戸田弥生の入魂のバッハ
2022年10月26日、ルーテル市ヶ谷ホールで、戸田弥生「バッハへのオマージュ」を聴いた。曲目は、バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番、バルトークの無伴奏ヴァイオリン・ソナタより第3楽章、レーガーの「プレリュード ニ短調」、最後にバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番。
バッハの無伴奏曲にはたくさんの名演奏がある。私もかなりの数の名演奏を聴いてきた。先日は、カヴァコスを聴いた。だが、戸田さんの無伴奏曲はほかの演奏家たちとまったく異なる。
私は戸田さんのヴァイオリンにがっしりと魂をわしづかみにされた気がする。優しい手ではない。真実をつかんで離さないような激しい手でつかまれ、音楽の動きとともに振り回される気がする。ほかの演奏家ではそのようなことはない。
私は戸田さんのヴァイオリンを聴くと、往年の名ヴァイオリニスト、シゲティの録音を思い出す。とはいえ、実は私はシゲティの演奏はけっして好きではなかった。あまりに音が汚いのだ。ものすごい集中力、ものすごい精神性、ただ音が汚くて聴いていられない。「このような演奏をもう少し音がきれいな音でやってくれれば最高なのに」とつくづく思っていた。そして、初めて戸田さんの演奏を聴いたとき、これぞ、シゲティと同じような精神で、シゲティよりもずっと音の美しい、理想の演奏だと思った。
戸田さんも表面的な音の美しさを求めない。そんなものを通り越した、もっと奥にあるものを表現する。しかも、今回、あまりのスケールの大きさに驚いた。濃密で深い。途方もなく巨大な世界を描いている。人間の魂の全体を描くかのようだ。シャコンヌはまさに入魂の演奏。揺り動かされた。何度となく感動が体を走った。
バルトークもレーガーもとても素晴らしかったが、やはり私はバッハに深く感動した。アンコールはバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番の「ガヴォット」。演奏によってはかわいらしい曲だが、戸田さんの手にかかると、チャーミングさを失わないままに、深い音楽になる。これも素晴らしかった。
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