葬儀を終えて
妻・紀子が8月19日に永眠した。故人の遺志により、親族だけによるこじんまりとした通夜を昨日(2022年8月23日)、葬儀を本日(8月24日)行った。
昨年4月にがんが発見され、6月に手術。その後、抗ガン治療などを行ったが、今年の1月に再発。その後も治療を続けたが、副作用が激しく、しかも効果はあまり見られなかった。標準治療はもちろん、代替治療も試みたが、効果がなく、最終的に8月8日に緊急入院、12日にホスピス棟に移動した。
私たち家族は8月18日午前1時ころに病院から連絡をもらい、その後、交代で付き添ったが、家族・親族の前で19日の夕方に息を引き取ったのだった。
めそめそ、べたべたが大嫌いな妻だった。執着したり、感傷的になったりすることを拒んだ。自分の命に関することでも、めそめそしなかった。無理をして平静を装っていたわけではないだろう。もちろん、先の長くない病であることを知って外にはわからぬ苦しみを抱き、悩んだには違いないが、きっと彼女らしく、きっぱりと諦めたのだと思う。家族が何とかほかに治療がないかと模索しているときも、余計なことをしないことを望んだ。愁嘆場になることを嫌って、親族との面会さえもあまり望まなかった。未練を残さず、きれいさっぱり世を去ることを望んだ。ある意味であっぱれな最期だったと思う。
思うところはたくさんある。だが、今、私がここに文章を書くと、感傷になる。彼女の内面を憶測して、人様にさらすことになる。それは最も妻の嫌ったことだ。だから、これ以上書かない。
ただ、私のブログを読んでくれている人の中に妻を知っている人もいるだろう。そして、妻の死は私の人生にとって最も大きな出来事だ。それを報告するために、ここに書いた。
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コメント
奥様がお亡くなりになったこと、心からお悔やみ申し上げます。まだ樋口様のお気持ちの整理ができない状態ではないかとお察しします。なんともお慰めの言葉も見つかりません。しばらく前から樋口様の身辺になにか心配事があるのではないかと思っておりました。そのひとつは奥様のご病気のことだったんだなと、今になって思い当たります。樋口様もお疲れになっているのではないかと存じます。どうぞお体に気を付けてお過ごしください。
投稿: Eno | 2022年8月25日 (木) 20時46分
Eno 様
コメントありがとうございます。そして、お気遣い、ありがとうございます。
おっしゃる通り、音楽を聴くことで自分に戻れます。これまで通り、音楽を聴き、映画をみ、本を読んで日常を取り戻そうと思っています。
投稿: 樋口裕一 | 2022年8月26日 (金) 09時57分
樋口裕一先生、ご無沙汰しております。
奥様がお亡くなりになりましたこと、心からお悔やみ申し上げます。
最近、樋口裕一先生の昔のblogを拝見し、
『私はマーラーが嫌いだ。』
の部分は、失礼を承知で引用させていただきました。
僕がマーラーを嫌いなのは、マーラーファンが彼を好きな処、正にその場所です。そして、すべての音楽🎵を聴くことができない以上、音楽に好き嫌いがあるのは当然のことです。ただし、つんく♂さんの言うとおり、最初聴いて違和感のある音楽🎵を好きになることもまた事実です。
また何かあれば立ち寄らせていただきます。そして、樋口裕一先生の哀しみが減ることを願います。
投稿: kum | 2022年8月26日 (金) 18時05分
kum 様
コメント、ありがとうございます。
私の現在の状況について心配いただいていること、大変感謝いたします。また、ブログに私について触れていただいたこともありがたいことです。
滅入ってばかりはいられませんので、徐々に気力を回復して、活動を再開しようと思っています。ありがとうございました。
投稿: 樋口裕一 | 2022年8月31日 (水) 11時41分