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新国立劇場「ペレアスとメリザンド」 残念な演出だった!

 2022年7月9日、新国立劇場で「ペレアスとメリザンド」をみた。演奏についてはとても満足だったが、演出については、私は大いに問題を感じる。

 大野和士の指揮する東京フィルハーモニー交響楽団は大健闘。精妙な音を出してとてもよかった。ドビュッシーの微妙な彩が移り変わるところなどは見事。ただ、この曲については私はいたずらに盛り上げずに、静かに抑制しながら徐々に盛り上がっていくところが好きだ。ちょっとあおりすぎている点では私の好みではなかった。とはいえ、ともあれとても満足だった。

 歌手については、ペレアスのベルナール・リヒターは伸びのある美声で、気品をもって演じていた。ゴローのロラン・ナウリもさすがの歌唱。伸びがあって、説得力のある声。ただ、私の好みからすると激しく歌いすぎていると思うが、きっとそれは指揮者、または演出家の指示だろう。この二人については、これ以上望めないほどのレベルだと思う。メリザンドのカレン・ヴルシュは容姿的にはとても満足だったが、ヴィブラートの強い独特の歌いまわしが私は少々気になった。ジュヌヴィエーヴの浜田理恵、イニョルドの九嶋香奈枝もきれいなフランス語で的確に歌ってとてもよかった。アルケルの妻屋秀和については、私にはフランス語らしく聞こえなかった。

 ともあれ、演奏に関しては私は、多少の不満はあるもののとても満足。なかなかこれほどの名演奏には出会えないと思う。

 しかし、ケイティ・ミッチェルの演出について、私はまったく納得できない。メリザンドがパーティか何かから帰ってベッドに入り、そこで夢を見た…という設定らしいが、なぜこれを夢の話にするのかがまずまったく理解できない。夢にすることにどのような意味があるのだろう。

 それに、私は「ペレアスとメリザンド」を微妙にほのめかしたり、かすかににおわせたりするだけで成り立つ繊細なオペラだと思っている。大げさにがなり立てるのでなく、静かに語る。かすかに仕草で示す。ペレアスとメリザンドがかすかな心の交流をなす。二人はおそらくは性的関係を結んでいない。メリザンドは謎の女性であり、ペレアスとの関係もほんとうのところはよくわからない。ところが、ゴローがそれに抑制した嫉妬を覚える。それが徐々に高まって殺人に至る。しかし、また静かな世界に戻る。象徴的な世界の中でそのような静かな物語が進行する。それがこのオペラだ。

 ところが今回の演出は、メリザンドは挑発的な様々な行為を行い、アルケルは健康そのもの(原作では目が不自由なはず)でメリザンドを性的な対象として愛撫する。イニュルドが部屋をのぞくときペレアスとメリザンドはベッドの付近にいる。第四幕にいたっては、ペレアスとメリザンドは服を脱いでセックスめいたことをする。こうなると、台本の謎もドビュッシーの音楽のせっかくの抑制もすべて台無しになってしまう。なんと下品な演出だろう。

 しかも、メリザンドの分身がたびたび登場して舞台上で何やら行うが、私にはそれにどんな意味があるのかよくわからない。結局舞台上で何が行われているのかわからなくするだけになっている。

 いや、それよりなにより、「ペレアスとメリザンド」は「水」がテーマであり、せりふの中にたびたび「水」がほのめかされるのに、舞台上には水がまったく出てこない。森もない。すべてが室内で展開する。このオペラから水と森をなくしたら、まったく別のものになってしまう。演出家が原作を殺すようなことをしてしまうことが許されるとは、私は思わない。

 演出のせいで、せっかくの素晴らしい台本と音楽が台無しにされてしまったと私は思う。今回もまた、演出によって好きなオペラを汚されたという怒りを覚えた。とはいいつつ、くりかえすが、音楽が素晴らしかったので、まずはよかった。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

今日新国立劇場「ペレアスとメリザンド」行ってきました。結論から申し上げると、全く持って同じ感想を持ちました。
演奏は素晴らしかったのに、あの品のない演出は怒りを覚えました。

投稿: ロメジュリ | 2022年7月13日 (水) 20時36分

ロメジュリ様
コメント、ありがとうございます。
今日の朝日新聞に今回の公演についての好意的な評が出ていましたが、やはり私には納得できません。繊細さの欠如した、押しつけがましい演出に思います。このオペラをそのようにしたら台無しですよね。

投稿: 樋口裕一 | 2022年7月14日 (木) 22時02分

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