新型コロナウイルス感染爆発が止まらない。オミクロン株は軽症で済む人が多いらしいが、これほど感染者が増えると、確かに専門家の言う通り、医療逼迫になって様々な面に影響が出るだろう。用心に越したことはない。
このところ、作曲年代順にロッシーニのオペラ映像をみなおしている。感想を記す。
ロッシーニ 「セヴィリャの理髪師」2005年1月 マドリード、テアトロ・レアル
以前観たつもりだったが、なんだか初めてみる映像のような気がする。
エミリオ・サギの演出。白い壁の家々、白いスーツ姿のフィガロやアルマヴィーヴァ伯爵。セヴィリアは確か、このような光景が広がっていた。そして、第二幕になって色彩が増し、主要人物はピンクの服を着て、フラメンコふうの世界になる。そう、セヴィリアはまさにフラメンコの本場。面白くてわかりやすくて、おしゃれなとてもいい演出だと思う。
アルマヴィーヴァ伯爵はフアン・ディエゴ・フローレス。この人、若い頃は音程が良くなかった。ここでも少し音程が不安定になる。だが、最後の歌は圧倒的。フィガロのピエトロ・スパグノーリも当たり役だけあって本当に役になりきっている。
ロジーナを歌うのはマリア・バーヨ。きれいな澄んだ声。もう少し躍動感がほしい気がするし、ちょっと顔や表現がおばさんぽいが、それはそれで見事。バルトロのブルーノ・プラティコは演技派おもしろいが歌の技術はやや落ちる。ドン・バジリオはルッジェーロ・ライモンディ。さすがの存在感だが、かつての輝きはない。ベルタを歌うのはスザンナ・コルドン。ベルタのアリアがとてもおもしろい。軽妙で躍動感がある。歌手の力もあるが、指揮のジャンルイジ・ジェルメッティのおかげでもあるだろう。
ジェルメッティはパッパーノに比べると、かなり一面的な表現で、深みにかける気がするが、しかし、軽妙でエネルギッシュで弾力性のある表現はさすがというしかない。
ロッシーニ 「セヴィリャの理髪師」2009年7月 コヴェント・ガーデン、王立歌劇場
久しぶりにこの映像をみた。冒頭、パッパーノが登場し、ロジーナ役のジョイス・ディドナートがリハーサル中に骨折したため、車椅子で登場することが告げられる。そして、実際、最初から最後まで、ディドナートは車椅子に乗って歌う。
その点が残念と言えば残念。主役格の人々の歌は申し分ない。ディドナートが立って歌っていたら、最高の上演になっただろう。だが、逆に考えれば、これはこれで貴重な記録ではある。
それにしても、ディドナートが凄い。しなやかで強くてチャーミングな声と演技と容姿。自在に歌いまくる。アルマヴィーヴァ伯爵のフアン・ディエゴ・フローレスも輝かしい美声で見事なテクニックを披露する。この二人を前にすると、ちょっとだけ影が薄くなるが、フィガロのピエトロ・スパニョーリも申し分のないタイトルロール。ユーモアにあふれ、余裕のある美声で歌う。
そのほか、バルトロのアレッサンドロ・コルベッリ、バジリオのフェルッチョ・フルラネットもこの役にはこれ以上の人はいないと断言できるような見事さ。
指揮のアントニオ・パッパーノも活気がありながらも、芸術的な香りの高い演奏を繰り広げる。演出はパトリス・コーリエ&モッシュ・ライザーとなっている。だが、きっとディドナートの骨折によってかなり演出の修正を迫られただろう。ずっと牢獄のような部屋で舞台が続く。おそらくロジーナの閉塞感を表現しているのだろう。
ロッシーニ 「新聞」2014年6月 ベルギー、リエージュ、ワロン王立歌劇場
色彩的な舞台。現代の服装というよりもちょっと未来的な服装の人物たち。大胆な色づかいの装置と衣装。ギャグ(赤ん坊の真似をしたり、「プラシド・ドミンゴ」という言葉を出したり)はスベっている感じがするが、それはそれでにぎやかで楽しい演出(ステファノ・マッツォニス・ディ・プララフェラの演出)。ロッシーニの音楽は、どこかで聞き覚えのあるメロディが多出。それはそれで楽しい。
歌手陣はそろっている。リゼッタのチンツィア・フォルテはちょっと声量不足を感じるが、美しい高音。アルベルトのエドガルド・ロチャはさすがのきれいな声。ドン・ポンポーニオのエンリコ・マラベッリはとても楽しい。ドラリーチェのジュリー・ベイリーもしっかりした声。
ただいかんせん、ヤン・シュルツ指揮のワロン王立歌劇場管弦楽団がぱっとしない。もたついているし、盛り上がるべきところで盛り上がらない。せっかくのロッシーの高揚をオーケストラが盛り下げている感じがする。
「オテロ」 2012年 チューリッヒ歌劇場
これをみるのは二度目。改めて、素晴らしい傑作だと思った。実は私は、多くの人が言うほどヴェルディの「オテロ」を傑作だとは思っていない。ロッシーニの「オテロ」のほうが好きだ。ドラマティックで技巧的でカラッとしていて、ヴェルディのオペラほどはオテロへの感情移入を強いられないところがいい。
オペラそのものも素晴らしいが、この上演もまた素晴らしい。歌手は全員が見事だが、とりわけデズデモーナのチェチーリア・バルトリがやはり圧倒的。声の技巧には驚くしかない。そして、オテロのジョン・オズボーン、ロドリーゴのハビエル・カマレナ、イヤーゴのエドガルド・ロチャの3人のテノールの競演もこれ以上の配役は考えられないほどだ。エルミーロのペーター・カールマンもしっかりした声、エミーリアのリリアーナ・ニキテアヌも清純でいい。東洋系のムハイ・タンの指揮、ラ・シンティラ管弦楽団。チューリヒ歌劇場の座付きの古楽オーケストラで、ちょっとがさつなところがあるが、ちょっとしたことをものともしない勢いが素晴らしい。
この名盤があまり知られていないのはあまりに残念。ロッシーニのオペラを代表する名盤だと思う。
ロッシーニ 「泥棒かささぎ」2007年8月 ペーザロ
あまりレベルの高い上演ではない。代官のミケーレ・ペルトゥージとルチアのクレオパトラ・パパテオロゴウの二人は声が出ないで音程が不確か。ニネッタのマリオラ・カンタレロはかなり特徴ある声で、やや鼻につく。ジャンネットのディミトリ・コルチャクは声はきれいだが音程が不安定。とはいえ、十分に楽しめる。ロッシーニの音楽は素晴らしい。リュー・ジアの指揮するボルツァーノ・トレント・ハイドン管弦楽団も、ちょっとぎこちなさは感じながらも、古楽の良い味を出している。ダミアーノ・ミキエレット演出も、可愛らしいバレリーナのカササギが登場して、とても楽しい。
満足とは言えないが、十分に合格点の上演と言えるだろう。ただ、もう少し音楽面でしっかりしたこのオペラの映像があると嬉しいなとは思う。
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