METライブビューイング「ドン・カルロス」 フランス語版の凄味を感じた
METライブビューイング「ドン・カルロス」(フランス語5幕版)をみた。休憩時間を加えて、5時間近かった。素晴らしい上演だった。改めてこのオペラの凄さを思い知った。
私は、このフランス語によるオリジナルの5幕版が大好きだ。4幕版では第一幕のフォンテヌブローの森の部分がカットされるわけだが、その部分があってこそドン・カルロスとエリザベートのなれそめがわかり、二人に感情移入ができる。そして、やはりフランス語の響きがこのオペラには合っている。イタリア語で直球で歌われると、この屈折して内省的なオペラの雰囲気が壊れる。フランス語でこそ、深みが出る。一人一人の心の奥がじわじわと伝わってくる。今回のような、最高のスタッフ・キャストがそろった名演をみると、ますますフランス語版の凄味を感じる。
まず歌手陣が最高度にそろっている。ドン・カルロスのマシュー・ポレンザーニがまさに自在な歌いっぷりで心揺れる王子を見事に歌っている。エリザベートのソニア・ヨンチェヴァも美しい声で清純な王妃を歌う。ただ、もう少し演技にも力を入れてくれると嬉しかったとは思った。エボリ公女のジェイミー・バートンも豊かな声による圧倒的迫力の歌を聴かせてくれた。エリーナ・ガランチャの代役だったが、確かに「美貌」という設定を考えると、ガランチャのほうがふさわしく思えたが、聞き終えた後では、バートンに代わったことでこれだけの歌を聴けたことに満足。これまであまり注目してこなかったが、すごい歌手だ。
フィリップ2世のエリック・オーウェンズももちろん良かった。ただ、フランス語の発音については、ほかの歌手たちが完璧に思えるのに対して、ちょっと訛りが強かったように思った。
そして、ロドリーグのエティエンヌ・デュピュイもこの役にふさわしい高貴で男気のある歌いっぷり。しっかりとした延びる声が素晴らしい。そして、大審問官のジョン・レリエの太い強い声と狂信的な歌いっぷりと演技も圧倒的。宗教の名を借りた残虐な暴力の正当化をみごとにみせてくれた。
そしてもう一人、私は小姓役の東洋人女性にも魅力を覚えた。顔だちも動きも可憐だし、声も美しい。名前を確認しようと思っていたが、忘れてしまった。日本人だったらうれしいなと思ったが、韓国人、あるいは中国人なのだろうか。
ヤニック・ネゼ=セガンが体調不良で指揮をとりやめ、若いパトリック・フラーがタクトをとった。まったく無名の人だと思うが、聞こえてくる音楽はドラマティックで音が生き生きとしている。素晴らしかった。黙って聴かされていたら、私にはネゼ=セガンとの違いは感じられなかっただろう。もしかしたら、ものすごい才能の持ち主ではないか。
第二幕の、ロドリーグが国王にフランドル抑圧をやめさせようと必死に説得する場面は、だれもがロシアによるウクライナ侵略を思い浮かべただろう。演奏者たちもそれを意識したのか、二人の歌手も、そして指揮も、とても説得力のある音楽になっていた。
演出はデイヴィッド・マクヴィカー。まさに抑圧的な状況を作り出し、しかも舞台全体が美術品としても美しい。最後の場面で、通常は墓場からシャルル・カンが現れるのだが、今回の演出ではロドリーグが現れて、ドン・カルロスを抱擁してともに倒れる。超自然的な終末ではなく、平和な社会への希望を示すと同時に、同性愛を暗示して終わりにしたといえるだろう。少数者を抑圧するのでなく、他の価値観を許容する社会への希望という意味では、同性愛を暗示したことは矛盾しない。
いやあ、「ドン・カルロス」はワーグナーに匹敵するなあ……とつくづく思った。現在にも通用する重みのあるテーマが語られ、登場人物一人一人に人生の重みがあり、音楽が完璧なまでに精緻。間違いなくヴェルディの最高傑作だと思う。
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