コロナもやっと静まったようだ。このまま終息してほしい。やっと留学生の入国が認められ、日本語学校の校長の職を務めている私としては、少しだけ光が見えてきた気がする。そんななか、オペラ映像を数本みたので感想を記す。
ウェーバー 「魔弾の射手」 2021年 ベルリン・コンツェルトハウス
NHKプレミアム放送を録画していたものを、かなり時間を経てから観た。無観客による上演。演出はカルルス・パドリッサ。オーケストラと歌手陣が同一平面で行動する。時に独奏楽器が歌手の横で演奏する。そのため、楽器の一つ一つの音がしっかりと聞こえ、室内楽的な繊細な音楽が作り出される。
クリストフ・エッシェンバッハの指揮もきわめて室内楽的で、とても美しい。このような「魔弾の射手」を初めて聴いた。このような演奏で聴くと、登場人物の心理が手に取るようにわかり、よくできているとは言えない台本でも十分に登場人物に感情移入できる。
歌手陣はとても充実している。中でも、アガーテを歌うジニーン・ド・ビックが素晴らしい。アフリカ系の歌手なので、多少違和感を覚えるが、声を聴くうちに、そのようなことは忘れてその歌声に感動する。昔のグンドゥラ・ヤノヴィッツを思い出すような澄んだ美声だが、時々音程が怪しくなったヤノヴィッツよりもずっと音程も正確。エンヒェンのアンナ・プロハスカも素晴らしい。室内楽的な声の競演と言ってもよさそう。
マックスのベンヤミン・ブルンス、オットカールのミハイル・ティモシェンコ、クーノーのフランツ・ハヴラタ、カスパールのクリストフ・フィシェッサーも文句なく見事。
ただ、隠者が寛容な心を訴えかけている場面で、手前に置かれた水槽の中で女性が泳ぎながら、中に浮かぶペットボトルなどのごみを集めて捨てている。私には寛容な心とごみ問題の関係がよく理解できなかった。「寛大な心を持ち、ごみを捨てるのをやめよう」という社会的メッセージなのだろうか。
バーバー 「ヴァネッサ」 2018年 グラインドボーン音楽祭
これも、NHKプレミアム放送を録画したもの。ネットでオペラのDVDやBDを検索していると、しばしばこの上演映像の広告が現れるので、気になっていた。NHKが放送してくれたので、とてもありがたい。
初めてこのオペラに接したが、とてもおもしろかった。ストーリーも不思議な雰囲気があってとてもいい。1958年初演で、カルロ・メノッティの台本だという。19世紀末の象徴主義の時代のフランス小説の匂いがする。ヴィリエ・ド・リラダンにでもこんな話がありそう。ローダンバックの(というか、「コルンゴルトの」というべきか)の「死の都」にも似た雰囲気。音楽も、コルンゴルトを思わせる。
演出はキース・ウォーナー。ヴァネッサ(エマ・ベル)と姪のエリカ(ヴィルジニー・ヴェレーズ)と老男爵夫人(ロザリンド・プロウライト)がよく似た容姿の三人(相似形)として描かれる。3人とも一人の男アナトール(エドガラス・モントヴィダス)に惹かれる。若くて美しいエリカはアナトールの子どもを身ごもるが、アナトールが中年女性のヴァネッサと結婚しようとするのを知って、自殺を図り、子どもを流産する。エリカはかつてのヴァネッサと同じように、館にこもりきるようになる。そんなストーリーだが、大きな鏡を効果的に使って、墓場のような館を見事に描き出し、怪奇的な雰囲気を高める。
歌手陣もそろっている。容姿を含めて、この役にぴったり。ベルは、ちょっと無神経でありながら、男性に耽溺するヴァネッサを見事に演じる。エリカ役のヴェレーズの演技も素晴らしい。モントヴィダスも女とみると誰にでも手を出し、どうやらあっけらかんと心から愛しているらしいアナトールを見事に演じている。エリカの絶望の場面などの音楽の力もすさまじい。ヤクブ・フルシャの指揮するロンドン・フィルハーモニー管弦楽団も後期ロマン派的な雰囲気を盛り上げて、とてもいい。
バーバーの音楽は、「弦楽のためのアダージョ」しか知らなかったが、とてもいい作曲家だと思った。
ロッシーニ「アルジェのイタリア女」 2013年 ペーザロ・ロッシーニ音楽祭
ロッシーニのオペラを時代順にみなおしている。とても楽しい映像だ。デヴィッド・リヴェルモアの演出。1960年代、確かサイケデリックと呼ばれたけばけばしい色づかいの様式の舞台が流行していた。そうした風俗を用いてロッシーニの世界を展開している。漫画風の映像が現れるところも、昔の映画「ピンクパンサー」などを思い出す。「ルパン三世」っぽいところもあるが、これはきっと「ルパン三世」が同じ文化の中で生まれた作品だということだろう。
ムスタファを歌うアレックス・エスポージトがとてもいい。張りのある声で見事に歌う。イザベッラのアンナ・ゴリチョーヴァも超え、容姿ともに申し分ない。リンドーロのシー・イージェ(石倚潔)も輝かしい美声、タッデオのマリオ・カッシも実に楽しい。
ホセ・ラモ・エエンシナールの指揮するボローニャ・テアトロ・コムナーレも不満はない。ワクワクするような楽しい音楽を作り出している。
ロッシーニ 「アルジェのイタリア女」2018年 ザルツブルク、モーツァルト劇場
何はともあれ、やはりチェチーリア・バルトリが素晴らしい。ゴリチョーヴァもとてもいいと思ったのだが、そのあとにバルトーリを聴くと、声の躍動、爆発力に圧倒されるしかない。ムスタファのルダール・アブドラザコフ、リンドーロのエドガルド・ロチャも言うことなし。ジャン=クリストフ・スピノジの指揮もとても躍動感がある。さすがザルツブルク音楽祭!
ただモーシュ・ライザーとパトリス・コーリエの演出は、現代に舞台をとっている。妻に飽き飽きしているアルジェの権力ある富裕家のところにイタリア人たちがやってきたといった雰囲気で、太守と奴隷といった設定はほとんど感じない。イスラム色をできるだけなくしているといえるだろう。一つ間違うと宗教否定、宗教紛争になりかねない題材だけに、それはそれで一つのあり方だろう。
「パルミラのアウレリアーノ」2014年 ペーザロ、ロッシーニ音楽祭
序曲を含め、いくつかの歌の中に「セヴィリアの理髪師」と同じメロディが何度か出てくる。パルミラを占領したローマの皇帝アウレリアーノが、最後には寛大にパルミラの女王ゼノービアとペルシャの王子アルサーチェの愛を認めるというストーリーはちょっと安易すぎるが、音楽はとても溌溂としていてロッシーニらしい。大いに楽しめる。
アウレリアーノ役のマイケル・スパイレスが輝かしいテノールでとてもいい。ゼノービア役のジェシカ・プラットも高音がとても美しくて見事な歌いまわし。アルサーチェのレーナ・ベルキナは一般のズボン役を歌うには十分だろうが、この英雄を歌うにはあまりに非力。英雄らしさがないのが残念。
指揮のウィル・クラッチフィールドについては、序曲の部分では、「セヴィリアの理髪師」と同じ曲にしてはテンポが遅く、雰囲気が異なるが、オペラ・ブッファではないのだから、確かにこのような演奏のほうがふさわしいだろう。マリオ・マルトーネの演出はたぶんオリジナルを尊重したものだと思う。日本語字幕もあって、とてもわかりやすくてありがたい。
とても良い上演だと思う。満足。
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