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新国立劇場「チェネレントラ」 なぜこんなにテンポが遅いのだろう?

 2021106日、新国立劇場で「チェネレントラ」新制作をみた。指揮は城谷正博、演出は粟國淳。

 まず私はあまりのテンポの遅さに疑問を持った。東京フィルはとてもきれいでしなやかな音を出している。城谷の指揮はとても丁寧。だが、丁寧すぎて、躍動感が出ないと私には感じられる。ロッシーニ特有のクレシェンドが活きてこない。ワクワク感を覚えない。もたついて聞こえる。第二幕ではだいぶ速くなってように感じたが、最後までかなりスローテンポだったと思う。

 意識的にこんなに遅くしたのだろうか。近年のロッシーニ演奏に物申したくてこうしているのだろうか。もしかして、日本人歌手は早口を歌えないので意図的に遅くしているのかな?と思ったが、この一流のロッシーニ歌いたちにそのようなことはないと思う。私にはこれほどスローテンポの理由がよく理解できなかった。

 演出に関しては、どうやら舞台は1960年前後の映画界らしい。雑用係だったチェネレントラが大物プロデューサーに認められるというストーリーが、本来の物語に重ねられている。背後であれこれの昔の映画のオマージュが示される。だが、私にはかなり不自然に思えた。字幕にも「業界の大物」とか「付き人」というように設定に合わせて工夫がされているが、それでも、かなり無理がある。それにペーザロのロッシーニ・フェスティバルにすでに同じようなアイデアでもっと気のきいた演出があったので、ちょっと真似したというように思えてしまった。また、ロラン・ペリー風のところもある。奇をてらわない演出のほうがよかったと思うのだが。また、チェンバロがかなり遊んでいた(様々な曲の断片が現れた!)が、私はあまり趣味が良いとは思わない。そのようなことをしないでも、もっと十分に笑わせ、楽しませることはできると思う。

 歌手陣ではやはりドン・ラミーロのルネ・バルベラの美声が印象的だった。ドン・マニフィコのアレッサンドロ・コルベッリも、もちろん長年この役を当たり役として来ただけあって芸達者ぶりを発揮していた。第一幕ではやや精彩を欠いたが、第二幕はとても良かった。アリドーロのガブリエーレ・サゴーナもきちんとした声で好感が持てた。

 日本人歌手陣も健闘していた。アンジェリーナの脇園彩もさすがヨーロッパで活躍しているだけあって張りのある声だったし、クロリンダの高橋薫子、ティーズベの齊藤純子も見事な歌唱。ダンディーニの上江隼人は前半、少し声が出なかったが、後半、かなり良くなったと思う。三澤洋史の合唱指揮による新国立劇場合唱団はいつも通り、しっかりとまとまって、とてもよかった。

 ただ、全体に言えることだが、スローテンポでかなり一本調子になっているためか、演奏が爆発力に欠ける気がした。

 そんなわけで、とても楽しみにして出かけたのだったが、やや不満だった。とはいえ、そこはロッシーニ。最後までみると、「やっぱりロッシーニは最高に楽しい!」と思った。

 

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音楽」カテゴリの記事

コメント

私も観ました。指揮も演出も歌手も、樋口様のご感想とほとんど同じように感じました。全体的にもっさりした上演だったと思います。けれども(!)多くの方々の感想が絶賛に近いので、なんだかなあと思っていました。樋口様のご感想を読んで留飲を下げました。

投稿: Eno | 2021年10月 8日 (金) 08時17分

Eno 様
コメント、ありがとうございます。
実は、このブログの文章をアップした後、ふと思いついて Eno 様のブログを拝見し、演出についての私の勘違いに気づいて、こっそり訂正させていただいたのでした。その時、Eno 様も私と同じような感想を持っておられるのを確認して、きっと多くの人がそのような感想を抱いたのだろうと勝手に思い込んでいました。
そうでしたか、多くの人が絶賛しているのですか。ちょっと意外です。近年のロッシーニ上演に親しんでいると、今回のものはまさに「もっさり」に思えますね。もっともっと疾走し、軽快で愉快で歌手たちの超絶技巧によって観客を目くるめく世界に巻き込み、ぐいぐいと人々を引っ張っていくようなロッシーニをみたいと思っていたのですが、残念でした。

投稿: 樋口裕一 | 2021年10月 9日 (土) 01時06分

樋口先生、レビューありがとうございます。いつも楽しみにブログを拝読しています。

各所で絶賛の声が聞こえて急遽本日(10/8)のチケットを押さえて鑑賞しましたが、私も指揮、歌手、演出全てにおいてロッシーニらしくないと思いました。まさに「もさっと」した感じで。先生のコメントが私の観賞後、頭に浮かんだことを代弁していただいてます(以下、引用)。

// もっともっと疾走し、軽快で愉快で歌手たちの超絶技巧によって観客を目くるめく世界に巻き込み、ぐいぐいと人々を引っ張っていくようなロッシーニをみたいと思っていたのです//

ということで今、家にあるディスクを鑑賞しています....

投稿: BRIO | 2021年10月 9日 (土) 22時27分

BRIO様
コメント、ありがとうございます。
まさに、BRIOの不足する上演だと思いました。私も、その後、2種類のディスクをみましたが、やはりかなりの差を感じてしまいます。もちろん、考え方の違いだとは思いますが、繊細で丁寧でしなやかなロッシーニよりは、少々、粗いところがあっても勢いがあり、音楽が飛び跳ねるロッシーニのほうがロッシーニらしいですよね。

投稿: 樋口裕一 | 2021年10月10日 (日) 23時48分

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