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中国映画「大地と白い雲」 モンゴル文化への共感

 岩波ホールで、中国映画「大地と白い雲」をみた。ワン・ルイ監督作品で、原作は内モンゴルの作家・漠月の小説「放羊的女人」だという。

 内モンゴルの大草原の中で暮らす若い夫婦チョクトとサロール。チョクトは草原の中で羊を飼って暮らす生活に嫌気がさし、都会での生活を夢見る。しばしば家を空けて、仲間と連れ立って街に出て飲んだくれ、車を買って行動したがっている。サロールは、それに対して、しばしば怒りをぶつけながらも夫を愛し、いつまでも草原で暮らしたいと考えている。大寒波が訪れた日、車を買う夢を実現しようとしていつまでも帰らぬチョクトに怒りをぶつけるうちにサロールは流産してしまい、その後、チョクトは一旦は草原で暮らそうとする。しかし、サロールが二人目の子どもを懐妊して新たな希望を持ち始めた矢先、またもチョクトは都会に出稼ぎに出てしまう。しばらくしてチョクトが草原の家に帰ると、サロールは赤ん坊を抱えての生活に立ち行かなくなって、それまでの生活を捨て、やむなく都会に出た後だった。

 監督は漢民族の人らしいが、セリフのほとんどがモンゴル語で語られる。大草原の美しい風景。壮大な自然の中で暮らす夫婦。それに満足する妻とそこから出たがる夫。ある意味、ありきたりのテーマなのだが、モンゴル文化を守ろうとする人間と、それに嫌気がさして都会の文化(つまりは漢民族の世界)にあこがれる人間というテーマが見え隠れし、背景に壮大なモンゴルの風景があるので、映画に深みがある。なかなか良い映画だと思った。

 知識がないので、この監督の思想がどのようなものかわからないのだが、この映画をみる限り、監督はモンゴル文化に深く共感しているようだ。チョクトをあえて軽佻でどうしようもない人間として描くことによって、「モンゴル」対「漢民族」という対立軸を避けて、モンゴルの文化への共感を語っているのだろう。中央文化になびくことを拒み、自分たちの文化に誇りを持つモンゴルの人々。しかし、物質文明になびいてしまう人々がふえ、中央政府の力が増して(落下した人工衛星の断片を探す軍隊の車列がそれを象徴している)、モンゴルの人々は生活基盤を失われて、伝統的な文化を守ることができない。そのような状況を淡々と描いている。

 ちょっと図式が単純で、しかも話がなかなか進まないので、退屈しないでもないが、じっくりと人間と風景を描いて、説得力がある。ただ、これを内モンゴルの人が見ると、どう感じるのだろうかと気になった。

 ところで、私がモンゴル旅行に出かけたのは2017年。ウランバートル中心の短い旅行だったが、中国国内の内モンゴルとモンゴル共和国の違いはあるとはいえ、やはり風景は似ている。ただ、その時、ゲルに泊まったが、この映画をみて、ゲルがまったく出てこないのが意外だった。モンゴル共和国では、ゲルは観光客向けの簡易ホテルとしてだけでなく、間違いなく、庶民の住居として機能していた。中国ではそのような文化は廃れたのだろうか。それも気になった。

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