オペラ映像「オルフェオ」「グリゼルダ」「グスターヴォ3世」「アドリアーナ・ルクヴルール」
一人暮らしにもだいぶ慣れてきた。そこそこ家事もこなしている。簡単な料理に挑戦してみようかと思い、「チンするだけで作れる」という料理本を購入してみたが、読んでみると、チンする前の下準備に手間と技術が必要で、私にはレベルが高すぎた。もっと簡単なレシピ本を見つけて注文したが、さて、どうなるか。
そんな中、オペラ映像を数本見たので簡単な感想を書く。
モンテヴェルディ 「オルフェオ」 2021年6月9,10日 パリ、オペラ=コミック座
バロック・オペラに疎い私は、このオペラについても、かつてアーノンクールの指揮する映像をみたことがある程度。様式についてもきちんと理解していない。ともあれ、ベートーヴェンの交響曲の凄まじい演奏を聴いて感銘を受けたジョルディ・サヴァールの指揮だというので、みることにした。
さすがに充実した演奏。「中身の詰まった音」という表現はあまりうまくないと思うが、このような音を聴くと、私はこう表現したくなる。一つ一つの音、そして音の重なりのすべてに中身がある。ずっしりとした音が響く。それだけでも感動する。
しかも、オーケストラも歌手陣もとても充実。音楽とエウリディーチェを歌うルチアーナ・マンチーニ、オルフェオのマルク・モイヨンはじめ、すべての歌手が最高度に見事な歌を披露する。合唱団の一人一人の声もとても美しく、音程もしっかりしている。だからハーモニーがとても美しく、音に勢いがある。ポリーヌ・ベールの演出についても、簡素ながらも躍動感と色彩感にあふれていて、センスの良さを感じた。やたらと無駄な踊りの入るバロック・オペラ演出が多いようだが、そのような踊りがなくても十分に楽しめる。
ただ、バロック・オペラに疎い私としては、どの歌も同じように聞こえ、最初から最後まで代わり映えしないように思える。きっと、ワーグナーを聴きなれない人からすると、「トリスタンとイゾルデ」もそのように聞こえるのだと思うので、きっとこれは慣れと修練の問題だと思うが、やはり少々退屈してしまった。2時間だから我慢できたが、これ以上長いと結構つらいなと思った。
アレッサンドロ・スカルラッティ 「グリゼルダ」(ラッファエル・ペー&ラ・リラ・ディ・オルフェオ校訂版2021)2021年7月24,29日 マルティーナ・フランカ、ドゥカーレ宮殿
このオペラの存在を今回初めて知った。とてもおもしろいオペラだと思った。ストーリーも音楽もとても魅力的だ。しかも、この上演も素晴らしい。バロック・オペラに疎い私もとても楽しんだ。
歌手陣が信じられないほどにそろっている。容姿も含めて理想的と言えるのではないか。
その中でも、やはりグリゼルダのカルメラ・レミージョが清楚な美声でしっかりと歌って素晴らしい。ズボン役のロベルトを歌うミリアム・アルバーノも張りのある美声で、恋に悩む青年をうまく演じている。王グァルティエーロを歌うカウンターテナーのラッファエーレ・ペーも、音程の良いしっかりした声、オットーネのフランチェスカ・アショーティもズボン役の安定した声で、男性の格好なので少しわかりづらいが、たぶんものすごい美人。そして、コスタンツァのマリアム・バッティステッリも透明な声。アフリカ系の女性なので、二人の白人から生まれた子どもという設定にはかなり違和感があるが、その声と気品ある顔立ちにはうっとりする。
ゲオルゲ・ペトルーの指揮する古楽オーケストラ、ラ・リラ・ディ・オルフェオもメリハリがあり、ダレることなく、ドラマティックにぐいぐいと音楽を進めていく。ロゼッタ・クッキの演出については、なんだかよくわからなかったが、あまり気にならなかった。
ヴェルディ 「グスターヴォ3世」2021年9月24日 パルマ・レッジョ劇場
ヴェルディのオペラにさほど精通しているわけではない私は事情をよく知らなかったが、「仮面舞踏会」と呼ばれているオペラのはじめの形がこの「グスターヴォ3世」とのこと。ヴェルディはスウェーデン国王グスターヴォ3世をモデルにしたこのオペラを作ったが、検閲を逃れて上演許可がおりるための手段として改作したらしい。「仮面舞踏会」とかなり違いがあるのかと思ってみはじめたが、ヴェルディに精通していない私には違いはよくわからなかった。主人公の名前がリッカルドでなく、グスターヴォになっている以外、ストーリーも音楽もほとんど変わらないように思える。
とてもレベルの高い上演だと思う。その中でも、グスターヴォ3世のピエロ・プレッティが図抜けている。見た目はちょっとおじさんっぽいが、気品のある伸びやかな軽めの声で、この役にふさわしく自在に歌う。アメーリアのアンナ・ピロッツィは、容姿も声もひと昔、ふた昔前の歌手を思わせるが、ふくよかな声で朗々と歌う。ただ、演技について私は大いに疑問を覚える。この歌手は美人とは言えないにせよ、十分に美人に見せるだけの容姿を備えていると思うのに、むしろ周囲を怖がらせ、感情移入を殺ぐような不気味で険しい表情をする。この役はもっと健気な表情をしてくれないと観客は共感しないと思う。
オスカルのジュリアーナ・ジャンファルドーニにも同じことが言える。せっかくのきれいな顔立ちなのに、不気味さをきわだたせる。ウルリカのアンナ・マリア・キウーリも不気味さを強調する。アンカーストレム伯爵役のアマルトゥフシン・エンクバットは東洋系のようで、いかにも不気味な雰囲気を醸し出す。どの歌手もそのように演じるところを見ると、もしかすると、これは演出のヤコポ・スピレイ(演出原案は故グラハム・ヴィックだという)の意図なのかもしれない。ウルリカの登場する居酒屋など、女装の男たちが出入りする倒錯的な場という設定にして、これも不気味さ、妖しさを際立たせている。なぜ、そのようにして、原作の雰囲気を壊そうとするのか私にはよく理解できない。
オーケストラ・ラプソディとフィラルモニカ・アルトゥーロ・トスカニーニの混成部隊だということだろうか。指揮をするのはロベルト・アバド。おじさんほどではないかもしれないが、とてもいい指揮者だと思う。ドラマに寄り添って音楽が鳴り、ぐいぐいと推進していく。全体的にはまずは満足できる上演だと思う。
チレア 「アドリアーナ・ルクヴルール」 2021年4月27,30日 フィレンツェ五月音楽祭歌劇場
まず私は、最初の音で、ダニエル・ハーディングの指揮するフィレンツェ五月音楽祭歌劇場の音の美しさにびっくり。なんとしなやかな音! ちょっと甘ったるいヴェリスモ・オペラとしてのこの「アドリアーナ・ルクヴルール」の世界を見事に作り出していく。
やはりアドリアーナを歌うマリア・ホセ・シーリが素晴らしい。あでやかで、しかも清楚。そのようなこの役をぴったりの声と容姿で歌う。音程がよく、高音がとても美しい。ミショネ役のニコラ・アライモもさすがというべきか、見事な歌でアドリアーナをひそかに愛する善良な男性を演じる。恋敵のブイヨン公爵夫人役のクセーニア・ドゥドニコヴァも芯の強いメゾ・ソプラノの美声でとてもいい。マウリツィオのマルティン・ミューレはこの役にしてはちょっと老け気味で、声も輝きに欠けるが、特に大きな不満はない。
フレデリック・ウェイク=ウォーカーの演出は、時代を現代に近づけて、虚構を演じる女優という職業のアドリアーナに寄り添ってドラマを進めていく。最後、まさに虚構と現実がないまぜになったかのように、死にゆくアドリアーナは、まるで三途の川を渡るかのように遠方に去っていく。それほど強い主張はないが、センスの良い演出だと思う。
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