鈴木雅明BCJの第九 自由な雰囲気の第九 見事な終楽章の盛り上がり
2021年 12月16日、東京オペラシティ コンサートホールで、鈴木雅明指揮、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の演奏による「第九演奏会」を聴いた。私にとって今年最初のベートーヴェンの第九のコンサート。
鈴木雅明指揮のBCJの第九を聴くのは二度目だと思う。前回聴いたときには、実はあまり感動できなかった記憶がある。古楽器によるこの曲の演奏に私が慣れていないせいかもしれない。どうしても音の響きが良くないので音楽がうねりを作らない。そうすると、私が第九の最大の魅力だと考えている、第1楽章の幽玄たる雰囲気の激しい苦悩の表現が浅く感じられてしまう。第2楽章も壮大な世界が浮かび上がらない。BCJの音は実に美しい。鈴木のコントロールも見事。しっかりとアクセントをつけ、きびきびと、まったくスキなく音楽を作っていく。だが、第2楽章まで感動が爆発しない。
そして今回も同じような印象を持った。だが、第3楽章以降、私はかなり感動して聴いた。古楽の美しい音の重なりにうっとりした。ひなびたホルンの音が天国的に響いた。オーボエとフルートが何と美しいのだろう。そして第4楽章。日本人指揮者はこの曲の第4楽章の演奏が実にうまいと思う。激しい苦悩から歓喜への向かい、最後に祝祭が爆発する。鈴木もそれを見事に立体的に描いていく。
第1・2楽章を「苦悩」というキーワードで考えると、BCJの演奏には不満を覚えるのかもしれない。BCJの第九演奏は、「苦悩」は前面に出されず、かなり自由な雰囲気に音楽が作っているようだ。とりわけ、ティンパニの菅原淳さんはかなり自在な雰囲気で音を刻んでいく。私が前半に感動できないのは、もしかしたら、私が第九=苦悩と思い込んでいるせいかもしれない。
第4楽章のチェロのパートに初めて聴くメロディ線が出てきたように思った。あれ?と思ったが、すぐに音楽が通り過ぎて行ったので確かめようがなかった。あれは何が起こったのだったか。いずれにせよ、様々な楽器がかなり自由な雰囲気で歌っていた。
歌手も素晴らしかった。第4楽章が始まってすぐに上手のドアからバリトンの大西宇宙がひとりだけすっと入場し、隅っこの椅子に座って、出番を待つ。そして、バリトン独唱が始まると、歩きながら歌って舞台中央に移動する。そして、そのころになってほかの歌手たちも登場する。なるほど、このような登場の仕方が最も合理的だと思った。第3楽章の前に登場しても第4楽章の前に登場しても、どうしても拍手が起こってしまって、音楽が中断される。これなら中断されることなく、自然に音楽が続いていく。
大西は深みと強靭さのあるしっかりしたバリトンの声。聴きなれない自由な歌い方だった。これもどういう楽譜に基づくのだろうか。少し気になったが、とても魅力的な節回しだった。
テノールの宮里直樹も難しいソロを見事に歌う。張りのある声が見事。ソプラノの中江早希も柔らかくて美しい声。アルトはカウンターテナーの藤木大地。これも見事。そして、さすがに合唱が素晴らしい。人数は多くない(たぶん30人)が、しばしばほかの楽団の第九で使われる100人を超す大合唱団に少しも負けていない。しっかりした発音で美しく歌う。最後、まさに祝祭的に盛り上がった。第3楽章以降は私は心から感動して聴いた。
| 固定リンク
「音楽」カテゴリの記事
- フリューゲルカルテットのモーツァルト 病院食のようだったが、意図的なのか?(2023.05.29)
- ニッセイオペア「メデア」 音程の不安定さを感じて楽しめなかった(2023.05.27)
- METライブビューイング「ばらの騎士」 シュトラウスの世界を堪能した!(2023.05.26)
- 新国立劇場「リゴレット」 素晴らしい上演(2023.05.25)
- インキネン&日フィルの第九 とてもいい演奏だった(2023.05.20)
コメント