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映画「プアン/友だちと呼ばせて」 死の視点から見た慈しみ!

 バズ・プーンピリヤ監督のタイ映画「プアン/友だちと呼ばせて」をみた。バズ・プーンピリヤ監督は「バッド・ジーニアス」(かつて見たが、とてもおもしろい映画だった!)で脚光を浴びたタイ出身の監督。

 30歳前後なのに白血病にかかって余命宣告を受けたウード(アイス・ナッタラット)は、しばらくニューヨークで働いていたが、今はタイに戻っている。バーを経営しているニューヨーク在住の友人ボス(トー・タナポップ)をタイに呼び、ボスの運転する車に乗って、ウードは「元カノ」への謝罪の旅に出る。そんなロードムービーと思ってみはじめた。三人の「元カノ」それぞれにウードとの交流があり、それぞれに人生があって、みんなの心情がよくわかる。人生に対して、人に対して慈愛のようなものを感じ始めているウードの心情もよく理解できる。

 ところが、後半になってにわかに様子が変わってくる。徐々にウードとボスとの関係、ボスの初恋、ウードのボスへの不義理と謝罪の意思が明かされる。二人の抱える苦しみ、わだかまりが見えてくる。ボスは真実を知ってウードをいったんは退けるが、ウードの謝罪を受け入れ、かつての恋人と再会し、人生をやり直すことを考え始める。

 説明過多にならない語り口で、過去と現在、空想などが交錯させながら映画は進むが、以上のように要約できるだろう。

 それにしても、色彩的でスピーディーな画面、アメリカの懐メロ?(ポップスには詳しくないので、どのような曲なのかまったくわからない)、そして主人公たちの見事な演技!が素晴らしい。映画に引き込まれる。前半をみて疑問に感じたところが後半に回収されていく手際も見事。それでいて、死の淵から社会を見たような深い人生観が示される。すごい!

 禿げ上がってやせ細った病身のウードを演じるアイス・ナッタラットに穏やかな凄みを感じる。まるで仏像のような雰囲気。人間の罪を背負って、人々に謝罪し、衆生を慈しみ、慈愛を与えているかのようだ。自信ありげでありながら、生い立ちと女性関係に苦しみを抱えて必死に生きているボスを死の視点から見ている。ボスを演じるナッタラットも母と恋人に捨てられたという痛みを持ちながら生きていく様を見事に演じる。

 良い映画を見た時に私はよく「そうそう、人生ってこうだよなあ」と思う。今回もそう思った。「もう一度みたい」と思う映画はめったにないが、これについては、何度かみたいと思った。

 それにしても、なぜ「プアン/友だちと呼ばせて」という邦題にしたのだろう。原題は「one for the road」(「帰るまでにもう一杯飲もう」というような意味らしい)。私は「プアン」というのを人の名前だと思ってみはじめ、プアンという人物が登場しないのを不思議に思っていたのだったが、あとで調べたら、「プアン」というのは、タイ語で「友達」の意味だという。わざわざタイ語を使って、このようなわけのわからない邦題にするとは! それとも、邦題をつけた人は、この映画を単に仲たがいした二人の友情を取り戻す話とでも思ったのだろうか。バーテンダーが重要な意味を持ち、死を前にした行為を描くこの映画には、原題の方がずっとふさわしい。もっと原題をいかすタイトルにするべきだったと思う。

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