チャン・イーモウ監督の映画「上海ルージュ」「サンザシの樹の下で」「英雄」「LOVERS」「グレートウォール」「SHADOW 影武者」
先ごろ、ジャ・ジャンクー監督の映画を立て続けにみたが、ついでにチャン・イーモウ監督の映画もみることにした。これまでにも何本か観ていたが、先日、イーモウが担当した北京の冬季オリンピックの開会式と閉会式をみて、東京オリンピックの開会式・閉会式とのレベルの差に啞然! やはり、イーモウ監督は凄いと思った。映画ももっとみたくなったのだった。
「上海ルージュ」 1995年
1930年上海。闇の組織の一員である伯父を頼って上海にやってきた14歳の少年・水生。親分の愛人である歌手・金宝(コン・リー)の召使として雇われる。ところが、組織同士の抗争があり、組織内の裏切りがあって、叔父は殺され、ついには金宝も親分によって殺される。初めは、水生もその堕落ぶりに金宝に軽蔑を感じていたが、その生い立ち、悲しみを知るうちに慕うようになり、金宝が殺されそうになったときに、親分に歯向かって捕らえられる。闇の組織のうごめく退廃した戦前の上海の闇社会を、悲しい愛人と純粋な田舎の少年通して描いた作品と言えるだろう。
上海の退廃的で華やかな世界と闇の世界の抗争、そしてその中の人間模様がとてもリアル。都会の虚飾の世界も、田舎ののどかな世界も映像美にあふれている。とてもいい映画だと思った。
「サンザシの樹の下で」 2010年
文化大革命当時、両親が右派とみなされて苦しむ少女ジンチュウが下放されて訪れた農家でインテリの青年スンと出会い恋に落ちるが、スンは難病のために死んでいく。それだけの典型的なお涙頂戴の恋愛映画なのだが、文革に揺れる社会、そこで生きる庶民、不遇の中にいる家庭がリアルに、美しく描かれている。さすがイーモウ。ジンチュウを演じる女優さん(チョウ・ドンユィ)があまりに可愛らしく、感情移入せずにはいられない。安っぽい映画のように、文革の負の側面が単純に描かれるわけではなく、またもちろん、涙を誘う安っぽい仕掛けもない。ういういしいジンチュウの心を描く。みごと。
「英雄 Hiro」 2002年
イーモウ監督作品だとは知っていたが、かつてテレビで盛んにCMが流され、あまりに「大スペクタクル」の「大活劇」風なので、これまで敢えて観ないできた。だが、見事なオリンピック開会式・閉会式を見せられると、やはりイーモウはとてつもない演出家だ。活劇も観ておこうと思いなおした。
古代中国。秦の王(チェン・タオミン)を暗殺するために訪れた刺客・無名(ジェット・リー)が、それまでの残剣(トニー・レオン)、飛雪(マギー・チェン)、如月(チャン・ツィー)との争いを語って王に近づき殺害しようとするが、王の懐の深さに感銘を受けて諦め、その結果、秦の王は生き延びて始皇帝になる。それだけのストーリーを宇宙的ともいえるような映像美と様式美で見せてくれる。
「マトリックス」ばりのワイヤーアクションには少々しらける。また、主人公たちの剣づかいの非現実的な名人技も私には説得力がない。
だが、こうしたことを様式美にまで高めて、神話世界のひとつの舞踏として展開していると考えると、これはこれで見事。まあ要するに、中国の非現実的なまでに美しい大自然の中で舞踏としての果し合いが展開し、自らの大義のために自分の命を差し出し、愛する者を殺し、愛する者に殺されることを美学と捉える武士道にも似た世界観が示される映画だということだろう。しかも、これだけの壮絶な果し合いをしながら、全体的な印象としては実に静謐。ゆるぎない静かで落ち着いた、しかも色鮮やかな大宇宙の中で人間の争いが行われる。このスケールたるや、確かにすごい!
俳優たちのとてつもない存在感にも圧倒される。テレビでジェット・リーの映画は何本かみたことがある(私は、テレビ東京で昼間放送される「午後のロードショー」をかなりみている)が、なるほどいい役者だと初めて思った! チャン・ツィーも本当に魅力的!
「LOVERS」 2004年
唐王朝の飛刀門と呼ばれる反乱組織の娘シャオメイ(チャン・ツィー)と、反乱組織壊滅のためにシャオメイに近づく金(金城武)の悲恋の物語。そこに劉(アンディ・ラウ)が絡む。「英雄」と同じような、とてつもない映像美によって繰り広げられる活劇。一つ一つの画面があまりに美しい。ワダエミによる衣装も色彩豊かで美しい。それにしても、これほどの活劇であるにもかかわらず、圧倒的な静寂とでもいうか。東洋的な静の美が全体を支配している。竹林や草原や雪景色の美しさは言葉をなくす。二人の死の場面もあまりに壮絶であまりに美しい。
風のように居所を定めず、自由に生き、愛を全うしようという思いが政府と反政府の戦いによって打ち砕かれる。色彩豊かな美によって描かれた浄瑠璃の世界ともいえそう。
あまりの美しさにうっとりとしてみたものの、やはりこのような活劇は私の好みではない。ストーリーにはあまり惹かれなかった。ただ、チャン・ツィーは本当に魅力的!
「グレートウォール」 2016年
グレートウォールとは万里の長城のこと。万里の長城は外敵の侵入を防ぐために建設されたというのが歴史的な常識だが、ここでは怪獣(小型の恐竜のように造形されている)を防ぐためのものとして設定されている。黒色火薬を求めて中国にやってきた西洋人ウィリアム(マット・デイモン)が中国の人々と怪獣の大群との戦いに巻き込まれ、女性将軍リン・メイ(ジン・ティエン)とともに戦って勝利を収める。
これがほんとうにイーモウの映画なのか?と疑いたくなるくらいにつまらなかった。砂漠を行く場面などは映像美にあふれるが、内容はあまりに陳腐。よくあるB級の怪獣話と大差ない。かつての「エイリアン」ほどに化け物の不気味さはないし、怪獣に象徴的な深みもない。ウィリアムと女性将軍との恋もありきたりで、そもそもこれほどに腕力の必要な戦いに、このような女性的な戦闘服を着た女性たちがなぜ加わっているのかもよくわからない。完全な失敗作だと思った。
「SHADOW 影武者」 2019年
これは正真正銘の名作だと思う。稀有な名作と言ってもいいと思う。まさに墨絵の世界。あまりに非現実的な戦闘場面が繰り広げられるが、それもまた墨絵の様式化された宇宙の中の出来事と考えれば、確固たるリアリティを持つ。
戦国時代の中国。都督の影武者として活動する男(ダン・チャオ)が、隣国の王族に戦いを挑み、その国に占領されたままになった領地を奪い返し、自国の王と本物の都督の争いに乗じて、二人を殺し、都督となって美しい妻(スン・リー)までも自分のものにする。
最初から最後まで、目を疑うほどの墨絵の世界で展開され、カラーは淡い色が時々現れるくらいなのだが、凄絶な血の色を感じる。だが、それが墨絵として描かれるので、美が際立つ。最後の1、2分、私は、自分でもどういう感情かわからないまま、得体のしれないものに触れた戦慄を感じて、文字通り体が震えていた。
「グレートウォール」をみて、イーモウも世界的なエンターテインメント監督になってしまってかつての芸術力を失ったかと危惧したが、とんでもなかった。凄まじい!
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