映画「寝ても覚めても」「ハナレイ・ベイ」
村上春樹がらみで、日本映画を2本みた。感想を記す。
「寝ても覚めても」 2019年 濱口竜介監督
「ドライブ・マイ・カー」がとてもよかったので、同じ監督の前作をみてみた。これもとてもいい映画だった。
朝子(唐田えりか)は、麦(東出昌大)と運命的な出会いをして、交際していたが、放浪癖のある麦は突然、行方をくらます。その数年後、朝子の前に麦とそっくりの亮平(東出の二役)が現れる。ためらいながら、心優しく、コミュニケーション力のある亮平との愛を深めて結婚にまでこぎつけるが、そこに芸能界にデビューして注目され始めた麦が朝子のもとにもどってくる。一旦、朝子は麦を選ぶが、亮平の元に戻る。
それだけの話だが、友人たちとの交流、東日本大震災の余波、かつての友の難病といった日常の様々な出来事を絡めて、若者の心情が共感を持って描かれていて、社会と個人のかかわり、個人の生きる道についてじっくり考えたい気持ちを促される。
ただ、どのくらい監督の意図に基づいているのかわからないが、非日常の放浪者である麦と日常的な良き市民である亮平の対比が、ぼやけている。それがもっと鮮明でないと、映画全体の構図が曖昧になると思うのだが。東出の演技力不足のせいでそうなっているのだろうか。友人役の伊藤沙莉がとても魅力的。
芸能ゴシップに疎い私は、この映画を見終わったあとで、この映画で主役を務めた二人が不倫問題を引き起こしたことを知った。あまり演技力のある二人というわけではなさそうだが、もし、そのようなことでこの二人がこれから先、芸能界で活動できなくなるとすれば、もったいないと思った。
「ハナレイ・ベイ」 松永大司監督
村上春樹の短編に基づく映画。それなりには楽しめたが、濱口監督の「ドライブ・マイ・カー」の深みからは程遠い。しかも、かつて原作を読んでいたが、記憶にない場面があるので読み返してみたら、私には改悪ではないかと思われるところがたくさんあった。
原作と映画の最も大きな違いは、ハワイのハナレイ・ベイにやってきた二人の日本人サーファーの役割だ。原作では、二人の名前は明かされず、サチの亡くなった息子と同じようにかなり軽薄で、しかもサチの息子がこのハナレイ・ベイでサメの襲われて死んだことを最後まで知らないことになっている。
ところが映画では、少なくとも二人のうちの一人(村上虹郎)は実は英語を話すことができ、それなりにしっかりしており、サチ(吉田羊。ちょっと美人すぎるなあ!)の息子(佐野玲於)の事故死を人に聞いて知り、サチに絡んだアメリカ人を懲らしめることになっている。しかも、原作では、サチの息子の名前は、ハワイのホテル従業員からテカシという日本人としてはかなり珍しい名前で示されているだけなのだが、映画では「タカシ」となっており、日本人サーファーの名前は「高橋」(タカシとタカハシは、もちろん1文字増えているだけの違い)とされている。
二つ目の違いは、息子の手形が映画では重要な意味を持っていることだ。ハワイの警察官の女性が、息子の手形をとっており、それをサチに繰り返し渡そうとする。サチは拒否するが、最後には受け取って、改めて息子の手形をみて悲しみにふける場面がある。
もう一つ。映画の中で、マルティーニ作曲のシャンソン「愛の喜び」がピアノ独奏や歌入りで、拍子を変えるなどして繰り返し流される。原作では、サチはジャズピアニストであって、楽譜を読めないまま自由にピアノを操ることになっているが、映画では、ピアノ演奏は自由というにはほど遠く、かなりぎこちない。「愛の喜び」の歌詞は、「愛の喜びはつかの間だが、愛の悲しみは永遠に続く」。愛の苦しみ特に失恋を歌う曲だ。
これらの原作と映画の違いから導き出されるこの映画のテーマは、「ハワイで息子を亡くして途方に暮れていたサチは、日本からやってきたサーファー高橋の中に、息子の姿を見る。そうするうちに、ろくでもないと思っていた息子も実はしっかりしていたことに気づき、悲しみを新たにする。息子の父親、そして息子に対しての愛はつかの間であったが、それを亡くした悲しみは永遠に続く」ということになりそうだ。
やはり、この捉え方はかなり一面的だと思う。息子を理解できないまま亡くしてしまった無念、死後になって息子を理解しようする足搔き、ほかのサーファーには死んだ息子の亡霊が見えているらしいのに自分には見えないという絶望。その絶望の中で日々生きていくという人間の営み。それがハワイの海辺で展開されるのがこの原作だと私は思うのだが、そのような雰囲気が一面的なテーマによって薄れていると思う。
このような映画の雰囲気のまま、ストーリーを妙にいじらずに、原作通りにしていれば、もっとずっと深い映画になったのに・・・と思った。
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