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新国立劇場「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 ともあれ感動!

 20211124日、新国立劇場で「ニュルンベルクのマイスタージンガー」をみた。ザルツブルク・イースター音楽祭、ザクセン州立歌劇場の国際共同制作による。指揮は大野和士、演出はイェンス=ダニエル・ヘルツォーク

 演奏に関しては、私は大野和士の指揮に少々疑問を抱いた。とりわけ、第1幕への前奏曲があまりに重ったるい。その後も滑らかに音楽が流れない。第2幕はあまり緊張感がなくて、私は少々退屈してしまった。ワーグナーだというので無理やり重々しくしようとしているのではないかとさえ思った。とはいえ、第3幕になると、さすがに音楽が流れるようになってきた。初めからこのような感じだったら、私はもっと感動しただろう。

 歌手陣では、ハンス・ザックス役のトーマス・ヨハネス・マイヤーが圧倒的に素晴らしかった。この役にふさわしい自在な歌いっぷりで音程もいいし、声も通る。演技もこの役にふさわしい。ベックメッサーのアドリアン・エレートも芸達者ぶりを発揮している。もう少しワーグナー的な声も欲しいが、これはこれで押しも押されもしないベックメッサーだと思った。そして、エファの林正子も素晴らしい。第3幕の「トリスタンとイゾルデ」が引用される場面は感動的だった。発声が良いのだろう、音程が安定しているし、素直な音が伸びていく。素晴らしい歌手だと思う。

 ポーグナーのギド・イェンティンスはもう少し声の輝きがほしい。ヴァルターのシュテファン・フィンケはかなり声があまり美しくなく、いかにも苦しげだった。音程も不安定。マイスタージンガー太刀を歌ったのは、大沼徹、妻屋秀和、与那城敬、長谷川顯、村上公太、青山貴といった日本オペラ界を代表するそうそうたるメンバー。ダーヴィットの伊藤達人、マグダレーネの山下牧子も大健闘。三澤洋史の合唱指揮による合唱団もいつもながら素晴らしい。ただ、第3幕第4場の五重唱が美しいハーモニーを作り出さなかったのが残念。

 演出については、私としては今回もまた大いに疑問に思った。

 ワーグナーの台本では、確か中世の民衆がヴァルターに与えた冠を、エファがザックスにかぶせ、大喝采の中で楽劇は終わる。ところが、今回の演出では、基本的に舞台は現代であり、ザックスがヴァルターにマイスタージンガーを認めるように説得し、一応、ヴァルターはそれを受け入れたように見えるが、ダヴィデの肖像画(? ●注)をザックスがエファに渡そうとすると、エファはそれを打ち破って受け取ることを拒否する。ザックスが途方に暮れるところで幕が下りる。

 つまり、エファは、女性をモノのように扱い、規則を無理強いし、ドイツ万歳を叫ぶ過去を拒否したということだろう。そういう演出については私も納得する。この楽劇を現代において上演するとすれば、そのような演出も許容するべきだと思う。

 ただ、私が大いに気になったのは、あちこちで小芝居が行われていることだ。煩わしいことこの上ない。たとえば、第3幕第3場。1階ではザックスとベックメッサーがあれこれとやり取りをしている時、暗い2階で何やら小芝居が行われている。暗くてよく見えないので誰が何をしているのか私の席からはよくわからなかった。もしかしたら、ダーヴィット(もちろん、ダヴィデ王と同じ綴り!)がメイキャップをしてくれる女性に言い寄っていたのだろうか? 男性社会への揶揄なのか?

 それにしても、せっかくワーグナーが必死に作詞作曲した歌を歌手たちが必死に歌っているときに、それ以外のところに注意が向くような演出はいかがなものか。私には音楽に対する冒涜に思えるのだが。それにしても、現代の服を着たり、中世の服に着替えたりと、登場人物たちも忙しいことこの上ない。あれこれと意味ありげなパントマイムもたくさんある。パントマイムの読み取りを気にしないでもう少し音楽に集中したい。

 全体的に、私としては、指揮が滞り気味で、ヴァルターの声が苦しげで、しかも演出があれこれと煩わしいので、心の底からは感動できなかった。とはいえ、ワーグナーは素晴らしい。何はともあれ素晴らしい。ともあれ感動した。

 

  • 注 実は、この肖像画は誰なのか、私にはよくわからなかった。もしかしたら、登場人物のうちの誰か? あるいはワーグナー? それとも台本に出てくるダヴィデ王? ダヴィデ王という言葉が台本に出てくるのは、きっとキリスト教世界の詩作の王という意味なのだろう。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

私も観ました。すみません、少し長くなるかもしれませんが、オペラを観た後のオペラ談義のつもりで書かせていただきます。
私も指揮者と歌手たちについてはまったく同感です。第3幕の五重唱に満足できなかったことも同じです。あの五重唱では林正子が声を張り上げすぎたと思います。それがあの歌手の悪い癖です。
演出についてですが、あの肖像画は、ちょうど大相撲の歴代の横綱の肖像画のように、マイスタージンガ―に列せられたときに贈られるものではないでしょうか。第1幕にも出てきたと思います。なので、最後にエーファが打ち破る肖像画にはヴァルターが描かれていたのではないかと思います。
また小部屋でいろいろな動きがあるのは、ヘルツォークの演出の常套手段というか、トレードマークのようなものではないかと推測します。というのは、私は何年か前にチューリヒでヘルツォークが演出したプフィッツナーの「パレストリーナ」を観たのですが、そこでも同じような演出が行われていたからです。
「パレストリーナ」ではトレントの宗教会議に集まった聖職者たちの世俗性が多数の小部屋での行状で表されていました。私はその演出に目をみはりました。指揮はメッツマッハ―でした。その指揮とともに忘れられないオペラ体験になりました。
今回の「マイスタージンガー」ではそれらの小部屋での動きが徹底されていなかったと思います。

投稿: Eno | 2021年11月25日 (木) 15時19分

Eno様
コメント、ありがとうございます。
ヴァルターの肖像画でしたか! 確かに第一幕にも肖像画が出てきましたが、何人か似た顔があって、うまく識別できませんでした(席が後ろのほうだったということもありますが、それ以上に、私の顔の識別能力に問題がありそうです)。ですが、いずれにしても、最後にエファがヴァルターのマイスタージンガー昇格を拒否するということには間違いなさそうですね。
ところで、第3幕の小部屋では何が行われていたのでしょうか。私は、初めはヴァルターが出番の準備をしていると思っていたのですが、なんだか男女がいちゃいちゃしている様子。だとすると、これはしっかりと意味を解釈しなくちゃと思いつつも、何のことやらわからず、しかも、あとから別にヴァルターらしい人物が入ってきたのであれれ?? じゃあダーヴィットだったのか? で、女性は誰?・・という具合で途方に暮れたのでした。そして、そのため「こざかしい小芝居は我慢できん」と思ったのでした。
私は林正子は素晴らしいと思ったのでしたが、確かに一人だけ声が大きかったですね! なるほど、彼女がアンサンブルの邪魔をしていたのかもしれません。
演出については、私はもう一度みてみないと、どうにも納得できない状態です。

投稿: 樋口裕一 | 2021年11月25日 (木) 17時20分

第3幕の小部屋の件ですが、あれはダーヴィッドがマッダレーナの目を盗んで他の娘といちゃついていたのではないでしょうか。あの後の歌合戦の前に、徒弟たちの踊りがありますが、そのときダーヴィッドが仲間から「ダーヴィッド、レーネが見ているぞ」とからかれますので、その伏線だと思いました。
私はマイスタージンガーたちが、劇場の専属歌手なのか、理事会のメンバーなのか、パトロンたちなのか、どうにでもとれる場面があることに戸惑いました。
ヴァルターがオーディションを受けに来た無名の新人で、しかもオーディションの後でマイスターの仲間入りを許されるなら、マイスタージンガーたちは劇場の専属歌手と捉えたほうが筋が通ると思いますが、理事会のメンバーともパトロンともとれる場面があったことに困りました。
もっとも、いずれにせよ、ポーグナーが金持ちのパトロンでもあることには変わりありませんが。

投稿: Eno | 2021年11月26日 (金) 09時33分

Eno様
コメント、ありがとうございます。
やはりそうですよね。ダーヴィッドが別の女性といちゃついていたのですね。私もきっとそうだろうと思ったのでしたが、ザックスとベックメッサーのかなり大事なやり取りが行われているときに、そのような小芝居をする意味は何なのかまったく理解できないのです。私には本文に書きましたように、男社会への揶揄としか思えないのですが、十分に納得できずにいます。
おっしゃる通りですね、マイスタージンガーは歌のコンクールの中でどのような位置づけなのか、かなりあいまいでした。
いずれにしても、古い価値観に対するノンがテーマだということでしょう。日本でいえば、森喜朗元総理や張本勲さんのような昭和の価値観的なものへのノンなのでしょう。ダーヴィッドはそのような価値観に基づいて女性にちょっかいを出しているということでしょうか。

投稿: 樋口裕一 | 2021年11月26日 (金) 22時24分

Eno様
前のコメントで、Eno様のブログを読ませていただいたことをおつたえするのを忘れておりました。ほとんどの面で共感いたします。
オーケストラの「混濁」、おっしゃる通りですね。私は、無理やり「重み」を出そうとしているのではないかと疑ったのでしたが、たしかに前奏曲が始まったとたん、都響らしからぬ音に驚いたのでした。「混濁」という表現にふさわしい音だったと思います。
「ニワトコのモノローグ」は素晴らしかったのですが、わたしはそれも歌手のおかげであって、オーケストラは第2幕の間も音楽が進んでいかないのを感じていました。オーケストラにストレスを感じなくなったのは、第三幕に入ってからでした。ただ、残念ながら、私はそのころから強く演出に対してのストレスを感じ始めたのでしたが。

投稿: 樋口裕一 | 2021年11月27日 (土) 09時30分

私は11月21日(日)に観てきました。このオペラはもともと私の苦手なオペラで、本当に久しぶりの鑑賞でした。3階センター4列目の右端の席でした。

キャストは海外からの歌手が何名かキャンセルになりましたが、それでもハンス・ザックスがトーマス・ヨハネス・マイヤー、ファイト・ポークナーがギド・イェンティンス、ジクストゥス・ベックメッサーがアドリアン・エレート、ヴァルター・フォン・シュトウツィングがシュエファン・フィンケとなかなかのものです。そして日本人歌手はエーファが林正子、ダーヴィットが伊藤達人、マグダレーナが山下牧子、その他の親方たちは村上公太、与那城敬、青山貴、秋谷直之、鈴木准、菅野敦、大沼徹、長谷川顯、妻屋秀和そして夜警が志村文彦と我が国の男性著名オペラ歌手総出の様相。管弦楽は東京都交響楽団。
第1幕への前奏曲が始まる。3階席中央なので普通ならオーケストラは音がガンガン飛んでくるはずなのにそれが無い。しかも全く面白みがない。第1幕の幕が開く。何と舞台上には立派なオペラ劇場。左右手前にはボックス席まである。大野和士が音楽監督になって以来、特に彼の振る演目の新演出は読み替え演出、劇中劇形式が実に多い(先日の「カルメン」も)ようだが、いずれも劇中劇にする意味は全く感じられなかったし、また舞台美術に不必要に大金をつぎ込んでいるように思える。第1幕は教会の中なのだがそれが劇場だ。その為エーファがヴァルターと話をしたいためにあれを忘れた。これを忘れたと言ってマグダレーナに取りに行かせる場面などはうまく表現することが出来ない。しかし何よりさえないのは歌手たちの覇気のない歌い方だ。なんで今どきエーファが林正子なのか?最近歌っているのかすらわからない歌手だ。
第2幕では回り舞台であることが分かった。劇場の裏にザックスの仕事場などがしつらえてあった。これが本棚やデスクのあるオフィス(中小企業の社長室)のようもので、靴職人の仕事場(店)には見えない。そのザックスはかなりの読書家のようで、本棚にぎっしり詰まっているだけでなく、机にも所狭しと積んである。ボックス席に顔を出したマッダレーナをエーファと勘違いしてセレナーデを歌うベックメッサ―にザックスがハンマーで合の手を入れる場面も面白みがない。(1971年にミュンヘン・オペラ祭で観たザックスとベックメッサ―の絶妙の掛け合いは今でも忘れることが出来ない。)そもそもベックメッサ―が面白おかしくないのだ。その夜の騒ぎにこの界隈が大騒ぎになるが、第1幕でも出てきた3人の半裸の腹ぼての女性の登場。これなどは演出家のヘルツォークが大野に忖度して出してきたキャラクターだろう。大野はモネ劇場で上演した「タンホイザー」に大勢の全裸の腹ぼて妊婦を登場させたことを自慢にしており、彼が講演をすると必ずと言っていいほどこの話が出る。この趣味の悪さにはいい加減にしろと言いたい。
第3幕ではめでたくヴァルターが優勝し、エーファと結婚できることになる。そしてマイスタージンガーの称号を与えられるのだが、彼はそれを受けない。通常は恩師であるザックスの説得により翻意し受け取るのだが、この演出ではエーファも加勢して受け取らないまま2人は退場し、幕。この意味も解らずじまい。
ようやく3幕になって少し良くなったが、さえない公演だった。歌手の中ではダーヴィッドの伊藤達人がなかなか良く、新国立劇場ではしばしば助演で好演している山下牧子がさすがの歌唱。あとはポーグナーのイェンテンス。マイヤーとフィンケは期待通りではなかったが、やはり実力はあるのだろう。拍手が鳴りやまなかったが、満足できなかったこちらは早々に退散。
新国立劇場は大野和士を変えないとだめだと重ねて痛感。

投稿: さすらい人 | 2021年12月 9日 (木) 17時22分

さすらい人様
コメント、ありがとうございます。おっしゃることのほとんど、大変納得できます。私の感想の基準を少し高めに設定しなおすと(つまり、世界の一流レベルを基準とみなして評価すると)、まったくおっしゃる通りということになると思います。ただ、私は、林正子は日本人としてはかなり高レベルの歌手だと思ったのでした。日本人にこれほど歌える人は数えるほどしかいないと思います。とはいえ、確かに、ウィーン国立歌劇場公演でこのレベルの上演でしたら、かなり不満に思うでしょうね。

投稿: 樋口裕一 | 2021年12月10日 (金) 00時27分

私は1969年の二期会の「ラインの黄金」以来ワーグナーのオペラを数多く観てきましたが、残念ながら主役を歌って十分私を納得させてくれるほどの日本人女性歌手に今まで出会ったことはありませんでした。ところが今年新国立劇場にヒロインが誕生したと思います。「ワルキューレ」のジークリンデを歌った小林厚子です。藤原オペラに属している彼女ですので、当然これまで彼女のワーグナーを聴いたことはなく(実はびわ湖の「ワルキューレ」のゲルヒルデ役で歌っていたのですが全く気付きませんでした。)、彼女については唯一「ナヴァラの女」での印象を持っているだけでした。初日に聞いたのですが、彼女は徐々に圧倒的な歌唱となり、男性歌手達を高揚させて引っ張り素晴らしい舞台にしてしまったのです。ジークリンデ役は世界の主要劇場でもブリュンヒルデ役に比べると声量的に少しスケールの小さい、ドラマティックと言うよりリリックに近い歌手が歌う傾向にあることもあり、小林の歌ったジークリンデは私の今までに聴いた50回を優に超える「ジークリンデ」の中でも十指には十分入る歌唱だったと思います。したがって彼女がエーファを歌っていたら舞台全体が盛り上がった可能性があったのではないかと残念に思えました。
もう一人、全くワーグナーを歌ったことはないと思いますが、大隅智佳子なども面白かったのではないでしょうか。やはり今年の「イオランタ」で圧倒的な歌唱を聞かせてくれました。しかも終幕など本当に生き生きと楽し気に歌っていたのが印象的でした。私は余りの素晴らしさに結局4回も観てしまいました。それほど人を惹きつける魅力のある歌手のように思います。単にオペラ好きなだけですので、全く見当はずれな見解かもしれません。

投稿: さすらい人 | 2021年12月12日 (日) 18時44分

さすらい人 様
コメント、ありがとうございます。
小林厚子さんは、私もジークリンデのほか、イェヌーファとエリザベッタ(「ドン・カルロ」)を聴きましたが、素晴らしいと思いました。大隅さんも15年以上前から私はファンです。どちらも本当に素晴らしい歌手ですね。私はそのほか、齊藤純子さんにも驚嘆しました。そして、私は池田香織と林正子の近年の飛躍にも注目しているのです。

投稿: 樋口裕一 | 2021年12月15日 (水) 15時07分

ご参考までに一言しますが、大隅智佳子さんは2008年2月に東京オペラプロデュースの公演でワーグナーの「妖精」を歌ったことがあります。私はまさかワーグナーのオペラ第一作のこの作品を日本で観られるとは思っていませんでしたので、喜んで出かけました。そのとき主役を歌ったのが大隅智佳子さんでした。私は「これは逸材だ」と目をみはりました。

投稿: Eno | 2021年12月24日 (金) 09時08分

Eno 様
コメント、ありがとうございます。
私も大隅さんの「妖精」、感嘆して観た記憶があります。
実は、2008年の二期会ウィークで私は大隅さんとお仕事をご一緒したことがあります。当時、拙著がベストセラーになって間がなく、コンサートの司会(「話し方」の本を書きましたので、話がうまいと誤解されてそのような仕事が回ってきたのですが、すぐに、実は話が下手だということが露見して、その後、そのような話はなくなりました)などを何度かしました。その一つが、二期会ウィークの一日で、漫画家のさそうあきらさんと二人での司会でした。そこで歌ってくれたのが、なんと、大隅さん、与那城さん、池田香織さん、森美代子さんという豪華メンバーだったのです。
「ばらの騎士」の最終幕の三重唱を女性三人が歌ってくれました。
私はそれ以来、大隅さんをひそかに追いかけています。私のブログの中に大隅さんにしばしば触れております。ただ、あまりにひいきを表に出すのを恐れて、ほんとうにひそかに応援してきたのでした。本当に素晴らしい歌手だと思います。

投稿: 樋口裕一 | 2021年12月24日 (金) 21時22分

おおっ、「ばらの騎士」の三重唱、すごいメンバーですね。大隅さんがマルシャリン、池田さんがオクタヴィアン、森さんがゾフィーでしょうか。そのメンバーでの舞台上演も観てみたいですね!

投稿: Eno | 2021年12月25日 (土) 08時35分

Eno 様
コメント、ありがとうございます。
その通りの配役でした。苦手な司会をしなければならず、はてさてこれからどうしたものかとあたふたしながら聴きましたが、それでも感動で心を打たれたのを覚えています。なお、ピアノ伴奏を受け持っていたのが山田武彦さんでした。

投稿: 樋口裕一 | 2021年12月27日 (月) 08時32分

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