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鈴木秀美&シティフィルのハイドンとベートーヴェン 「生身」の音楽の感動

 20221028日、東京オペラシティ・コンサートホールで東京シティフィル定期公演を聴いた。指揮は鈴木秀美、曲目は前半にハイドンの交響曲第12番と第92番「オックスフォード」、後半にベートーヴェンの交響曲第7番。素晴らしい演奏だった。

 まずハイドンのおもしろさを堪能した。12番は20人程度のメンバーで演奏される曲らしい。3楽章のシンプルな構造だが、本当によくできている。メロディも楽しいし、オーケストレーションも創意にあふれている。音楽の展開も、とても自然でありながら、ハッとするようなところが多々ある。そして、演奏がとてもいい。生き生きとして、躍動感があり、わくわく感がある。ヴィブラートの少ない古楽器風の奏法がとてもいい。バシバシと音楽が決まってゆき、ぐいぐいと推進していく。

 92番の交響曲は第3楽章のメヌエットがとてもおもしろかった。確かに、これは舞曲だと改めて思った。鈴木秀美の演奏だと、それがとてもよくわかる。本来の舞曲が持つ味わいを残している。そのあとの終楽章も圧巻だった。鈴木秀美のタクトは、人間的な温かみを持ちながら音と音が重なって高揚していく。

 ベートーヴェンも素晴らしかった。このブログの中で何度か書いた記憶があるが、実はこの第7番は、私はちょっと苦手な曲なのだ。聴くたびに確かに感動はするのだが、こけおどしめいたところが鼻について居心地が悪くなる。が、やはり鈴木秀美の手にかかると、そのようなこけおどしめいた面をあまり感じない。生身で迫ってきながら、情緒に押されず、音と音に組み合わせだけによって高揚していく。前半はやや抑え気味だったと思うが、第3楽章以降、これ以上は考えられないほどに内面から高揚していった。シティフィルの演奏も見事。しっかりとした音で完璧にタクトの指示している音を作り出していると思った。

 鈴木秀美の演奏を聴くと、マエストロの人柄に起因するのか、あるいは古楽的な奏法の影響なのか、「生身」という印象を強く受ける。華美でありすぎない、機能的でありすぎない、こけおどしにならない。生身の人間の心がそのまま押し出されている印象を受ける。だからこそ、フォルテの部分がとりわけまっすぐに観客の心に響く。

 日本人で最も好きな指揮者は?と先日聞かれて、答えに迷ったが、考えてみると、今、私が最も惹かれる指揮者は鈴木秀美だといった間違いないだろう。素晴らしい指揮者だと思う。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

樋口様もいらしてたんですね。私も行きました。良い演奏会でしたね。最近少し疲れ気味なので、ハイドンとベートーヴェンが心地よかったです。
私がもし日本人の指揮者で好きな人はだれ?と問われたら、どう答えるだろうと考えてしまいました。昔は山田一雄さんが好きでした。その後は、飯守泰次郎さんのシティ・フィルの常任指揮者時代の最後の数年間が好きでした。
二人の共通項は何だろうと考えると、余計なものを捨て去って、しかもまだアグレッシブな姿勢を保っていることかなと思いました。
その意味では、現役の指揮者では、鈴木秀美さんも候補の一人かなと思います。

投稿: Eno | 2022年10月29日 (土) 17時59分

Eno 様
コメント、ありがとうございます。
いらしてたんですね。ブログを拝見しました。私もハイドンの交響曲第12番、とても気に入りました。おっしゃる通り、前古典派の名残はとても魅力的ですね。アダム・フィッシャー指揮の交響曲全集のCDを持っていますが、もう一度初期の曲を聴きなおしたいと思ったのでした。
そうですね、私も少し前でしたら、最も好きな指揮者は飯守さんだっただろうと思います。ワーグナーやブルックナーを盛んに演奏していたころのシティ・フィルの演奏には心ときめいていました。
なお、私が第九の実演を初めて聴いたのは、山田一雄指揮、芸大フィルの大分公演でした。炎が燃え盛るようなすさまじい演奏をよく覚えています。

投稿: 樋口裕一 | 2022年10月29日 (土) 23時24分

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