METライブビューイング「ナクソス島のアリアドネ」
METライブビューイング「ナクソス島のアリアドネ」をみた。指揮はマレク・ヤノフスキ。
とても素晴らしい上演だと思った。やはり何といってもヤノフスキの切れのよいストレートな表現が小気味いい。小さなオーケストラ編成を見事に重層的に鳴らせてゆく。官能性はあまり感じないし、シュトラウス的な豊饒さも感じないが、ぐいぐいと音楽を進め、ドラマを高揚させていく。不要なものを取り去った引き締まった美を感じさせる。
プロローグの充実ぶりが凄まじい。作曲家のイザベル・レナードは初々しい作曲家を見事に演じて、声も演技も容姿も言うことなし。音楽教師のヨハネス・マルティン・クレンツレもこの役にぴったり。そしてなんと語り役の執事長を演じるのがヴォルフガング・ブレンデル。「ヴォルフガング・ブレンデルというなかなかいい新人のバリトン歌手が出てきた」と話をしていたのがつい最近のような気がするが、あれは40年近く前だったか!
神の死が明らかになり、永遠の聖なるものを描くことが難しくなった時代に生きたシュトラウスとホフマンスタールの苦悩とあがきが茶化された形で描かれるこのオペラのあり方をうまくとらえていると思った。レナード演じる作曲家の苦悩はシュトラウス自身のものだっただろう。
オペラの部分もプロローグに劣らず素晴らしかった。やはり、アリアドネを歌うリーゼ・ダーヴィドセンが圧倒的。絶望するか弱い王女ではなく、たくましい王女だが、それはそれで素晴らしい。インタビューでダヴィドセンがジェシー・ノーマンを尊敬していると語っているが、まさにノーマンのアリアドネに近い。「すべてのものが清らかな国がある」のアリアは絶品。ダーヴィドセンはノーマンらの歴代の名ソプラノにまったく引けを取らない。とてつもない大型ソプラノだと思う(ついでに言うと、わたしはこのダーヴィドセンとアスミク・グリゴリアンとアイーダ・ガリフッリーナの3人が容姿も含めてとびぬけた若手ソプラノとして注目している!)。
ブレンダ・レイの歌うツェルビネッタもとてもよかった。グルベローヴァほどの圧倒的な力は持たないが、歴史的名歌手と比べるのが酷だろう。三人のニンフたちも声がそろっていて申し分なし。道化の面々もいいし。バッカスのブランドン・ジョヴァノヴィッチも、この猛烈に難しい歌を見事に歌っていた。歌手陣については現在、これ以上の顔ぶれを考えるのは難しいと思う。
演出はエライジャ・モシンスキー。METらしいオーソドックスな演出だが、センスがよく、わかりやすい。プロローグはほとんどオリジナルの台本通りだろう。しかし、それでも新鮮で楽しく見せてくれる。オペラの部分では、ニンフたちが巨大なスカートをはいて登場(2階か3階分ほどある高い台座の上で歌手が歌い、台座をスカートで覆っている)。スカートが自然の風景と溶け込んで、ニンフが人間ではなく自然に溶け込んだ妖精であることを示す演出だろう。なるほど。わかりやすくて、しかも美しい。屁理屈をこねまわす最近の演出よりもこちらのほうがずっとレベルが高いと思うのは私だけではないだろう。
「ナクソス島のアリアドネ」は、高校生のころからこよなく愛するオペラだ。最高レベルの上演の映像をみられてとても満足だった。
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コメント
私も昨日観ました。よかったですね。久しぶりにオペラを堪能しました。私もダーヴィドセンに注目しました。すごい素質ですね。インターネットで、どんな歌手か、調べてみたのですが、今年のバイロイト音楽祭で「ヴァルキューレ」のジークリンデと、「タンホイザー」のエリーザベトを歌うんですね。ジークリンデなんかよさそうです。
投稿: Eno | 2022年4月27日 (水) 12時18分
Eno 様
コメント、ありがとうございます。
ブログ、拝見しました。
そうですよね、ダーヴィドセン、素晴らしいですよね。そうですか、ジークリンデとエリーザベトを歌うのですか! そのうち、イゾルデ、そしてブリュンヒルデを歌ってくれると嬉しいですね。もしかしたらこの人は、フラグスタートやニルソンのような歌手になるのかもしれないと思ったのでした。
投稿: 樋口裕一 | 2022年4月28日 (木) 10時44分