NHK・BSプレミアム放送のオペラ「椿姫」「子どもと魔法」「金鶏」
NHK・BSプレミアムでありがたいことに、しばしばオペラが取り上げられる。最近みたものの感想を記す。
ヴェルディ 「椿姫」 2021年8月7・19日 ヴェローナ野外劇場
ヴェローナ野外劇場での上演なので、やはり少し大味なのは否めない。特にフランチェスコ・イヴァン・チャンパ指揮のアレーナ・ディ・ヴェローナ管弦楽団は、特に第一幕で少しぎこちない。だが、そんなことを言っても意味はなかろう。ともかく、野外劇場の上演としては見事というほかない。
やはり、歌手がそろっている。ヴィオレッタのソーニャ・ヨンチェバはさすがの美声で、声のコントロールも見事。ただ、この人、もう少しヴィオレッタらしいか弱さを見せてくれるともっといいと思うのだが。アルフレードのヴィットリオ・グリゴーロもしっかりした美声。ただ、この人も、ちょっと棒立ちというか、声も演技もあと少しの繊細さが欲しい気がする。ジェルモンのジョルジュ・ペテアンについては、私は素晴らしいと思った。深い暖かい声で、子ども思いの父親を歌う。
演出はミケーレ・オルチェーゼ。女性を描いた絵画やアール・ヌーヴォー調のステンドグラスなどが背景にコンピュータグラフィックス(?)で描き出される。とても美しく、しかもこれまで歴史の中で女性の置かれてきた状況を暗示している。
ラヴェル「子どもと魔法」 2019年11月14・15・19日 リヨン国立歌劇場
リヨン国立歌劇場の上演とのことだが、舞台上ではなく、前もって撮影しておいたオーケストラと歌手陣の映像に、事後に加工を施したものだろう。光が動いたり、様々な映像が歌手たちを取り巻いたりする。さすがフランスのセンスというべきか。楽しくて芸術性が高い。
動物をいじめたり、物を壊したりする悪ガキが一人でいる間、動物や物が子どもに対して反逆を起こして、最後には許すというファンタジー。ラヴェルの音楽も、エスプリが効いていて、精妙で、しかもユーモラス。まさに光によるファンタジーの世界が展開する。
子どもを歌うのはクレマンス・プッサン。あまり子どもには見えず、明らかにおばさんに見えるが、まあ、それは致し方ないだろう。歌はとてもかわいらしくていい。そのほかの母親や王女様や動物たちもこの役にふさわしい。
指揮はティトゥス・エンゲル。精妙で美しくて、私としてはまったく不満はない。
リムスキー=コルサコフ 「金鶏」2021年5月18・20日 リヨン国立歌劇場
西側の世界が反ロシアで結束しているので、残念ながらしばらくリムスキー=コルサコフのオペラ上演やソフトの販売は期待できないだろうと思っていたら、NHKで「金鶏」が放送された。好きなオペラなので、とてもうれしい。
もっとはっちゃけた演奏が私としては好みなのだが、ダニエレ・ルスティオーニの指揮するリヨン国立歌劇場管弦楽団はちょっと気まじめすぎるように聞こえる。しかし、それはもしかしたらバリー・コスキーの演出のせいかもしれない。
すべての幕が野原の中で展開される。ドドン王は、まるでホームレスのような薄汚れた下着姿で太った体をさらしながら歌い続ける。愚かな裸の王様ということか。あるいは、王様だということ自体、みすぼらしい男の妄想だということか。二人の息子は見分けがつかないように同じサラリーマン風のスーツを着て、同じような髪形、そして仕草。まさに「イエスマン」。兵士たちは馬の被り物かぶっており、ポルカン大臣もその一人として被り物をかぶったままで素顔を見せない。ポルカンは王に対しても遠慮することなく意見を言う忠臣のはずだが、ここでは影が薄い。つまりは、この世界には、王に物申す者はいない。シェマハの女王は一般の演出と同じように妖艶。
で、結局、この演出が言おうとしているのは、イエスマンだけを近くに置き、むやみに権力をかざす愚かな王が自分の欲望を優先して結局は自分を滅ぼすということのようだ。
この上演は2021年5月。ウクライナ侵攻よりもずっと前だということになる。その時点で、プーチンのご乱心を描くような演出をしていたということか。まさに予言的な演出。確かに、今のロシアの精神風景は、この舞台のように荒涼とした、文化のない野原にほかならないだろう。プーチンはこのドドン王のような愚かな裸の王様だろう。
歌手陣は充実している。ドドン王のドミートリ・ウリヤーノフは情けない王様を見事に歌う。シェマハの女王を歌うニナ・ミナシャンもこの役にふさわしい神秘的な美声。占い師のアンドレイ・ポポフもこの役にふさわしい超人的な高音を披露する。
私としては、ロシア・オペラをこれからも世界中で上演してほしい。ロシア・オペラの中にも、反権力的なもの、あるいは反権力を語るような演出にできるものはたくさんあるのだから。リムスキー=コルサコフの「皇帝の花嫁」、「見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語」、チャイコフスキーの「マゼッパ」「イオランタ」、ムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」、プロコフィエフ(ウクライナ生まれのロシア人らしい)の「戦争と平和」もやりようによっては十分にロシア人作曲家の反皇帝、反戦のオペラとして描くことができる。
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