オペラ映像「フランチェスカ・ダ・リミニ」「運命の力」「ロジェ王」
ウクライナ情勢が気になる。だが、テレビ報道をみるのがつらい。あまりに悲惨なウクライナの状況、あまりに残虐なロシア軍、そしてあまりに鉄面皮のロシア政府。かつて中国に進出した日本も、ヨーロッパに侵攻したナチス・ドイツも、スターリンの時代のソ連も、きっと同じように情報操作をし、自分たちの残虐な行動を正当化し、悲惨な状況を他国のせいにしてきたのだろうが、それが現在も行われるとは! このような状況に対して国際社会は手をこまねいているとは、何ということだろう。西側の制裁が効果を発揮し、中国やインドもロシアの暴虐を追及する側になってほしいと願うばかりだ。
我が家もあれこれのことが起こって、以前ほど安穏とコンサートに出かけたり、遊びに出かけたりできない。自宅で映画をみたり、いつもよりも小さな音で音楽を聴いたりしている。何本かオペラ映像をみたので、感想を書く。
ザンドナイ 「フランチェスカ・ダ・リミニ」2021年3月 ベルリン・ドイツ・オペラ(無観客上演ライヴ)
チャイコフスキーの交響的幻想曲「フランチェスカ・ダ・リミニ」には中学生のころから馴染んでいたので、ダンテの「神曲」に題材をとったこの物語については大まかには知っていたが、サンドナイのオペラは初めて観た。サンドナイは、1883年生まれのイタリアの作曲家。ストーリー的には「ペレアスとメリザンド」と似ているが、音楽の雰囲気からすると、むしろレオンカヴァッロの「道化師」に近い。とてもおもしろかった。
フランチェスカは、不具者であるジョヴァンニが結婚相手なのに、弟であるパオロが相手だと思わせられて政略結婚を承諾させられる。フランチェスカはパオロと愛し合うようになるが、フランチェスカに思いを寄せながらもはねつけられたもう一人の弟マラテスティーノが二人の関係を告発して、二人はジョヴァンニに殺される。ダンテの「神曲」に出てくる話だという。
戦争のさなか、残虐な状況で物語は展開する。血なまぐさく、憎悪や暴力にあふれている。音楽的にも激しく混沌としている。フランチェスカも決しておとなしくて貞淑な女性ではなく、情熱的で気性が激しい。
歌手陣はとても充実している。フランチェスカを歌うサラ・ヤクビアクがとてもいい。芯の強い美声で、姿かたちもこの役にふさわしい。パオロのジョナサン・テテルマンもこの役にふさわしい「イケメン」で、声も見事。ジョヴァンニのイヴァン・インヴェラルディも太くて激情的な声がみごと。マラテスティーノのチャールズ・ワークマンもとてもいい。
カルロ・リッツィの指揮にまったく不満はない。おどろおどろしくも情熱的な音の渦は素晴らしい。演出はクリストフ・ロイ。現代の服装で登場人物は現れる。特に違和感はない。ロイらしい映画的な手法で実にリアル。ジョヴァンニは五体満足な中年男として現れるが、差別的なものを見えなくさせようとする近年の傾向からすると、やむを得ないだろう。ただ、不具や差別は芸術の大事な要素であり、社会の中の無視できない要素であるだけに、多少抵抗を感じないでもない。
ともあれ、とても説得力のあるオペラだと思った。
ヴェルディ 「運命の力」 2021年6月 フィレンツェ五月音楽祭歌劇場
ラ・フラ・デルス・バウスという団体のカルルス・パドリッサという人の演出だというが、一言で言ってもとんでもない演出だと思う。途中でまじめに考える気力がうせてしまった。何やら最初に「運命は時空を超えている・・・」といったような文章が映し出される。そして、まさに過去から未来、そして太古へと時空を超えた逃亡と追跡のドラマが始まる。登場人物たちは宇宙服のような奇抜なデザインの服を着ている。コンピュータマッピングと言うのか、舞台全体に色とりどりの光が出たり、陰が映ったり。まさにオペラをネタにして、演出家が遊んでいる。
それで演奏がよければ我慢するのだが、演奏はかなり大味。ズービン・メータの指揮も精彩を欠く気がするし、レオノーラのサイオア・エルナンデス、ドン・アルヴァーロのロベルト・アロニカ、ドン・カルロのアマルトゥブシン・エンクバートも声が出ていない。
こんなディスクを購入するなんてもったいないことをしてしまったと後悔した。このような演出を許容するほど寛大な精神を、残念ながら私はオペラ演出に対して持ち合わせていない。
シマノフスキ 「ロジェ王」 2015年 ロイヤル・オペラ・ハウス
このオペラについては、実演はもちろん、映像をみるのは初めて。いや、CDを聴いたこともなかった。とても面白いオペラだし、音楽もとてもいい。バルトークの「青ひげ公の城」のような雰囲気。ただ音楽はもっと後期ロマン派風で、官能的。ポーランド語のオペラだ。
ロジェ王(ただ、字幕ではロゲル王となっており、オペラの中では、ロゲジェと発音されているような気がする)の王国で不埒な宗教を説く魅力的な若者が登場し、民衆を幻惑していく。王妃ロクサーヌもその虜になる。ロジェ王は弾圧しようとするが、民衆もロクサーヌも若者に従って、ロジェ王のもとを去ってしまう。この若者はどうやらディオニュソス神であって、羊飼いに身をやつしていたらしい。ロジェ王は側近のエドリシとともにとどまって、太陽の光をたたえる(ただ、セリフではロクサーヌが消え去ることになっているにもかかわらず、この演出ではロクサーヌが最後までロジェ王の傍らに留まる)。
酒と音楽の神であるディオニュソスは人々を熱狂に導く。だが、ロジェ王はそこからは距離を置き、孤独を味わわなければならない。そのような物語なのだろうか。実をいうと、私自身もかなりロジェ王に近いタイプの人間で、飲み会でも独り醒めているし、スポーツやイベントに熱狂することはまずない。音楽には感動するが、ほとんどの場合、一人で静かに興奮しているだけだ。だからロジェ王の孤独はよくわかるが、どうもこのオペラの寓意はよくわからない。ただ、この不思議な雰囲気はとても魅力的だ。
ロジェ王のマリウシュ・クヴィエチェンがことのほか素晴らしい。見事な声で焦りと孤独を歌う。ロクサーナのジョージア・ジャーマンも澄んだ美声で、ディオニュソスに惹かれる女性を歌う。羊飼いの若者(実はディオニュソス)を歌うセミール・ピルギュも張りのある軽い声でこの役にふさわしい。エドリシのキム・ベグリーも誠実で知的な声がこの役にふさわしい。全体的にとてもレベルが高い。
アントニオ・パッパーノの指揮は躍動的でありながらも繊細で官能的で、ディオニュソスの幻惑、ロジェ王の焦りを見事に描く。演出はカスパー・ホルテン。現代の服を着ているが、特に違和感はない。わかりやすくて、しかも説得力がある。とてもいいオペラだと思った。これまで知らなかったなんてもったいないことをしたと思った。
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