寒くなってきた。慣れぬ一人暮らしで寒さは大敵だと思う。寒いと体が縮こまってしまう。開放的にならない。ふさぎがちになってしまう。そんなわけで、自分を元気づける意味で、ちょっと意識的にオペラ映画を見ている。NHKで放送された3本と、ロッシーニを2本を見たので、簡単な感想を書く。
ワーグナー 「神々のたそがれ」2022年8月5日 バイロイト祝祭劇場
NHK・BSプレミアムにて視聴。
終演後、ヴァレンティン・シュヴァルツの演出に対して大ブーイングが起こる。普段は、演出に対してブーイングが起こると、それと同じくらいブラヴォーの声が上がるものだが、今回は、ブーイングのみが聞こえる。私もその場にいたら、きっとそれに加わるだろう。これまで人生で一度もブーイングをしたことがないが、さすがにこれに対しては思いっきりブーを口に出すだろう。それどころか、生卵でも持っていたら、それを投げつけたい気持ちになるほどだ。観客を、そしてワーグナーをコケにするのもいい加減にしろと言いたくなる。
現代に舞台を移し、神々ではなく市井の人々の物語にすると、100キロを超えた男女の演技は、厳かさなどみじんもなくなり、あえて言葉を選ばずに言うと、少々滑稽でマンガ的になる。まったく笑いの起こらない、ただ白々しいだけの吉本新喜劇とでもいうか。きっと演出家はそれを意識していると思う。ワーグナーの神々しさを否定して、滑稽で白々しいものにしようとしている。これは歌手陣に対しても失礼だと思う。
しかも、場所はうらぶれた場末に設定されている。ジークフリートもブリュンヒルデも下層の家庭の人々のようで、二人の間には何と子どもがいることになっている。あれこれと観客を挑発するような動きなどがあるが、いちいち考えるのもばからしい。しかも、新しい解釈などありそうもなく、ただ、これまで見てきたあれこれのつまらない演出の寄せ集めに思える。
演奏に関しては悪くない。ただ、残念ながら、これほど演出がひどいと音楽に感情移入できない。ジークフリートのクレイ・ヒリーはよくとおる声。ブリュンヒルデのイレーネ・テオリンは、前半、私はあまりに激しいヴィブラートが気になったが、後半は気にならなくなった。ハーゲンのアルベルト・ドーメンは見事な歌。ただ、演出のせいなのか、ドーメンの容姿のせいなのか、そこそこの善人に見えてしまう。
指揮はコルネリウス・マイスターだが、これも演出のひどさに気持ちを奪われて、味わう気分になれなかった。今度、またこれを鑑賞する機会があったら、画面を消して音楽だけで聴く方がよさそうだ。
コロナでしばらく外国に行けずにいる。久しぶりにバイロイト音楽祭に行きたいと思っていたが、こんな演出を見せられるのだったら、しばらくはいかなくてもいいかな、と思い返した。
モーツァルト 「フィガロの結婚」 2022年2月1, 3日 パリ・オペラ座 ガルニエ宮
素晴らしい上演だと思う。初めて名前を見る歌手が何人もいるが、すべての歌手が素晴らしい。その中でも、私は特に伯爵のクリストファー・モルトマンに圧倒された。強い声で悪役にふさわしい。この人がドン・ピツァロを歌ったらどんなにすごいだろうかと思った。伯爵夫人のマリア・ベントソンも気品ある声と歌いまわしが素晴らしい。容姿もこの役にふさわしい。フィガロのルカ・ピサローニはよく知っている歌手だが、さすがの歌唱。文句なし。スザンナはイン・ファンという中国人歌手。かわいらしい顔。透明な声がとてもいい。ケルビーノのレア・デゾンドレもしっかりした声で可憐に歌う。マルッチェリーナのドロテア・ロシュマン(若手と思っていたが、ついに彼女もオバサン役をあてがわれるようになったか!)はもちろん、バルトロのジェームス・クレスウェル(なぜか、一人だけずっとマスクをつけて歌う。何か事情があったのか?)も、そして、バルバリーナのクセーニア・プロシュナもそれぞれとても美しい声で見事に歌う。まったく穴がない。
パリ国立歌劇場管弦楽団を指揮するのは、グスターボ・ドゥダメル。実は私は、この指揮者が世に知られることになったころ、録音を聴いて、空騒ぎの空疎な音楽の感じがして敬遠していたのだが、今回聴いてみると、とてもいい。勢いがあり、音が生き生きしている。ただ、まだちょっと一本調子のような気がするのだが、私の偏見だろうか。
演出はネイシャ・ジョーンズ。現代に時代を取って、最後、伯爵夫人は伯爵を許さずに離別を覚悟する。私が若いころのこのオペラの演出は、伯爵はちょっと浮気心を抱いてしまったしょうのないオヤジという扱いをしていたのだが、この頃は実に厳しい。時代は間違いなく変化している。
ヴェルディ 「ナブッコ」 2019年6月21・23日 チューリヒ歌劇場
NHK・BSプレミアムで視聴。
とても充実した上演だと思う。ナブッコのミヒャエル・フォレとザッカーリアのゲオルク・ツェッペンフェルトの男性二人が圧倒的。フォレは、自在な歌で傲慢な王、雷に打たれて気弱になった王、改宗した王を見事に歌い分ける。ツェッペンフェルトはフォレに劣らぬ男性的な美声でゆるぎないユダヤ教徒を演じる。アビガイッレのアンナ・スミルノワは澄んだ美しい声だが、演技に問題がある。フェネーナのヴェロニカ・シメオーニは安定している。
そして、合唱が素晴らしい。黄金の翼の合唱のしなやかで強靭であることと言ったら。最後の音が美しいハーモニーのピアニシモでしばらく続く。
演出はアンドレアス・ホモキ。現代的な服を着ているが、特に違和感はない。新し解釈は特にないと思うが、音楽に寄り沿っていて特に不満はない。ファビオ・ルイージの指揮は繊細にしてしなやか。申し分ない。
ロッシーニ 「アルミーダ」2015年11月 フラーンデレン歌劇場
この映像をみるのは二度目。歌手陣については文句なし。アルミーダのカルメン・ロメウがとてもいい。体当たりの歌と演技で妖艶でエロティックなアルミーダを造形している。リナルドのエネア・スカラも、ちょっと低音に無理のある部分もあるが、全体的な高貴な歌唱と見事な容姿でこの役にぴったり。そのほかの歌手陣も見事。高い声のテノールの競演という趣があり、聴きごたえがある。
ゼッタの指揮も躍動感があってとてもいい。ただマリアーメ・クレメントの演出についてはなんだかよくわからない。舞台は現代の競技場で、戦場の英雄を競技場の英雄に置き換えているようだ。つまり、古代の魔女アルミーダの話ではなく、妖艶な女性の虜になってしまったスポーツ選手の物語になっている。私には矮小化としか思えない。
ロッシーニ 「ブルゴーニュのアデライーデ」2011年8月 ペーザロ・ロッシーニ音楽祭
とても充実した上演だと思う。堪能できた。王である夫を殺され、王国を敵に奪われた王妃が、敵将に妃になることを強いられるが、救いにきた英雄によって救われ、その英雄と結ばれる・・・というありがちなストーリーだが、音楽も充実。なかなか楽しめる。
上演も見事。特に、オットーネのダニエラ・バルチェッローナとアデライーデのジェシカ・プラットが素晴らしい。バルチェッローナは相変わらずの迫力ある声と容姿。英雄役のメゾ・ソプラノはこの人に勝る人はいないと思う。太くてしっかりした声が申し分ない。プラットも可憐で芯が強い。そのほか、アデルベルトのボグダン・ミハイも切れの良いハイテノールが心地よい。こんなに痩せたオペラ歌手は珍しいので、それもこの人の長所だろう。ベレンガリオのニコラ・ウリヴィエーリもしっかりした美声で、容姿的にも申し分ないが、ちょっと低音に不安定なところがあったように思う。
ボローニャ・テアトロ・コムナーレ管弦楽団を指揮するのはドミトリー・ユロフスキ。ヴラディミール・ユロフスキと血縁関係があるのだろうか。勢いのある正統的な演奏だと思う。私は大いに共感を覚える。演出もわかりやすくて美しい。
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