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「人間の声」「アルルの女」を楽しんだ

 202218日、東京芸術劇場でプーランクのモノオペラ「人間の声」とビゼーの劇音楽「アルルの女」をみた。指揮は佐藤正浩、オーケストラはザ・オペラ・バンド。とても良い上演だった。

「人間の声」を歌うのは森谷真理。フランス語の発音もかなり正確だと思う。声も美しいし、音程もとても良い。オーケストラも微細に心理を描き、ドラマを盛り上げている。佐藤の指揮もしなやかでドラマティック。とても高レベルの上演だと思った。しかし、仕草なしのスコアを見ながらの歌唱だという点で、私は少々不満を抱いた。

 このオペラは、歌である以上に演劇だと思う。やはり、森谷さんには演技を交えて歌ってほしかった。そうしないとヒロインの微妙な心の動きが伝わらない。恋心、焦燥、何とかして男の心を取り戻したいという絶望的な努力、打ちひしがれた自尊心、精いっぱいの見栄、そして諦め・・・そうした様々な感情が入り乱れ、重なり合う。そのような一筋縄ではいかない言葉と音楽がこのコクトーの歌詞とプーランクの音楽には詰まっている。それを見事に表現できた時、20世紀前半の大人のフランスの味わいが生まれ、退廃とエスプリにあふれた世界が現出する。それが残念ながら、演技と歌から伝わってこなかった。せっかく素晴らしい歌であっただけに残念だと思う。

「アルルの女」は、4人の役者がいくつかの役を語りとして演じ、それに音楽が付随する形で上演された。組曲以外の「アルルの女」を聴くのはじめて。日本語で語られるので、感情移入がしやすかった。そして、起伏に富んで、しなやかで美しい音楽だった。こちらも佐藤の指揮に脱帽。

 語りとバルタザールなどの役をこなした松重豊はさすがというほかない。人物を演じ分ける力も見事。世界を作り上げていく。フレデリの木山廉彬、ヴィヴェットとフレデリの母の役の藤井咲有里、白痴の的場祐太については私の知らない役者さんたちだったが、皆さんとてもうまい。

 ただ、私は実は少し違和感を覚えた。もちろん私はビゼー好きではないし、ドーデ好きでもないので、自信を持っていうわけではないが、私はこの作品をプロヴァンス地方ののどかな農村での話だとこれまで思っていた。二度ほどアルルを訪れたことがあるが小さな田舎町だった(Wikipediaで調べたら現在、人口6万人に満たない)。そのアルルの女を「町の女」とみなすのだから、舞台となっている場所がどれほど辺鄙な土地かわかろうというものだ。これは、ゆっくりとした時間が流れるのどかな土地で起こった純朴な青年の悲劇なのだと思う。

 ところが、今回の演者はいずれも激しく語る。しかも、フレデリの母親もまるでロシア文学か何かに出てくる貴婦人のような口調で語る。指揮の佐藤正治さんの翻訳だというが、どのような意図なのか私にはよくわからなかった。もし私が翻訳・演出をするとすれば(もちろん、そんな才能はないが)、もっと粗野な言葉をえらび、朴訥とした語り口でしゃべらせるだろう。私はそのほうがずっと悲劇性が高まると思う。

 オーケストラは美しい音を出していた。武蔵野音楽大学合唱団も健闘。ともあれ、とても楽しき味わうことができた。後になって気づいた。そういえば、あの有名なメヌエットがなかったような気がする。なぜだろう。もしかして、気づかないうちに私は寝ていたのか?

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