オペラ映像「領事」「泥棒とオールド・ミス」「霊媒」「エレクトラ」
早稲田エクステンションセンターで、毎週水曜日に、四回連続の文章講座を担当している。また、先日(7月11・12日)は、私が塾長を務める白藍塾の仕事で大分市に行った。岩田高校で、小論文の特別授業をした。ついでに、東京に戻ってから、しばらく魚は食べなくていいと思うほど、大分市内で城下カレイ、関アジなどの魚介類を腹いっぱいに食べまくった。
だが、それを除けば、ほぼ家にこもっての仕事をしている。そのため、自宅でオペラ映像や映画を見ることが多い。テレビニュースを見ながら、世間の出来事を怒ったり嘆いたりしながら、何本かオペラ映像を見たので、簡単な感想を記す。
メノッティ 「領事」(ドイツ語歌唱) 1963年 テレビ放送用スタジオ収録
新国立劇場オペラ研修所試演会でメノッティの「領事」が取り上げられる。私はこれまでこのオペラを実演でも映像でも録音でも接したことがないので、予習のためにDVDを購入した。1963年に作られたモノクロのオペラ映画だ。本来は英語で歌われると思うが、これは、ウィーン・フォルクスオパー管弦楽団、フランツ・バウアー=トイスルの指揮によるドイツ語版。監督はルドルフ・カルティエ。とてもおもしろかった。なかなかの名作オペラだと思った。1950年の作曲だが、リヒャルト・シュトラウスのオペラを聴くのと同じような気持ちで鑑賞できる。
架空の独裁国家(ナチス時代のドイツがモデルか?)で抵抗運動するジョン・ソレルが外国に逃亡。妻マグダも外国に逃れようとするが、その国の領事館が無数の書類の提出を求めていつまでも外国に出られない。飢えと寒さで赤ん坊も母親も亡くなり、それを知ったジョンが無謀にも帰国しようとする。マグダは、それを防ぐために自分が死ぬことを選択する。
出演は往年の名歌手たち。ジョン・ソレルはエーベルハルト・ヴェヒター。マグダはメリッタ・ムゼリー。そしてなんとイタリア女性を歌っているのはリューバ・ヴェリッチュではないか。伝説のサロメ歌いだ! 歌手陣は最高の布陣。スキがない。仮面をかぶって事務的にこなしながらも、心の中では冷たく申請者を追い払うことを苦しんでいる領事秘書を歌うグロリア・レーンもとてもいい。
切羽詰まった状況でヴィザを得ようとする必死さ、警察の冷酷さなどが音楽によっても、演出によっても伝わる。映画のようなリアルな迫力。素晴らしいオペラだと思った。
メノッティ 「泥棒とオールド・ミス」 1964年 テレビ放送用スタジオ収録
このDVDは、3年以上前に購入していた。ろくに調べずにHMVに予約して、自宅に届いたのを見ると、なんとドイツ語歌唱で1964年の白黒、モノラル。しかも日本語字幕なしの表示(実際には日本語字幕がついていた!)。そのため、がっかりしてみないままにしていた。今回、「領事」をみたついでにこれもみることにした。
オールド・ミス(現在では、使うべきではない言葉とされていると思うが、タイトルなので、そのまま使わせてもらう)のミス・トッドの家に若い男ボブがやってくる。ハンサムな青年で宿を欲しがっているので、しばらく泊めることにする。すると、脱獄囚の強盗がこの町に逃げ込んだという情報。ボブがその泥棒だと思い込んで、ミス・トッドはうろたえつつ、かくまい、その事実を隠すために女中のレティーシャとともに犯罪をおかしてしまう。ボブが犯罪者ではないとわかるが、結局、ボブは女中のレティーシャと手に手を取り、ミス・トッドの財産を盗んで逃げだしてしまう…というストーリー。それをコミックに描いている。
ミス・トッドを歌うのはエリーザベト・ヘンゲン。フルトヴェングラーのバイロイト音楽祭の第九のメゾ・ソプラノを歌っているので、私は中学生のころからなじんだ名前だ。ボブを歌うのも、昔からいくつもの録音を聞いてきたエーベルハルト・ヴェヒター。レティーシャを歌うオリーヴ・ムーアフィールドは当時としては珍しい黒人歌手だが、歌唱・演技・容姿ともにとても魅力的。ミス・ピンカートンのヒルデ・コネツニを含めて、声楽的には文句なし。ウィーン・フォルクスオパー管弦楽団、ヴォルフガング・レンネルトの指揮もとてもいい。
音楽はほとんどリヒャルト・シュトラウスと同じような音楽語法に基づいているといえるのではないか。ベルクのオペラよりもずっと伝統的。1時間ほどの短いオペラだが、とても楽しい。演出はオットー・シェンク。ルシール・ボールの出演していたアメリカの喜劇ドラマのようなコメディタッチ。わかりやすくて楽しい。
メノッティ 「霊媒」 (ドイツ語歌唱) 1961年 テレビ放送用スタジオ収録
「泥棒とオールド・ミス」と併録。同じように、以前から購入していたが、今回初めて視聴。これも同じように、白黒・モノラル、ドイツ語。一時間ほどのオペラ。
いかさま霊媒師のフローラ夫人は、客の死んだ子どもの霊を呼び寄せると称して、インチキをしているが、あるとき、ほんものの霊が現れたのを感じる。混乱して銃を撃ってしまい、誤って口のきけない青年トビーを撃ち殺してしまう。
歌っているのは、フローラ夫人をエリーザベト・ヘンゲン、モニカをマリア・ホセ・デ・ビン、そのほか、ノーラン夫人をヒルデ・コネツニ。ウィーン・フォルクスオパー管弦楽団を指揮するのはアルマンド・アルベルティ。演出はオットー・シェンク。要を得た、わかりやすくてツボを得た演出。
短いながらも、緊迫感にあふれ、オーケストラ、歌手ともにとてもレベルが高い。錯乱するフローラ夫人をヘンゲンは見事に歌う。ノーラン夫人を歌うコネツニとともに、抜群の演技力にも驚く。
いやあ、メノッティという作曲家、すごい。これまで「電話」しか知らなかったが、素晴らしいオペラ作曲家だと思った。
「エレクトラ」(NHKプレミアム)ハンブルク国立歌劇場 2021年12月11日
NHKプレミアムで放映された。このところ、このオペラがしばしば上演されるが、きっと短くて、しかも本格的な合唱が必要ないというので、コロナの中で扱いやすいのだろう。高校生のころから、このオペラが大好きな私としては大歓迎。
演奏面ではかなり満足できる。ケント・ナガノ指揮のハンブルク国立歌劇場管弦楽団は、ちょっと鮮烈さに欠けるとはいえ、しっかりとした音でこの強烈な音楽を作り出す。うねりもあるし、躍動感もある。これ以上を求めても、それはないものねだりだろう。
歌手陣では、エレクトラのアウシュリネ・ストゥンディーテがやはり圧倒的に素晴らしい。ウェルザー=メスト指揮のザルツブルク音楽祭の「エレクトラ」でも同じ役を歌っていたが、現在、この人以上のこの役を歌える人はいないと断言できる。強靭で伸びのある声で、音程もいい。しかも容姿もこの役にふさわしい。目力も圧倒的。クリテムネストラのヴィオレタ・ウルマナもエレクトラ役に負けていない。あまりの老け具合(もちろん、老け役ということなのだろうが!)にびっくり。ウルマナは私の中では若手とは言えないにせよ、やっとベテランに差し掛かった大歌手の部類に属する。クリソテミスのジェニファー・ホロウェイも、たぶん演出のためにあまり目立つ歌い方をしていないが、しっかり歌っている。エギストのジョン・ダジャック、オレストのラウリ・ヴァサルもとてもいい。
やはり今回もドミートリ・チェルニャコフの演出に問題を感じる。何しろ、幕が下りたとたん、観客席から盛大なブーイングが浴びせられる!
前半は、舞台が現代に移されていることを除けば、それほど大きな読み替えはない。エレクトラが幼児性を帯び、家庭の愛を求めているらしいことがほのめかされるが、チェルニャコフのわりにはおとなし目の演出といえそう。ところが、最後になってびっくり。なんとオレストはエギストとクリテムネストラの死体ばかりか、こと切れたエレクトラの死体までも食卓の椅子に並べ、クリソテミスまで殺して、そこに座らせる。そして、ご丁寧に背後に字幕が映し出される。「女性18人を殺す凶悪殺人犯が逃亡中につき注意」・・・。つまり、オレストは父の復讐のために母とその夫を殺しただけでなく、家族中を殺した血に飢えた殺人鬼ということになっている。
まあ確かに、この「エレクトラ」を現代劇に見立ててしまうと、まさにオレストは殺人鬼ということになってしまうだろうが、フーテンの寅さんをまねて言うと、「それを言っちゃあおしめえよ」ということになる。そんなことを言ってしまえば、ギリシャ悲劇、そして様々な悲劇は殺人鬼と狂人の惨劇ばかりになってしまうだろう。私には、あまりに不毛であまりにセンスのない演出に思える。
こんなセンスのない演出がもてはやされる時代を、実に嘆かわしく思う。
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