大自然、そこに生きる人々の息吹も伝わる。改めて感動して観た。
リムスキー=コルサコフ 「金鶏」 2014年 マリインスキー歌劇場
傑作オペラの素晴らしい上演。今回、この映像をみなおしたが、私にはまだこのオペラの寓意がよくわからない。ともあれ、人を食ったような不思議なおとぎ話であって、シュールな魅力があってとてもおもしろい。しかも、ユーリ・アレクサンドロフによるこの上演の演出もおもしろい。プロコフィエフの音楽を先取りしたかのようなときに調子っぱずれな表現も楽しい。
絵本から出てきたようなロシアの建物や人物が現れ、幻想的な物語が展開する。愚かな王子たちは巨大な被り物を頭に載せ、原色のおとぎ話の世界が広がる。
もう一つ、この上演で驚くのは、女性たちのあまりの容貌の美しさ。シェマハの女王を歌うアイダ・ガリフューリナも金鶏を歌うキラ・ロギノヴァもハリウッド映画の主要な役を演じてもおかしくないほどの美貌。そしてドドン王のウラジーミル・フェリャウエルもとても渋いし、もちろん指揮のゲルギエフも魅力的な男性ではある。外見重視に見えて、音楽的にもしっかりしている。ネトレプコを輩出したマリインスキー歌劇場だけのことはある。オペラは視覚芸術でもあるので、これはこれでとてもうれしいことだ。
「皇帝の花嫁」とともにこれも大傑作だと思う。
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