雑感、そしてオペラ映像「後宮からの逃走」「フィガロの結婚」「魔笛」
・ 衆院選挙が終わった。中選挙区の時代の国政選挙や地方選挙を含めて、選挙権を得てからこれまで、一度も私の投票した候補者が当選したことがなかったが、その記録をまたも更新した。あえて当選しそうもない人に投票しているつもりはないし、もちろん私はいわゆる「諸派」の支持者でもない。今度こそ、私の考える方向に行くのではないかと思って、それなりに考慮して投票するのだが、選挙が終わるたびに残念な思いに駆られる。いずれにせよ、私はどうやら多数派ではないようだ。
・ 京王線で電車内のナイフによる無差別殺傷事件が起こった。先日の小田急線の事件とともに、私の生活圏の路線での出来事であるだけにいっそうリアリティのある脅威を覚える。これからもあちこちでこのような事件が起こりはしないかと心配になる。これを防ぐには中国のように監視を強めるしかないのではないかと思う。それができないのであれば、完全に防ぐのは難しい。だが、いずれにせよ、格差拡大、自暴自棄の人間の増加という背景を政治が何とかする必要がある。
・ 一昨日だったか、テレビをひょいとつけると、先日亡くなった柳家小三治師匠の追悼番組が放送されており、後半には、「初天神」の録画が流された。人間国宝なので当然なのだが、本当に素晴らしい。私は1970年代、新宿の末広亭にしばしば通い、あちこちのホール寄席や落語会に足を運んでいた。小三治さんはまだ若手だったが、めっぽう上手で、最高におもしろかった。小三治さんの師匠だった小さんとともに私の大好きな噺家だった。テレビ番組でも追いかけてみていた。得意にしていた「小言念仏」のリアルなおかしみは忘れられない。クラシック音楽やオーディオ装置について語ったインタビューも楽しんで読んだ。人間国宝になってからは落語を聞く機会がなかったので、ぜひまたじっくりを味わいたいと思っていた。落語の世界でも名人をなくした。本当に残念。
・ 何本かオペラ映像をみたので感想を書く。
モーツァルト 「後宮からの逃走」 2017年 ミラノ、スカラ座
スカラ座での公演を集めた安売りBDを購入。5枚組で7000円代だった。こんな値段でこんな素晴らしい映像が見られるなんて、なんと幸せな時代になったものだろう。
ジョルジョ・ストレーレル没後20周年、ルチアーノ・ダミアーニ没後10周年記念上演ということらしい。ストレーレル演出、ダミアーニの衣装・装置による上演だ。シルエットをうまく使ったとても楽しくて情緒のある演出だ。今から見ると、特に際立った解釈はないが、わかりやすくて愉快で自然。トルコについても、嫌みなく自然に描いている。
歌手陣もそろっている。マウロ・ペーターのベルモンテはとても高貴で柔和な声。マクシミリアン・シュミットのペドリッロもしっかりした声でとてもいい。トビアス・ケーラーのオスミンも太い美声で愉快な演技。愛嬌のある悪役を演じている。ブロンデを歌うサビーヌ・ドゥヴィエルは高音がとても澄んでいて美しい。ただ、私には、コンスタンツェを歌うネケ・ルイテンの声がやや硬く感じる。音程も少し不安定。
この上演の最大の呼び物はズービン・メータの指揮だろう。しなやかで自然で、しかも躍動感があってとても美しく楽しい。音楽が生きているのを強く感じる。
モーツァルト 「フィガロの結婚」 2016年 ミラノ、スカラ座
これもBDボックスに含まれていた上演。フランツ・ヴェルザー=メストの指揮がとてもいい。しなやかだが輪郭がしっかりしており、ニュアンスにあふれている。フレデリック・ウェイク=ウォーカーの演出は、今となっては珍しいほどに伝統的。第4幕が庭園ではなく、室内で展開されるのを除けば、ほとんどト書きに近いのではないか。時代通りと思われる服装をしている。ただ、どういうわけか、面白みを感じない。客席から笑い声も聞こえない。観ている私も少しも笑いたい気持ちにならない。第一幕の椅子に隠れる場面も、第二幕の衣装室に隠れる場面も、第三幕の「ソワ・マードレ、ソワ・パードレ」の場面も、第四幕の取り違えの場面もまったくおかしくない。やはり、喜劇の演出として、これは好ましくないのではないか。
歌手陣では、やはり伯爵夫人のディアナ・ダムラウが圧倒的。驚異的な美しい声で心の嘆きを見事に歌う。この声だけで観客を感動に誘われる。伯爵のカルロス・アルバレスはとてもいい。スザンナ役のゴルダ・シュルツはアフリカ系のようだが、とてもきれいな声で見事に歌って違和感を吹き飛ばす。フィガロのマルクス・ヴェルバ、ケルビーノのマリアンヌ・クレバッサ、マルチェッリーナのアンナ・マリア・チウリ、バルトロのアンドレア・コンチェッティ、バジーリオのクレシミール・シュピチェルもとてもよいのだが、ちょっと声が苦しかったり、声の伸びを欠いたりするのを感じる。なお、バジーリオの歌うアリアを私は初めて聴いた気がする。
全体的にはとてもレベルが高く、十分に堪能できる。やはり「フィガロの結婚」はとびきりの名作だと改めて思う。得も言われぬ美しく楽しい音楽がずっと続く。
モーツァルト 「魔笛」 2016年 ミラノ、スカラ座
これも、安売りボックスに含まれていたもの。アダム・フィッシャーの指揮がとても魅力的だと思う。切れが良くて、明確で、きりりと引き締まっていて、しかもしなやか。管弦楽は、ミラノ・スカラ座アカデミア管弦楽団。ミラノ・スカラ座管弦楽団とは異なる団体なのだろうか。若手中心の、いわば二軍のオケということか。ただし、精度が劣っているとはまったく感じない。繊細な美しい音だと思う。
演出はペーター・シュタイン。かなり伝統的な衣装と動き。わかりやすい演出とは言えるが、特に目新しい解釈はなさそうだ。ただ、音楽と動きがぴたりと合って、全体が自然に流れていく。これは演出の功績だろう。
若手中心の歌手陣。その中では、パミーナのファトマ・サイードがとりわけ魅力的だ。はかなり透明なしっかりした声で、伸びがある。容姿も独特の魅力がある。エジプト出身だという。まさにエジプト美人! これからがとても楽しみだ。タミーノのマルティン・ピスコルスキも高貴な声で、声の伸びがある。スケールが大きく、なんだかワーグナーも歌えそうな雰囲気。パパゲーノのティル・フォン・オルロフスキーもしっかりした声で軽妙に歌う。
それに比べると、ザラストロを歌うマルティン・サマーは低音が苦しく、音程も不安定。夜の女王のヤスミン・オズカンも声が硬く、いかにも苦しげで、音程も定まらない。いいかえれば、ザラストロや夜の女王は、若手には難しいレレパートリーということかもしれない。
全体的にはとても素晴らしい上演だと思う。
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コメント
多くの落語家の噺はまるでリートのようなメロディと語り口を感じさせるのに、小三治師匠のそれはまるでオペラのようにいつも感じていました。
さらに噺の中で突然日常会話のような喋りが差し込まれ、それがまた狂言の四世茂山千作さんを想起されるようでとても新鮮に感じられたものでした。
もうその噺が聞けない(もしくは聴けない)のは本当に残念です。
選挙は結果はともかく、その投票率の低さの方にとても深刻なものを感じました。政治に対し最近は投票で自分の意思表示をするより、ネットで好き放題に発信した方が有意義に感じている人達が多いのかもしれません。
投稿: かきのたね | 2021年11月 1日 (月) 20時14分
かきのたね 様
コメント、ありがとうございます。
小三治師匠の噺の中の登場人物たちは、それぞれの人生を感じさせましたよね。そして、そうでありながら、それを客観的に見る師匠の知的で包容力ある目を感じさせました。それがほかの噺家と大きな違いだと思います。人間国宝になった後の師匠を聴きたかったと、いまさらながら後悔しています。
投票率の低さには驚きました。今回は若い人が大勢投票するのではないかと期待していたのですが。学校でも政治的話題を避けていますし、SNSではなおのこと、一般の人は政治的発言を避けるようです。理性的に議論する雰囲気をあちこちに作ることが必要だと思いますが、なかなか難しいことです。
投稿: 樋口裕一 | 2021年11月 3日 (水) 08時45分