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オペラ映像「画家マティス」「カプリッチョ」「デメトリオとポリビオ」「結婚手形」

 9月になって突然涼しくなった。新型コロナウイルス感染者は減少気味だが、もちろんまだ油断はできない。アフガニスタン情勢、そしてアフガンから退避できずにいる人々のことも心配だが、もちろんどうすることもできない。なるべく外に出ないようにして、自宅で本を読んだり、オペラ映像をみたり、テレビを見たりしている。

 オペラ映像を何本がみたので感想を記す。

 

ヒンデミット 「画家マティス」 2012年 アン・デア・ウィーン劇場

 交響曲「画家マティス」はこれまで何度か聴いたことがあるが、オペラを聴くのもみるのも初めて。ヒンデミットは初めにオペラを作曲していたが、その途中、フルトヴェングラーにアドバイスを受けて、交響曲として先に完成させ、後にオペラに仕上げた。イーゼンハイムの祭壇画を描いたマティアス・グリューネヴァルトを主人公としたストーリーだとは知っていたが、こんな大ドラマだったとは!

 ルター派とカトリックが対立し、農民戦争が起こっていた時代。画家マティスと彼を支えるマインツの大司教は両派の争いの中で苦しみながらも芸術による表現を信じようとする。

 ヒンデミット自身による台本はわかりやすくできており、とても面白くみることができる(ありがたいことに日本語字幕がある!)。キース・ウォーナーの演出も、全員が現代の服装をしているとはいえ、的確に農民戦争の状況やそこでの芸術家の苦悩も描いてリアリティにあふれる。

 歌手陣も充実している。マティスを歌うヴォルフガング・コッホ、大司教のカート・ストレイト、リーディンガーのフランツ・グルントヘーバー、農民の指導者を歌うレイモンド・ヴェリー。いずれもしっかりと歌い、ドラマを高める。ウルズラ役のマヌエラ・ウール、レギーナ役のカテリーナ・トレチャコワも容姿を含めてとても魅力的でその役にふさわしい。

 ベルトラン・ド・ビリーの指揮するウィーン交響楽団にもまったく不満はない。切れがあってドラマ性に富み、躍動のある演奏。

 つまり私は、演出、演奏面でこの上演は素晴らしいと思う。ただ、残念ながら、この映像をみて心躍ることはなかった。やはりこれは作品自体にあまり魅力を感じなかった。

 少なくとも一度聴いただけでは、音楽的に登場人物のそれぞれのキャラクターが描かれているようには思えない。調性のしっかりした美しい歌でもなく、人の心をえぐるような無調の音楽でもないために、すべての登場人物が同じように平板に歌っているように思える。音楽によってドラマに引き込まれていくことがない。あの強烈なイーゼンハイムの祭壇画を描いた画家の内面が十分に描かれているようにも思えない。

 以前、同じヒンデミットのオペラ「カルディヤック」の実演と映像をみたことがある。そちらのほうがピリリと引き締まってずっと刺激的だった。「画家マティス」のほうは、3時間を超す大ドラマを作ろうとしすぎて、むしろ冗漫になってしまった感がある。

 

リヒャルト・シュトラウス  「カプリッチョ」 2021年 ドレスデン国立歌劇場 (NHKで放送)

 NHKの放送でみた。コロナ禍の中、無観客で行われた上演。演奏が素晴らしい。まず、何といってもティーレマンの指揮するドレスデン国立歌劇場管弦楽団が圧倒的。ティーレマンらしい重層的で快刀乱麻で、しかもしっかりと陰影があり、深みもある演奏。

 そして、マドレーヌを歌うカミッラ・ニールントがまた素晴らしい。私は、たぶん20年くらい前になると思うが、武蔵野市民会館でリサイタルを聴いて以来のファンで、一度、居酒屋でご一緒して少しだけお話ししたことがある。凄い歌手だと思っていたが、その後の活躍ぶりには目を見張る。そのほか、ラ・ロッシュのゲオルク・ツェッペンフェルトもさすがの歌唱。大演説の歌はまさに見事。フラマンのダニエル・ベーレ、オリヴィエのニコライ・ボルチョフもよかった。

 イェンス・ダニエル・ヘルツォークの演出。初めに老いたフラマンとオリヴィエが登場して回顧するという設定。だが、それほど大胆な解釈があるわけではない。

 私はこのオペラには、サヴァリッシュ指揮のレコードの時代からなじんできたが、あれこれと細かいところで納得できないことが多い。いや、もっとはっきり言って、クレメンス・クラウス(私の大好きな指揮者だ!)とシュトラウス自身による台本がよくできているとは思えない。つぎはぎだらけで、まとまりがなく、結局何が起こっているのかいまだによくわからない。そんなわけで、中学生のころからのシュトラウス好きであるにもかかわらず、どうもこのオペラは謎のままだ。私のわからなさに今回の演出は何も与えてくれなかった。

 

「デメトリオとポリビオ」 2010年 ペーザロ、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル

 数年前から、盛んにロッシーニのオペラの映像をみるようになった。80枚以上のDVDBDがたまった。購入するごとにこのブログに感想を書いてきたが、全体像をつかめないままその時々の感想を書くだけだった。最近になってやっとロッシーニの全体像がぼんやりつかめたような気がするので、もう一度、ロッシーニのオペラをほぼ時代順にみて、頭の中を整理したくなった。

 ロッシーニの最初のオペラ。10代のころに作曲されたらしい。モーツァルトに勝るとも劣らない早熟の天才だと思う。十分に楽しめるし、後のロッシーニをほうふつとさせる生き生きとしたメロディにあふれている。とはいえ、やはり最初の作品だけあって、ぎこちないところはある。

 演奏面ではリジンガを歌うソプラノのマリア・ホセ・モレーノが圧倒的に素晴らしい。美しい声。そのほかの歌手たちもそろっている指揮のコッラード・ロヴァリスもとてもいい。

 ダヴィデ・リヴェルモアの演出は、オペラの登場人物はすべてオペラ座に住みつく幽霊という設定にしている。なるほど、ロッシーニのオペラのあちこちにまるで亡霊のように、この最初のオペラの片鱗がみられる。そのような演出意図なのだろうか。

 今、見直して、なかなかの上演だと思うが、やはりロッシーニの習作の上演としてはとてもレベルが高いという印象にとどまる。

 

「結婚手形」 2006年 ペーザロ、ロッシーニ・オペラ・フェスティヴァル

 ロッシーニの2作目のオペラ。第1作と比べて、ずっと完成度が高いのを感じる。ロッシーニらしい躍動にあふれているし、楽しいメロディもふんだんに出てくる。女性をモノのように商取引の道具として扱うブルジョワ的な態度を揶揄し、そこにカナダ人が登場するといった近代性も、いかにもロッシーニ。ロッシーニが自分の目指す方向を見つけた様子がよくわかるオペラだ。

 この上演のレベルはとても高い。歌手陣は充実している。とりわけ、ファニーを歌うデジレ・ランカトーレがやはり魅力的。エドアルト・ミルフォートを歌うサイミール・ピルグもとてもいい。指揮はウンベルト・ベネデッティ・ミケランジェリ。演出はルイージ・スカルツィーナ。演奏も演出も取り立てて個性的なところはないと思うが、ともあれとても楽しめる。

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